第12話 佐原邸攻防戦

 佐原慶次郎襲撃作戦が準備されているという情報が、夏休みの終わり頃に河邉チョークに届く。それに伴い、まずは佐原の家族が巻き込まれないよう、地方の親戚の家に行って貰っている。


 敵はおそらく、夜間に短時間で、出来るだけ密かに終わらせるつもりだろうと予測し、潜空艦「エンドレス」を近くに待機させての警備体制が整えられた。


 もちろん、未来軍が潜空艦を活用するケースも考えられるため、対潜空艦警戒も同時に行われた。


 僕と竜川中尉はいつでもスクランブル発進できるように、戦闘服を着て、ガレージで寝泊まりしている。敵が動き始めたら遅くとも一分以内に降下できるようにするためだ。


 僕も竜川中尉も、そのときが来たらすぐに戦闘に入るつもりだった。

 しかし、実際に敵が動き始めたとき、僕達はCICシーアイシー・戦闘指揮所に呼びつけられた。深刻そうな表情の河邉少佐が状況を説明する。


「未来軍は、近隣にテロリストのアジトがあると主張して、地域住民に避難勧告を出した上で、素早く包囲網を作り上げています。もちろん、佐原君には避難勧告に従ってはいけないと伝えてあるけど。おそらく、アジト探しを口実にBSLB部隊が包囲をせばめてくると予想されます。更には、敵の対空装備が整えられているので、潜空艦からの支援は難しい状況なの。二人を降下させるだけでもリスクがあるくらい。むしろ、これは罠にはめられたと考えてもいいと思う」


「もし、敵が持久戦を挑んできたらどう動けばいい?」

 竜川中尉が質問をする。


「複数の潜空艦チョークに応援を頼んでいるところです。それまで、こちらも消耗を防いで時間を稼いでくれれば」

「それなら、最初にもっとリスクを取って佐原君を回収する方が……」


「残念ながら、撃墜される確率は限りなく百パーセントに近くなる。それは作戦とは呼べないわ。本当に、貴方達を降下させるための数秒でもリスクがあるの」


 僕は別の案がないか考えてみる。

「少し離れたところで降下して、救助後にまた離れたところで回収というのはどうでしょうか」


「それは問題が二つ。これだけ短時間で展開した包囲網なら、私達のBSLBを追いかけてきて防空体制を整えるのは容易だと思われるの。それに、佐原君をBSLBに乗せることで、一人は戦闘どころではなくなってしまうでしょ」


「確かに……」

 僕はフルグルに陽菜を乗せたときのことを思い出す。酔ってしまって、戦闘は難しかった。


「諜報員が連れ出して突破しようにも、これだけ包囲が厳重だと。他の地域住民に紛れて逃げる方法も考えたけど、かなり詳しく検査してる様子だから、難しいわ」


「ヒロも作戦に参加するんだよ。たった二機で持久戦なんて。それなら、他の潜空艦も来てから動けばいいじゃない」


「現状の潜空艦展開位置を考えると、手遅れになりかねないの。時空のうねりを考えれば、それほど多くの時間はさかのぼれない。今回の敵の動き方は初めてで、遅れをとったことは認めます。ヒロ君に危ない橋を渡らせたくないけど、今回は持久戦しか……」


「ぼ、僕は大丈夫です!」

「ヒロ、少し自信がついたころが、一番危ないんだよ」

「はい。でも、持久戦しかないなら……」


「琴音、ネブラのもやを最大限活用すれば、優位に進められるはず。二人の連携があれば、きっと大丈夫」

 河邉少佐が力強く言う。そのまま真に受ける気はないが、今は自分達を信じるしかない。


「潜空艦の数がそろったところで、出来るだけの時間を遡ります。そのあとは潜望鏡深度から一斉にミサイルを発射し、敵を壊滅させます。二人は、それまでの時間稼ぎをお願い」


「……わかった。ヒロ、絶対に死んじゃダメだからね」

「はい」


 僕と竜川中尉は、ガレージに移動して、いつもより多くの弾薬を用意する。いつもより緊張していることを自覚して、ゆったりとした深呼吸を繰り返す。



 時刻は18:00。準備が出来たことをしらせると、早速作戦が始まる。

「艦尾のみ浮上。よし。降下」

「竜川、降下する」

「山岸、降下する」


 風を感じながら、低高度降下を実施する。いつも通り四本足で着地すると、あちこちからたくさんの発射音が聞こえる。

 未来軍の防空ロケット弾だ。


 僕が上を見ると、潜空艦の艦尾が消えていくすぐ横を、ロケット弾が通り過ぎていったように見えた。


「無事に潜行できたみたいだね。私達も踏ん張るよ、ヒロ」

 ネブラがもやを発生させていく。

「はい。絶対に生きて帰りましょう」


 靄は少しずつ濃くなっていく。この靄の中では誘導兵器やレーダーが無効になり、敵に幻覚を見せることができる。外から見える影もまた、本来の位置とは違う場所に映る。靄が佐原の家周辺を覆ったころに、敵の包囲網が一段階絞られたように見えた。


 靄の中に潜んでいると、着々と、少しずつ包囲網を狭めてくる。

「この辺で、少しずつ仕掛けていくよ」

「了解」


 フルグルとネブラを近づけて、接触回線で意思疎通をする。それが終わったら適切な距離をとり、同じ方向へ銃を向ける。


 ネブラからの一発を皮切りに、僕も敵に向けて銃を放つ。油断していた敵BSLBに銃弾が突き刺さる。包囲網全体から反撃が始まるが、ネブラの靄が影響して、全く当たらない。


 靄の中からの銃撃を続けるうち、敵の包囲網の一角が完全に崩れる。更に撃ち続けると、敵BSLBの死骸が目立つようになってくる。

 しかし、一発の銃弾がフルグルのすぐ足元をかすめる。僕はすぐに態勢を変え、その銃弾の主を探す。


 素早くステップをしながらこちらの様子をうかがっている、一本角の影が見える。


「……死の風、か」


 僕は盾を構えて、死の風の二歩先をみようとする。その間にもウィングの銃弾が何発かフルグルの盾に当たる。


 僕はフルオートで打ち続けながらも、狙いを済まして、呼吸を整える。

「いけぇ!」


ウィンドの足元に無数の火花が散る。僕はまた呼吸を整えようとする。しかし、途中で息を止め、予定していたタイミングより早くに銃を撃つ。


 ステップを変え、猛スピードで突進してきたウィンドの肩に銃弾が命中する。ウィンドは、血を流しながらバックステップで後退していく。

「やった! 当たったぁ」


 最大の脅威であるウィンドを退けたことで、僕は今回の作戦が成功しそうだと気持ちを高める。しかし、弾薬が切れて新しいマガジンに換装したとき、弾を早く使いすぎていることに気づく。


 ウィンドを発見した際に、緊張で撃ち過ぎたようだ。助けが来るのがいつなのかわからない以上、このミスはもう許されない。


 竜川中尉と共に二十近い敵を倒しながらも、それでも次々に襲いかかってくる敵の数に恐怖を覚える。それこそ、先日の練馬基地襲撃の際の敵残存BSLBよりも多くの数が動員されているようにすら思う。


 僕の実感では何時間も戦い続けているようでいて、まだ一時間ちょうどにもなっていない。間もなく19:00を迎える空は、まだまだ明るい。


 靄の真ん中にある佐原の家は、すでに流れ弾によってボロボロになりつつある。このままでは、佐原の家が倒壊してしまうのではないかと心配にもなる。


 バァン、という音と激しい痛みが襲ってくる。どうやら、狙いをそれた弾が偶然フルグルの左肩に当たったのだろう。

「いってぇ」


 隣を見ると、ネブラも流れ弾を喰らっている様子だった。


 小さな傷であれ、積み重ねれば痛みと出血によってパイロットも消耗していく。たった2機なのに、両方ともすでに傷を負ってしまった。

「これじゃ、もう持たない……」


 そう呟くが、すぐに自分の中で取り消す。絶対に、救助があるまで粘る。日頃の訓練によって鍛えた体力と精神力があれば乗り切れる。そう自分に言い聞かせる。


 また無限にも思える時間を戦い続けていると、信じられないことに、また一本角の素早い影が現れる。左肩に包帯のようなものを巻いたウィンドが、一気に加速してこちらに突っ込んでくる。


 僕はBSLB用のナイフを抜き、構える。一瞬の反応で、ウィンドのナイフを受け止める。

「な、迷いなく!?」

「その靄とやり合うのも何回目かなんでね」


 ウィンドはバックステップで距離をとると、フェイントを入れて右下方向にナイフを突きつけてくる。フェイントを予測していた僕は、再び自分のナイフでそれを跳ね返す。


 フルグルがナイフの角度を水平にして、今度は右からぎはらってくるのを、バックステップでそらし、左腕の盾で跳ね上げる。そこにできた大きな隙をナイフで突くも、ウィンドのバックステップで逃げられる。


 次に正面から振り下ろされたナイフを、ナイフで受けて押さえ込む。

「素晴らしい反応速度だ」

「褒めて貰っても嬉しくないね」


「我々の味方にならないか、山岸曹長、いや、ヒロ君」

「ふざけるな、虐殺者の手先め!」


 僕はウィンドのナイフを下へ払うと、相手の左肩を狙ってナイフを向ける。

 ウィンドの左腕が盾を構えようとするのを確認して、ナイフの切っ先を真下に変えて振り下ろす。


 鮮血が噴きあがり、ウィンドの右腕にフルグルのナイフが突き刺さる。


「やるな」

僕がナイフを薙ぎはらうと、ウィンドの右下腕が半ば千切れて、掌が重力に引かれてぶら下がる。


 ウィンドが全力でバックステップをするのを狙い、銃を上げる。連射すると、弾丸がひとつ、ウィンドの右肩を貫く。

「勝った!」


 盾を構えて下がっていくウィンドを撃ち続けると、あちこちに更なるダメージを与えることが出来る。


「もう戦えないはずだ」

 僕が歓声を上げると、右腹部に痛みが走る。背後からの流れ弾が当たったようだ。気を抜いてしまった後だけに、痛みが全身に響き渡る。


 崩れ落ちそうになるのを必死で抑える。

「援軍はまだかよ……」


 ネブラを探すと、ネブラもまたあちこちに流れ弾を受けたようで、膝をついてしまっている。


 佐原の家の壁が本格的に崩れだし、中で諜報員に守られる佐原自身の姿が隙間から見えている。時刻は19:50を迎え、夜空によい明星みょうじょうが輝いている。

「もう耐えきれない……」


 弱音が出たそのとき、空に幾つもの熱源を感知する。流星のように降り注いだ無数の光は、狭まってきていた敵の包囲網に落ち、激しく炎を巻き上げた。


「ヒロ、もうすぐ救助の潜空艦が来るよ。諜報員と佐原君を抱えてジャンプ出来そう?」

 竜川中尉のネブラが、手を伸ばして接触回線で話しかけてきた。


「はい。足回りは無事なので。ネブラは?」

「足が結構やられてる。私は上がれないから、あなただけで二人を抱えてね」


「じゃあ、竜川中尉は?」

「成り行き次第かな。上手く行けば、第二弾の浮上で助けて貰えるかも」

「絶対に助けます。持ちこたえてください」

「わかった。待ってるよ」


 僕は靄に守られて移動し、佐原の家のすぐ脇で二人を抱えるための姿勢をとる。諜報員と佐原は瓦礫がれきの中をこちらに走ってきて、フルグルの腕に乗る。


 頭上に薄い光の幕が現れ、それが潜空艦のガレージになる。僕は二人を抱えてジャンプし、ガレージの床に着地する。

 諜報員と佐原が降りたのを確認する。


「ネブラの援護に行きます」

「ちょっと、ヒロ君!?」

河邉さんの驚いた声が響く。


 異空間に潜行しかけているガレージから、フルグルを飛び降りさせる。低空降下とはいえ、着地時には身体中の傷が痛む。


「ヒロ、なんで来ちゃったの?」

「竜川中尉を助けるって言ったじゃないですか」


「補給や応急処置が終わってから来ると思ったの! なんで、ボロボロのままで」

「ネブラだけで戦闘は辛い状況です」

「フルグルだって深傷ふかでを負ってるでしょ」

「ネブラよりマシです」


 複数の潜空艦からの奇襲攻撃は功を奏したようで、敵の混乱は深い。しかし、幾つか残っている様子の対空兵器からの反撃も始まっている。


 フルグルに銃を構えさせ、混乱している敵のBSLBに向けて発砲する。潜空艦からの第一波の攻撃でかなりの数を仕留めたように見える。また、生き残っている連中も、何もない空に向けて発砲しており、意識が潜空艦に向かっていることがわかる。


 僕は一機ごとに狙いを定め、こちらの存在を忘れているBSLBを潰していく。落ち着いて戦っていけば、この窮地を乗り越えられるかもしれない。そう思ったとき、フルグルの銃に何かが当たった。

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