第18話 前哨戦

 過去日本に駐留している対過去強硬派の戦力を警戒し、クストスはクーデター派と協力することに決定した。


 未来においても未来日本政府の取りなしで国連軍とクストスは休戦する。一枚岩とはいえない国連で、クストスと日本政府からかなりの工作資金が流れたらしい。その結果、クストスから追加の潜空艦三隻、未来日本から五隻が過去日本に向かうこととなる。


 その情勢変化に対して強硬派が動き出したとの報告で、すでに過去日本周辺に展開している四隻の潜空艦に任務が与えられる。

「未来日本と過去日本の和平交渉を邪魔させないために、国会議事堂や議員宿舎、首相官邸、官庁街から人々を誘導し、皇居で防衛します」


 河邉少佐が示した範囲は、皇居と、市ヶ谷の防衛省庁舎、永田町、霞が関を含む広大な範囲となる。


「私達の陸上戦力はBSLB二十一機と、自衛隊の機甲師団がひとつのみ。しかも、敵の潜空艦隊がおり、航空戦力も拮抗しており、航空支援もままなりません。はっきり言って、かなり苦しい戦いになります」


「未来からの増援が来るタイミングは?」

すっかり回復した竜川中尉が質問をする。


「出来るだけ早いタイミングの増援になるよう考えています。敵の潜空艦隊対策も考えているそうです。ただし、みんな知っての通り、最後は時空のうねり次第です」

 閣僚、官僚、国会議員を皇居に誘導するまでの戦いが、特に苦しいと思われる。


「私以外にネブラ型は?」

「いないわ。だから、まずは市ヶ谷の防衛省庁舎から避難を始めて、永田町、霞が関と、避難者を加えながら皇居に入る戦術とします。もちろん、そこに琴音のネブラが貼りついてもやを使って避難民を守ります。避難終了までは、避難者防衛部隊、皇居防衛部隊、遊撃部隊の三つに戦力を分けます。ヒロ君は、遊撃部隊に入ってもらいます」


「待って! ヒロはまだリハビリ中なのに」

「そうね。私は自分を指揮官として最低だと思う。でも、この厳しい状況で、ヒロ君のフルグルは欠かせない戦力なの」

「僕は大丈夫です」

 日本の行く末が変わる大切なときに、休んでなどいられない。フルグルという力を預かる以上、自分が犠牲になってでも戦うべきときなのだと思う。


 以前の自分には、そんな考え方は出来なかったと思う。ただ、陽菜を助けたいという自分の目的ばかりに意識がいって、世の中のためとか、仲間のためなどという意識はなかった。


 しかし、今の自分は違う。自分には関係のないことだと思っていた世の中の様々なものが、全て自分自身に繋がっていることに気づいてしまったからだ。

 僕は竜川中尉に微笑みかける。

「必ず生きのびて、落ち着いたら身体も元通りに治します」

「ヒロ……」


 やがて作戦会議が終わる。僕が竜川中尉に拳を向けると、竜川中尉は自身の拳をそれに当てる。

「約束だからね、ヒロ」

「竜川中尉こそ、お気をつけて」


 僕がガレージで出撃準備をしていると、陽菜と佐原がサンドイッチと飲み物を用意して持ってきた。竜川中尉に渡して何か話したあと、僕のところにも持ってくる。

「長丁場になるんでしょ。しっかり食べて」

「ありがと」


「これが終わったら、また本屋にでも行こうぜ」

「ああ。クストスの功労者に早いうちに取り入らないとな」

 僕と佐原は顔を合わせて笑う。


「ねぇ、ヒロ……。少し相談があるんだけど」

陽菜がそう言うと、佐原はまた竜川中尉の方へ戻っていく。

「相談? 大事な話なら、今回の任務が終わってから聞いた方が良さそうだけど」


「私、家族の中では死んだことになってるでしょ。それで、なんていうか、このままじゃ、ヒロの優しさに甘えっぱなしになりそうで……」

僕は陽菜の顔を正面から見る。


「少なくとも、俺は陽菜に甘えて欲しいよ。すごく大切な話になりそうだから、やっぱり任務が終わってから話そうよ」

「そうだね。あの、これだけは。私ね、前に話した叔父さんと、いけないことなんだけど、付き合ってたの。結婚とか出来ないのはわかってて。だから、叔父さんが連絡もよこしてくれなくて、殺されてるんだろうとわかったとき、私も一緒に死にたいと思ってたの。それを、ヒロがね、助けてくれた。嬉しかった。ありがとう。これだけは、伝えておきたくて……」


 僕は何も言えずに黙り込む。――叔父さんと、付き合っていた。

「出撃前に変なこと聞かせてごめん。でも、これは話しておかないといけないし、お礼も言わなきゃいけないことだから。ごめん」

 陽菜は食べ終えたサンドイッチの包み紙を僕の手からとって、ガレージから出て行く。僕は何も言えないまま、その背中を見送る。


 僕はざわつく心を静めるために、ゆっくり深呼吸をする。

 陽菜を幸せにしたいなら、過去を受け止めて前に進むしかない。なにより、これから始まる過酷な作戦を生き延びなくてはならない。


 目を閉じ、深呼吸を続ける。いつまでも、感情に任せて無茶苦茶なことをする新兵のままではいけない。

 僕は目を開け、相棒のフルグルに乗り込む。


「ヒロ、先に降りるね! 絶対に生きて戻ろうね」

「はい! 気をつけて」

 竜川中尉のネブラが市ヶ谷付近で降下する。降下地点の安全を確保するため、降下第一陣としてもやをはるのが竜川中尉の最初の任務だ。


 それと同時に、皇居防衛部隊は皇居内に直接降下し、防衛体制を構築する。

 僕は永田町付近に設定された降下ポイントで、遊撃部隊に合流することになっている。


 敵の潜空艦隊が近くにいるため、潜空艦は急浮上と急沈下を繰り返すことになる。そのため、浮上地点と時間は、時空のうねり次第の面はあるが、よく打ち合わせをしてある。


「ヒロ君、降下ポイントに到着」

「了解」

「艦尾のみ浮上。よし。降下開始」

「山岸、降下」

 高高度降下では、パラシュートを使って減速しながら降下する。地上に近くなったらパラシュートを外し、BSLB特有の柔らかい着地をするのが特徴的だ。


 日本標準時11:00ひとひとまるまる、四足で地上に辿り着くと、周囲の安全確認をしつつ、先に降りていた仲間と情報交換をする。

遊撃部隊の隊長は、以前も世話になったことのある柏木夏希大尉だ。


KG-12ケージートゥエルブ合流します」

KG-1ケージーワン了解。頼んだよ、ヒロ君!」

「頑張ります!」

「いいね。その意気だ! 敵がこちらの動きを察知したとの情報が来たよ。警戒厳重に」

「はい」


 埼玉で待機していたという陸上自衛隊の機甲師団も、もうすぐ到着するらしい。とはいえ、未来軍の戦車相手ではあまり期待できないらしいのだが。

「練馬の敵が接近中らしいね。避難者防衛部隊とスイッチするつもりでいて」

「了解」


 しばらく待つと、議員宿舎をまわる避難者防衛部隊が目視できるようになる。

「KGチョーク全員、避難者防衛部隊と違う道路を使用して北上する」

「了解」


 練馬基地から出発しただろう敵は、皇居の北西に到着する見込みが強い。皇居の北から西までカバーしやすいポジションに移動する。

 遠目にネブラの靄を見ながら、竜川中尉が頑張っているだろうことを感じる。


 柏木大尉の指示である程度散開しつつ、配置についていく。

 練馬基地に現在あるBSLBは五十機程と見込んでいる。本体と言える厚木の戦力が到着する前に、練馬の五十機を無力化するのが理想的な展開となる。


 レーダーにはすでに、輸送車と護衛BSLBと思われる敵の反応が見えてきている。

「引きつけてから左肩のを斉射するよ。くれぐれも勝手に撃つなよ」

柏木大尉が命令をする。


 レーダーには次々に敵影が映り始めている。おそらく、敵もミサイル発射のタイミングを狙っているだろう。

「よし。KGチョーク全員、ミサイル全弾発射」

 柏木大尉の号令に合わせて、ミサイル発射を始める。空に向けて垂直に登っていったミサイルが、方向を変えて敵に向けて飛んでいく。

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