第19話 飽和攻撃

 敵は、初手で飽和攻撃をされるとは想定していなかったのだろう。レーダーを見る限りでは、かなりの数がミサイルで行動不能になったようにみえる。

 事前の打ち合わせ通り、ミサイルポッドは全員その場に放棄する。近接戦になったとき、軽い方が有利だからだ。


 ここでこちらから相手を殲滅せんめつしにいくか、あくまで防衛を重視するかで、作戦が変わってくる。


「結構ダメージ与えられたようだけど、私達は援軍が来るまで皇居を守るのが任務だから。このままの布陣で相手の出方をみるよ」

「了解」


 敵が残存兵力で攻撃を続行するか、厚木からの主力を待って合流するのか、今の状況ではまだわからない。周囲を警戒しつつ、レーダー画面に目をやる。

「敵ミサイル来るよ。散開」

「了解」


 レーダー画面に、ミサイルらしき小さな光がいくつも見える。あっという間に、空に無数のミサイルを視認できるようになる。僕は右肩の無反動砲を構えて、放つ。それはミサイルの手前で爆発し、チャフというミサイルを騙す物質をばら撒く。


 同じようなチャフの幕があちこちにできて、敵のミサイルが爆発するのが見える。

 チャフの幕から出てくるミサイルは、フルオートにしたライフルで狙う。KGチョーク全員での対応で、ミサイル全てが着弾せずに空で爆発していった。


 その間に敵は距離を詰めてきており、あと三分で到着する見込みだ。

「KGチョーク全員へ、都道302号線に展開せよ。市ヶ谷橋を渡り終えた敵に対して無反動砲の弾を全部使うよ」

「了解」


 つかの間の静寂に包まれると、周辺市民に避難を呼びかける自衛隊車両からの声が良く聞こえる。相手への情報漏洩ろうえいを恐れ、市民に事前に避難命令を出すことはできていない。


 自衛隊が戦力にならなくても、避難民の誘導をしてくれるだけで、かなり助かるのだとわかった。


「来たよ。砲撃開始!」

 KGチョーク12機からの一斉射撃が始まる。

先頭を走っていた護衛BSLBに数発が命中して倒れる。そこに輸送車が乗り上げ、横転する。


「弾を惜しまず全部くれてやれ!」

 後続の護衛BSLBからも砲弾が放たれる。味方の盾に当たり、盾を大きく凹ませている。


「残弾無くなりしだい右肩部無反動砲を破棄、突撃準備」

 チョークの全員が無反動砲を破棄したところで、柏木大尉から突撃の指示が出る。右手はライフルを構え、三足走行で敵に迫る。


 敵の無反動砲の射線を避けつつ、一気に距離を詰めていく。僕は事前に頼まれていた前衛の位置にいる。ライフルで威嚇いかく射撃をしつつ、左手でナイフを用意する。


「KG-12、突っ込みます!」

「了解。支援する」

 僕はフルグルの三足走行での全開速力を出して敵の列に突っ込む。相手はその勢いに押されているのか、射撃をしつつ後退している。


 僕は敵の中に突入すると、ライフルの至近距離射撃とナイフを使い、隙のある敵を攻撃して沈黙させていく。

 ライフルのフルオートで輸送車を狙い、出撃済みのBSLBはナイフで首や胸などの急所を切り裂く。


 やがて味方が追いついてきて、僕は市ヶ谷橋の上にいる敵に突っ込んでいく。

「ヒロちゃん、正に鬼神きしんごとくだね」

柏木大尉が楽しそうに言う。

「からかわないでください!」


 フルグルは反応速度や瞬間的な大出力に優れた機体らしい。一度暴走させたことで、より僕のイメージとフルグルの反応の誤差が小さくなっている。


 無我夢中で敵を倒していくと、やがて敵の抵抗が弱くなっていく。気づけば、僕は橋の対岸近くまで移動しており、五メートル範囲に敵のない状況になっていた。


「KG-1より各機、状況終了。損害報告しつつ、市ヶ谷駅前に集合せよ」

 僕は市ヶ谷橋を歩きながら、敵の討ち漏れがないか確認する。見たところでは、敵を全滅できたようだ。


「一度、桜田門方面まで後退する」

 柏木大尉は、味方にほとんど被害がないことを確認すると、次の待機位置を指示する。

 練馬から出撃した敵を全滅できたことで、作戦序盤としては上々の出来といえるのだろう。



 閣僚、国会議員、官僚達の皇居への避難は無事に完了したらしい。

桜田門外に陣取った遊撃部隊は、二機ずつ交代で皇居外苑に入り、損傷箇所の点検整備と、新しい武装の取り付けを行う。


 僕の番が来て、フルグルから降りる。予想はしていたが、足を中心に身体に力が入りづらい状態だ。フルグルとの過剰同期が原因だろう。


 そんな僕を見て、同じく整備中だったらしい竜川中尉が軽食とドリンクを持って駆けつけてくれる。


「ヒロ、無理しないで!」

「竜川中尉。ご無事で何よりです」

「私のことはいいから、ヒロは自分の身体の心配をして」

「ちょっとフラついちゃうけど、問題ありません」

「それ、問題ないとは言わないの」


 竜川中尉は、パイロット用に用意された椅子まで肩を貸してくれる。そこで僕はサンドイッチを食べながら、特製ドリンクを飲む。


「柏木大尉なら、きっと休みたいといえば休ませてくれるよ。無理をすればするほど危険性は高まるんだからね」

「わかりました」


「私、そろそろ行くね。くれぐれも無理は禁物だからね」

 竜川中尉は小走りに戻っていく。


「あー、話しかけ辛かった〜」

声に振り向くと、陽菜がこちらを見て機嫌の悪そうな顔をしている。

「え? なんで?」


「だって、いい感じに見えるし」

「竜川中尉は心配してくれてるだけだよ」

「ふーん。ねえ、ヒロ。この戦いが終わったらどうするの」


「え? うーん、さすがに親に報告しないとな。クストスに就職したよって。陽菜だって、どうにか生き延びたことを報告できるな。もうドームは無くなる訳だし」

「私、親には言いたくないな」


「どうして?」

「うん。ちょっと、事情があって」

「叔父さんの、ことか?」

「違う、違うよ。なんていうか……」


 そこにフルグルを整備していたスタッフがやってくる。

「山岸曹長。整備完了したので、お迎えに来ました」

「あ、ありがとうございます。陽菜、その続きは、また」


「うん。ヒロ、本当にいろいろありがとう。ヒロが私に生きる意味を与えてくれたと思ってる。ありがとう、じゃあね」

「ああ、後でな」


 僕は整備スタッフに肩を借りて、フルグルの元まで移動する。搭乗しようと片足を上げると、遠くで手を振っている陽菜が見える。僕はフルグルの中に入ったところで手を振り返す。


 肋骨を閉じて、フルグルを起動する。

 桜田門外に到着すると、柏木大尉が状況を教えてくれる。


「航空部隊の報告だと、厚木の部隊が到着するのは約三十分後だって。あと、やはり制空権争いは互角、航空支援は難しいって」

「了解」


「さあ、もうすぐお互いにミサイルの射程に入るよ。先手で全部撃ち込むからね」

 遊撃部隊の全員が返事をする。

 打ち合わせでは、柏木大尉の合図で、避難者護衛部隊を加えた皇居防衛部隊もまたミサイル全弾を撃つことになっている。


 ミサイルポッドのチェックを終え、レーダーの表示範囲を拡大する。おそらく100機を超えるだろう敵BSLBを輸送する部隊と、未来の戦車部隊を表す赤い光が見えている。


「KG-1より全機、ミサイル発射用意」

 赤い点が揺らめきながら、少しずつ近づいてくる。僕はミサイル発射ボタンに指をかけ、号令を待つ。


「熱源! 対ミサイル防衛」

 僕は急いで右肩部無反動砲のスイッチに指をかける。先ほどと同じで、初弾はチャフが入っている。

 あちこちで発射音が聞こえ、僕も撃ちだす。皇居の西の空がチラチラ輝くチャフで満たされる。


「全機、ライフルをフルオートに。ミサイル迎撃するよ。同時にこちらからも喰らわすよ。いいね、ミサイル発射用意……、撃てぇぇぇい」

 僕もミサイル発射ボタンを押す。垂直発射された無数のミサイルが、遥か上空まで撃ち上げられる。


 機関砲の音が響き、チャフの雲から出てきた敵ミサイルが迎撃される。

 僕も12.7㎜ライフルをフルオートにして、銃口を空に向ける。その間にも、左肩に装備したミサイルポッドからはミサイルが発射され続けている。


 チャフを通り越したミサイルを迎撃したころに、ようやく最後のミサイルを撃ちおわる。ミサイルポッドを外して横に置くと、自衛隊の支援部隊がそれを皇居に運び込んでくれる。


 僕はレーダーを注視する。赤い光がどれほど消えるのか、それによって、僕達の戦い方も変わってくるはずだった。


 赤い光は……多い。援軍を待ちながらの籠城戦になりそうだ。

「KG-1よりKGチョーク各機、皇居外苑に移動する」

「了解」

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