第5話 死の風
横川駅で降りる直前、佐原は僕と同じように諜報員に囲まれたそうだ。しかし、ホームにいるうちにタヌキに腕をつかまれて一緒に逃亡、現在も横川駅近辺の市街地で支援を待っている状況らしい。
「今回の作戦は、タヌキと佐原君を救出することを第一目標とし、可能であれば佐原君に敵の危険性を理解してもらうことを第二目標とする」
三人きりのブリーフィングルームで、
第一目標だけであれば、タイミングを見て潜空艦を浮上させ、そこにタヌキと佐原を収容すれば事足りる。しかし、第二目標のために、BSLB同士の戦闘を見せることなども安全が確保される限りにおいて実施したいという。
「BSLBを展開するにせよ、潜空艦を浮上させるにせよ、横川駅周辺の人の多さを考えると、深夜の作戦行動にせざるを得ない。それまでに佐原君とタヌキに身の危険が迫った場合、シバイヌと共同で潜望鏡深度からの攻撃、あるいは白兵戦での救出を実施する。そのときは、ヒロ君は艦内で待っててね」
「僕も行けます!」
「だーめ。まだ一般の兵士レベルの訓練すら終わってないのに、特殊部隊同士の白兵戦なんてさせません。BSLB戦にしたって、琴音のサポートに徹してもらうわよ。せっかく手間をかけて訓練してるんだから、一人前になる前に無理して戦死なんて、許さないよ」
僕は何も言えなくなる。
その後も詳細について確認した後、僕と竜川はガレージに行って待機する。竜川は白兵戦用の装備も手際よく準備していく。
「竜川は、いつからクストスで戦っているんだ」
「十二歳。中学生の年になってからかな」
「そんな年齢から……」
「現代は条約で少年兵を禁止してるでしょ、というか、それ、知ってる?」
「……そうなのか」
「だよね。比較的平和な時代だからね。ヒロの時代では、十八歳未満の兵士を禁止してるの。それが、BSLBが発見されてから事情が違ってきたの。BSLBは、遅くとも十八歳くらいまでに乗り始めないと操縦出来ないの。そして、二十代半ばには操縦が難しくなる。人体に影響が出ない総搭乗時間も、早くから乗った方が長くなることがわかっているの。そのために条約が変わり、法律も制度も変わった。未来では、十二歳から養成学校をつくってまで、若い兵士を育てているの」
竜川は淡々と話しながら、慣れた手つきで白兵戦用のアサルトライフルの調整を行っている。
「養成学校では、この時代がいかに無責任で富の収奪ばかりに熱心で後の時代への配慮がなかったかを延々と教えられた。この時代を攻撃することは、ある意味、未来人の悲願だったみたい。タイムマシンや潜空艦の技術が向上して、BSLBの輸送が可能になるなり、あの戦争でしょ。未来の各国政府は対立をやめ、過去を敵に戦うことで一致した。でも、私は何か違うと感じていたから、クストスに入ったの」
アサルトライフルの調整を終えた竜川は、今度は拳銃の調整を行う。
「未来ではね、戦争があるのが当たり前なの。核兵器、生物兵器、化学兵器のいわゆるNBCは禁止して、BSLBを活用した諜報員同士の戦いが
「なんとも……」
僕は言葉を失う。人類は世界大戦の過ちを繰り返さないために、少しずつであれ戦争のない社会を目指していると、漠然とそう思っていたのが間違いだったということになる。
「言葉を失った? 人類は過ちを繰り返さないほど優秀な生き物ではなかったの」
竜川はアサルトライフルに取り付けるための刃物と、コンバットナイフを取り出して手入れを始める。
「互いに暗殺や破壊工作を行い、自分のは正当化して、相手のをテロだと断罪する。実際には、国が作ったテロリスト同士の戦いなのにね。私達はNGMO、ノーガバメントミリタリーオーガニゼーション、非政府軍事組織と呼ばれている。元々は、大国が尻尾切りしやすい都合のいい傭兵みたいな扱いだったけど、次第にそれぞれが民間のスポンサーを持ち始めた。その中で、クストスは戦争で踏みにじられる弱い立場の人々の人権を実力で守るための組織になった。政府が国益のために使うテロリストに対抗する、人権を守るためのテロリスト。いずれにせよ、言論や資金だけでは人権が守れないことはこの時代からもわかっているでしょ?」
「ああ。それはそう思う」
「だから、人権を実力で守る。それがクストスなんだよ」
準備万端整えた竜川は、ボーッと突っ立っていた僕を腰掛けさせる。竜川も座って、目を閉じる。
「作戦は朝までかかるかもしれないから、仮眠をとった方がいいよ」
そう言われて、僕も目を閉じる。しかし、眠気はない。竜川が聞かせてくれた未来の戦争のことばかり気になって、グルグルと頭の中を巡っていた。
◆
どれだけ時間がたったか、僕達BSLB二体に出撃命令が出る。
「敵のBSLB三体を確認。建物屋上で潜空艦出現に備えている模様。潜望鏡深度からの威嚇攻撃開始の後、低高度降下にて出撃して」
「竜川了解」
「山岸了解」
僕は急いでフルグルに搭乗する。そして、竜川の号令でライフルの安全装置を解除する。
胸郭が閉まると、視界の隅に潜望鏡から見る敵影が映る。威嚇攻撃は始まっているようで、潜空艦のビーム攻撃をよけるために散開した様子がわかる。
「降下用意始め。後部ハッチ開放確認。竜川、山岸は降下位置へ移動」
「竜川よろし」
「山岸よろし」
「後部ハッチ周囲確認良し。後部ハッチ浮上」
「浮上確認」
「降下!」
「竜川行きます」
「降下!」
「山岸行きます」
足を下に、ビルの屋上めがけて落ちていく。着地と同時に四足歩行姿勢をとることで、着地時の衝撃をしなやかな身体全体で吸収する。
少し先に降下したネブラが周囲を警戒しつつ、靄を展開していく。ネブラには特殊効果のある煙幕を張る能力があるという。
「ヒロ、三体のうち一体は、前回の素早いやつみたい。死の風と呼ばれているエースパイロットだよ。充分な距離をとって」
「了解」
前に出るのがネブラで、フルグルは援護射撃をする。それが河邉さんの指示だ。
右から近づいてくる気配に、僕は銃を向けフルオートモードに切り替える。
圧倒的なスピードを持つ相手に、銃を放つ。次々飛び出す弾丸は、敵の小さなシールドに弾かれている。
「死の風」がネブラに接近するも、ネブラが展開した煙幕にリスクを感じたのか方向を変えて距離をとる。
僕は角度を変えて銃を構え、今度は弾が散るように意識して撃つ。
「死の風」は後方に下がりつつ弾をよけていく。それを見た他の二体が銃を撃ってくる。
僕はライフルをセミオートモードに切り替え、照準を合わせる。放った弾丸は敵の膝を捉え、敵BSLB一体が耐えきれず沈む。
もう一体からの攻撃をよけつつ、ネブラの様子を見る。靄がかかった状態で本体を視認できない。「死の風」も戸惑っているのか、距離をとった射撃こそ行うも、手応えはなさそうだ。
僕は自分を狙って射撃を繰り返す敵に対して動きながら銃を向ける。フルグルの方が動作や照準サポートが速いようで、照準を合わせて撃つのはこちらが早かった。
弾丸は相手のシールドをかすめて右肩部に命中する。相手が銃を構えられないとみて、僕がさらに一発撃ち込むと、相手の頭部を撃ち抜くことに成功する。
僕は急いで「死の風」の状況を確認する。一本角のBSLBが、靄に隠れたネブラからの射撃をよけ続けている。
竜川が、懐に入られる前に煙幕を張れればと言っていた意味を理解する。あの靄には何か特別な機能があるようだ。
僕が他の二体を片付けたのを確認したのか、竜川が「死の風」に向けて距離を詰めようとしている。
僕はそれをフルオートモードにした12.7㎜ライフルで援護する。こういうときは相手を味方エリアに追い込むように撃つのだと教えられているため、それを意識して撃つ。
すると、「死の風」は僕に向かって距離を詰めてくる。僕は急いでバックステップをするが、とうてい速さではかなわず、追いつかれる。
「腕を上げましたね」
僕は突然敵から話しかけられ、対応できない。「死の風」がスピーカーで話し始めたのだ。
「私の目の前で部下を倒すとは、想像以上」
「それがなんだよ」
「死の風」に接近された僕を、ネブラが援護射撃で引き離そうとしてくれる。
僕も動きにフェイントを入れながら、ネブラの後ろに移動していく。
「私はウィンド搭乗者のヤガサキコウキ。未来の日本陸軍少佐だ。君は?」
「答えちゃダメ!」
竜川が大声で制する。
僕は竜川の後ろに回り、サポートできる体勢になる。
「手強い。手強いよ、君達」
竜川が前進すると、その靄を嫌ってウィンドが後退する。しかし、突然姿を消す。
「消えた!?」
「手品じゃないのだよ!」
ヤガサキの声がして、とっさにシールドを声の方向に構える。
強い衝撃と共に、ウィンドが姿を現す。
「そこでシールドが出ることこそ、手品みたいだ」
ウィンドの両腕が素早く動き、その都度、シールド越しに強い衝撃が左腕に伝わる。
「左腕が……」
自分の左腕に伝わってくる幻痛に顔をしかめると、僕は右腕のライフルをウィンドに向ける。しかし、それを撃つ前にネブラからの射撃がウィンドの鼻先をかすめる。
ネブラが何発か撃つと、ウィンドと僕の距離が充分離れたため、僕はまたネブラの後方に下がる。
また不意打ちで回り込まれないよう、牽制の意味でフルオートのライフルを放つ。
「膠着状態か。いや、目標ロストか」
そう言ったヤガサキが後退する。
「牽制を続けながら、こっちも下がるよ」
竜川がそう指示して、バックステップを始める。
僕も指示に従い、ウィンドへの牽制を続けながら下がる。
「琴音、ヒロ君、被救出者を収容した。撤退準備」
「了解」
二人で牽制しながらバックステップで下がり、充分な距離を取ったところで、身体の向きを変えて人気の少ない場所を探す。
潜空艦に帰投したときには、東の空がわずかに明るくなっていた。
◆
「おい、お前……」
佐原が驚いた顔をしている。
「お前、未来人だったのか」
「違う、訳があって協力してるだけだ」
佐原は驚きの表情を崩さない。
「協力? 未来人にか」
僕は佐原がどれだけ事情を聞いているかわからないため、周囲に視線をやる。河邉さんが、それを察してか話し始める。
「さっきも話した通り、私達は未来国家と現在国家の争いを止めるための組織なの」
「つまりは内ゲバだろ」
「未来人同士で戦うという意味ではね。でも、国家と私達ではずいぶん立場が違うの。未来国家は自分達の経済や社会の問題を良くするためなら、現代人やその子孫が死んでもいいという考え。私達は、どんな人でも殺してはいけないという考え。私達が現代人の味方になるのは自明のことなんだよ」
「で、人権派を名乗っておいて少年兵か。こいつに至っては現代人を
「俺は、自分の意思で参加している」
「どうせ、こないだ召集された女生徒を人質にされてるんだろ」
「人質じゃない。探してもらってるんだ」
「そんなの
その後も佐原はクストスへの不信を解くことはなく、自宅近くで艦を降りた。護衛も不要とのことだったが、なんとか学校の行き帰りに俺が同行することだけは認めさせた。それが精一杯だった。
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