第22話 裏切り

 皇居外苑に戻ると、そこにいるのがクストスのBSLBばかりになっていることに気づく。


 増援のBSLBはともかく、始めから戦っていたBSLBは21機から10機まで減っており、そのうち3機が半壊状態になっている。無傷なのはフルグルとネブラくらいだ。


「なんで、クストスの戦力だけがここに集まっているんだ?」

「さぁ。なんでだろうな」

佐原も怪訝けげんそうに周囲を見渡している。


 増援も含めれば、外苑にいる実に32機のBSLBが全てクストスのものばかりだ。

「ここで潜空艦を浮上させて一気に回収するのかな」


 確かに、一箇所に集まっている方が回収はしやすい。しかし、それに関する命令は全く出ていない。

「嫌な予感がする……」



 宮内庁くないちょうから借りている一室で、四ツ谷准将はブラインドの隙間から見えるクストスのBSLB部隊を見ていた。


「いい兵達だ。士気も練度も、うちのエース級がゴロゴロいるようだな」

 四ツ谷准将はじっと目を閉じる。


 クーデターは成功した。抵抗勢力を壊滅させ、もはや動き出した歯車を止めようとする者はもういない。

 そうなると、これまで国民に対してテロリストだと説明してきた勢力の力を借りたことが、取り戻したい汚点として残る。


 まして、テロリストに皇居や天皇家、政治家、官僚の護衛を任せたのだ。

 これは、うまく立ち回らないと、立ち上げたばかりの未来政府を潰しかねない、大問題だ。


 ――やるならば、私が全てを被らなければ。

 四ツ谷准将は立ち上がり、若い幕僚達に顔を向ける。

「この機にテロリスト共を根絶やしにする。全軍で取り囲め」



 長すぎる。

 休憩としても、潜空艦に収容するにせよ、こんなに長い時間、指示も出さずに待機させるのは不自然だ。


 ヒロは佐原に頼んでBSLBに乗らせてもらう。肋骨が閉まり、フルグルの両眼と身体中のカメラの画像が合成される。


 望遠モードにして周囲を見渡す。

 ビルとビルの間を、隠れつつ駆け抜ける、クーデター派BSLBの姿が見える。


「パイロットはBSLBに乗れ! パイロット以外は中心に集まれ。裏切られた! 包囲されている」

 僕はスピーカーで叫ぶ。


 仲間達が慌てて動き出す。

「竜川中尉は靄を展開して下さい」

「了解」

すでにネブラに乗り込んでいた竜川中尉が無線で答える。


 ネブラの動きに気づいたのか、とうとう僕達を包囲していた敵が姿を現す。

「盾を構えろ」

 僕の声に、味方達が盾を構え、中心部に集まりつつある生身の仲間を守る体勢に入る。


 敵からの射撃が始まる。

「こちら、SG-1澤霧大尉だ。最先任士官として指揮を引き継ぐ」

「よろしくお願いします」

僕は士官に指揮権を返納する。


「SG-1より全機、各個での反撃を許可する。しかし、特に別命なければ、遠距離戦のみ許可する」


 敵の動きを読み、狙いをつけ、撃つ。

 敵BSLBの首が吹っ飛ぶ。それを何度も繰り返す。首が飛び、顔に穴が開き、頭蓋が大きく欠ける。

 フルグルの反応なら、それを素早く繰り返すことができる。


 やがて、ネブラの靄が辺りを包みはじめる。敵からの銃弾が少しずつそれ始め、やがてほとんど当たらなくなる。

 僕は敵の動きに注意する。ウィンドの動向が気になって仕方がない。


 矢ヶ崎がこの戦いに参加していると考えると、味方の被害はもっとひどいはずだ。多分、矢ヶ崎は別の任務に当たっている。


「SG-1より全隊員、潜空艦と連絡が取れた。靄の中でのピックアップに挑戦する。まずは、生身の隊員四人とBSLB一機の組み合わせでジャンプする。周囲は対空兵器への警戒を厳に」


 この銃弾の中、潜空艦を浮上させるとは。

 しかし、状況から考えれば、このまま戦ってもジリ貧であり、また、過去日本周辺に戦力を残しておける状況でもない。リスクをとってでもやらなければならない作戦だろう。


 しかし、なんのために多くの犠牲を出して皇居を守り切ったのか。クーデター派に都合良く使われ、要らなくなった途端に裏切られ、皆殺しにされそうになっている。


 僕の隣にいたBSLBが胸を撃ち抜かれ倒れる。おそらく、パイロットは助からない。

「くそっ、卑怯者がっ」


 僕は頭に血が上っていくのを、深呼吸でなんとか静めようとする。怒りは銃の照準を狂わせ、ナイフの剣先を鈍らせる。


 深呼吸しながら、次、次、次、次……と、敵を撃ち倒していく。

 僕は淡々と敵のBSLBを倒す。


 無心になって、敵を倒すことでのみ、仲間と自分を守れる。そう考えていないと、今にも敵に突撃してしまいそうだ。


「浮上! 初回グループ、急げ」

 何機かのBSLBが、中心部にいる生身のスタッフを抱え、潜空艦のハッチまで飛び上がる。

 当然、敵の射撃もそこに集中する。


「邪魔するなぁ」

 僕は淡々と敵を潰していく。僕にはそれしかできないからだ。潜空艦のハッチが閉まり、潜航していく。銃弾は潜空艦に何度も当たっていたようだが、至近距離でないためか、ほとんどダメージはなかったようだ。


 破壊や撤退により、こちらの戦力が減ったのを確認したからか、敵が包囲網を縮めてくる。

 その状態で、第二派の潜空艦が艦尾のみ浮上し、ハッチを開く。


「この回で生身の人間は全員撤退。人を運んだBSLBも同時回収だ。かっこつけて戻ってくんなよ」

澤霧大尉の声が響く。

 そこに、仲間の叫びが追加される。


「一本角、死の風だぁ」


 潜空艦に向けて高速で近づく影は、ウィンドに間違いない。

 僕はすぐに身体の向きを変え、威嚇射撃をしつつ、左手にナイフを持つ。フルグルの最大戦速でウィンドに近づき、靄と外との境目でウィンドに体当たりをする。


 猛烈な衝撃でぶつかり合い、互いに地面を何回も転がる。フルグルはナイフを地面に突き立て、回転を止める。

 ウィンドも、手の力で跳ね上がり、地面を踏みしめて回転を止める。


 僕はその無防備なウィンドに12.7㎜ライフルを至近距離で放つ。ひとつ目はウィンドの右肩をかすり、次からはウィンドの盾に阻まれる。


「潜空艦はやらせない!」

 僕は威嚇射撃を続けながら、ウィンドと浮上中の潜空艦の間に身体を入れる。

「降伏しろ、山岸ヒロ」


「お前が死ぬまでは戦い抜くさ。矢ヶ崎!」

 僕は半歩で距離を詰め、ウィンドの首を狙う。互いのナイフが強くぶつかり合い、火花が散る。


「お前達が裏切ったんだ、けじめはつけてもらうさ」

「何を言っても届くはずもないか」

「裏切り者が上から目線で!」

「私はまだ死ねないんだよ、坊や」

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