第23話 強さとは

 フルグルとウィンドは共に高速でナイフをぶつけ合っている。その中で僕は一歩退いて、ライフルを喰らわせる。意表をついたようで、ウィンドの右足に銃弾が食い込む。


 僕はウィンドの左に回り込む。ウィンドの右足のダメージを悪化させるためだ。狙い通り、ウィンドは右足から血を吹き出しながらこちらの動きに対応している。

 僕の次の一撃はシールドで防がれ、ウィンドがライフルで逆襲してくるのをみこして、防御体勢を取る。


 ウィンドはフルオートで撃ち込んでくるが、フルグルのシールドでそれを防ぐ。

 距離をとったり、いきなり詰めたりしつつ、フルグルとウィンドの撃ち合い、斬り合いは続く。


 その間に、第二派の潜空艦への積み込みが終わったようで、潜航していく。

「あと3回もあれば全員撤収できる。いま死ぬなんて勿体ないこと、絶対にするなよ」

 澤霧大尉の指示が聞こえる。


 僕は当然、最後の便に乗るつもりでいる。僕がウィンドを抑え、他のBSLBも抑える。


 フルグルを預けられ、たくさんの訓練を受けた。


 そして、やっと、人を助けられるだけの力を手に入れた。


 ――僕が仲間を守る。


 ウィンドとフルグルのハイスピードの戦いに横から槍を入れる者はいない。そして、今の僕なら、充分にウィンドを倒せる。

 また僕の撃ったライフルの弾がウィンドの左腕を貫いた。盾を構えるのが不自由になるだろう。あと少しだ。


 とどめを刺す! そのつもりで踏み込むが、フルグルもウィンドもそこで動きが止まる。皇居の東の空に、異変が現れたからだ。


「なんだ、あれ? 潜空艦?」

「抵抗派が乗っていた潜空艦か。どういうことだ!?」


 突然現れた潜空艦は、まだ距離があるとはいえ、真っ直ぐに皇居に向かって来ている。中の状況によっては、かなり危険な状態だ。


「山岸曹長。一時休戦だ。抵抗派が反乱を起こし、カミカゼ特攻をしようとしているらしい。あれを止めないと、東京の中心部が東京湾の一部になってしまう」

「なんだと!?」


「どうにかあれに取りすがれないだろうか」

「そんなの、潜空艦でしか……。そうか!」


 僕は澤霧大尉に説明をして、クストスの小型潜空艦を回して貰えるように交渉する。


「しかし、死の風を信じるのか」

「こいつが嘘つきだったにしろ、あれがそのまま落ちてくれば、僕達もほとんど全滅です」


「なるほどな。確かにそうだ。潜空艦に交渉する。待て」

「了解」


 事態は俺達を包囲していたクーデター派にも共有されたようで、先ほどまで途絶えることなく続いていた銃声がやんでいる。


「SG-1よりKG-12、君の原隊げんたいのエンドレスが向かっている。ウィンドに少しでも不審な点があれば君が殺せとの条件つきだ」

「了解、ありがとうございます」


 ウィンドとフルグルの目の前に、潜空艦エンドレスの艦尾が現れる。早速二人で乗艦し、陸地を離れる。


「ヒロ君、元気?」

「はい。なんとか」


「抵抗派の船にとりついたら、まずはブリッジを攻撃して、フルグルの手を突っ込んで取り舵一杯に変えなさい。そこで固定できるそうよ。その上で、重心が左に傾くようにつかまっておいて、高層ビルの屋上か、海面に飛び込んで逃げる。いい?」

「了解しました!」


 突如、眼下に抵抗派の潜空艦が現れる。僕はウィンドと同時に飛び降り、ブリッジ付近にとりつくことができた。

 ウィンドは右足の怪我を気にしつつも、潜空艦の上を器用に歩き、ブリッジに向けてライフルをフルオートでぶち込んでいる。


 僕も足元に気をつけながら、ブリッジにたどり着く。

「矢ヶ崎、舵を取り舵に」

「わかっている」


 ウィンドが舵を動かすと、進路が少しずつ左に寄っていく。

「これだけではダメだ。東京駅付近に堕ちるぞ」

「それじゃ、意味がないんだよな?」

「せめて、海上に落とせれば」


「俺達で重心をずらすとか」

「そんな微々たるものでは間に合わん。よし、山岸曹長、君はできるだけ重心を左にそらすんだ。私は、動力の方をなんとかしてみる」

「どうする気だ」


「行ってみて、だな。ところで、陽菜さんのことだが、……」

 突然、潜空艦の一部から火が噴き出す。矢ヶ崎の言葉の最後がわからず、矢ヶ崎に聞き返す。

「だか…………みがち…………のと…………っている」


 風圧のせいで、矢ヶ崎の声が届かない。


ウィンドは潜空艦の上を迷いなく移動し、艦尾の左舷側エンジン近くにまで辿り着く。ウィンドはそこで、自爆する。

 僕は言葉を失う。


 左舷側エンジンはウィンドの爆発に誘爆し、強い光を放つ。艦尾は強制的に右舷側に押し出され、艦の向かう方位が大幅に変わる。急速に神田駅付近を飛び去り、東京湾へと向かっていく。


 僕はタイミングを見て洋上へ飛び込む。

 潜空艦は滑り込むように東京湾に堕ち、いくつかの小さな爆発を伴いつつ沈んでいく。

「矢ヶ崎……」



 クーデターによって成立した未来日本政府とクストスとの和平交渉は、今度こそうまくいきそうだった。


 その交渉が行われている最中、リハビリを終えた僕は、ようやく陽菜と話す機会を得ることができた。

 僕は所定の研修を待つだけのみなし士官としてクストスの士官用の制服を身に纏い、陽菜が待つ部屋の扉をノックする。


「どうぞ」

 僕は緊張しながら、扉を開く。陽菜は、またあの日の白いワンピースを着ている。


「ヒロ、久しぶり。でも、今さらどうしたの」

 僕は何も言わず、テーブルを回り込み、陽菜の横に立つ。


「な、何よ」

 僕は跪く。

「僕の子に会わせてくれ」


 僕はそういうと、そっと陽菜の下腹部に触れる。確かな膨らみが、その中に芽吹いた新しい命の存在を証明していた。


「陽菜、耳をあててもいいか」

「いい、よ」

「動いてる……のか」

「うん、多分」

「元気な子だな」


 しばらくして、僕は立ち上がる。陽菜の戸惑って彷徨さまよう瞳をまっすぐに見つめる。

「この子は、全く迷惑なんかじゃない。迷惑どころか、もう、僕をこんなに幸せにしてくれてる」

 陽菜の瞳が僕の視線を捉える。


 クストスの組織内ルールでは、カップルのどちらかが士官なら、16歳からの結婚が認められる。実質的には、BSLBパイロットのための制度だ。早くに社会的責任を負わせること、BSLB乗りの遺伝子を確実に残すこと、それらのためにこの制度はある。


「この子が陽菜を守ってくれた。今度は、僕と君でこの子を守っていきたい」

「ヒロ……」


「結婚しよう、陽菜」


 陽菜の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちては、また粒ができる。

「……はい」

 僕はそっと、妻になる人と、彼女の中にいる自分の子供を抱きしめる。



 先進国を中心に行われていた過去人虐殺政策は、やがてその非人道性が批判され廃止されていった。


 その方針転換にクストスが大きく関与したことが認められ、各国とクストスとの和平交渉も活発になる。


 あれから三年、僕は未だに過去人虐殺政策をとる国との戦争に駆り出されている。


 クストスの視野の端には、二歳になった息子と、陽菜の姿が映っている。

 陽菜の腹には、二人目の子供がいる。陽菜によると、今日も元気に動き回っているそうだ。





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日本が未来人に征服されてしまいました。 青猫兄弟 @kon-seigi

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