第21話 亡命

 四足で物音も立てずに着地したウィンドは、すぐにライフルを撃ち始める。

 敵一機の頭が吹っ飛んだと思うと、二機、三機と百発百中で敵の頭を吹き飛ばしていく。


 俺も敵を追いながら発砲するが、フルオートで何とか当たる程度のものだった。

「フルグルの君は、山岸曹長だな」

「ああ。あんたは矢ヶ崎少佐か」


「そうだ。君はネブラ型のもやを生かして戦えるはずだ。靄の中で敵を待ち構えて、私のフォローをしてもらえないか」

 僕はかつての敵に指示を受けることに抵抗感を覚えるが、確かに有効な作戦のように感じられた。


「わかった。靄の外は頼む」

「頼まれよう」

 僕は近くにいる敵をライフルで仕留めつつ、ネブラの靄の中に突っ込む。

 早速見つけた敵を、ナイフで無力化する。


 靄の外の状況を確認すると、ウィンドの百発百中の射撃と、新たに降下してきた味方によって、皇居中心部を狙った敵は全滅しつつあった。


 問題は、後から城内を狙っていた敵が侵入に成功していることだ。そして、全ての敵が立て続けに城内への侵入をしようと準備していることだ。


「矢ヶ崎から各機、城内の敵を押し返せ。堀を防衛線にするぞ」

「了解」

 クーデター派のBSLBは勇気づけられたように、激戦となっている堀端を目標に前進していく。


 矢ヶ崎機はその数メートル後ろを歩き、堀とネブラの靄との中間地点に陣取ったようだ。

 僕はライフルを構え、敵を狙い撃ちする体勢を整える。乱戦の中、フレンドリーファイアに気をつけて狙撃をしていく。


 フルグルとウィンドの狙撃と、クストス・クーデター派から増援にきたBSLBの奮戦により、平川門付近の敵の勢いが落ちてきている。


 僕は桜田門方面の様子を確認するため、連絡を取ることにする。

「KG-12よりKG-1、戦況を教えてください」

「KG-1よりKG-12、クーデター派・クストスの増援あり。優勢に進んでいる」

「了解。こちらも増援があり、優勢に進んでいます」


 ここまでくれば、あとは増援と共に来たはずの四ツ谷准将と、現代日本の総理大臣が停戦協定を結ぶのを待つだけだ。


「矢ヶ崎から各機、堀の防衛線は確保した。但馬班はそのまま防衛線確保。残りは前進して敵を殲滅する」

「了解」


「山岸曹長、君はそこで最終防衛線として警戒をしてくれるか」

「了解した。敵の殲滅を頼む」

「頼まれた」


 青く塗られたウィンドが、猛スピードで堀の外まで移動していく。

 ――味方だと頼もしいものだな、僕は矢ヶ崎のことをそう思う。



 午前中からの作戦行動で、今はすでに空が赤く染まっている。

 事前に調整を済ませていた未来日本政府と現代日本政府の和平協定がようやく終わり、記者会見が行われている。


 対過去強硬派の軍勢はすでに散り散りとなり、もはや脅威はない。異次元空間での潜空艦同士の戦闘も落ち着き、五隻いた敵の潜空艦隊も二隻が轟沈し、三隻は降伏したとのことだった。


 矢ヶ崎の指示で休憩をとるよう言われた僕は、皇居外苑で握り飯をかじっていた。

 下半身はリハビリを始める前よりさらに感覚が鈍ってしまい、両手も酷い筋肉痛に似た痛みの影響で小刻みに震えている。


 俺の横で世話を焼いてくれているのは佐原だ。すっかり馴染んで、今やクストスの一員にしか見えない。


「なあ、佐原。陽菜の姿が見えないけど、何か知ってるか」

「ああ、吾妻さんは……」

「どうした?」

「クーデター派が到着したときに、未来日本に亡命した」


「は?」

「多分……、お前に……、いや、未来日本の方が色々都合がいいらしい」

「都合ってなんだよ。戦争が終わるのに、わざわざなんで未来日本なんかに」

「俺に言われても……」


「佐原、頼む。陽菜のところへ連れて行ってくれ」

「おいおい……。吾妻さんなりに考えて……」

「じゃあ、俺はなんなんだよ。俺がいろいろ考えて、陽菜を幸せにしようと……、それは、無視するのかよ」


「連れて行ってあげる」


 声の方向に目をやると、竜川中尉が真剣な表情でこちらを見ている。

「竜川中尉、もう靄はいいんですか」

「うん。念のためもう少しやろうと思ってたんだけど、もう大丈夫って言われたの」


 僕は皇居中心部に目をやる。だいぶ靄が晴れてきている。

「ヒロ、陽菜ちゃん、まだここにいると思うから、急ごう」


 僕は竜川中尉に肩を借りて、一緒に歩き始める。佐原は戸惑っているが、とにかく着いてきている。

 広い皇居内を歩き、すっかりネブラの靄が晴れた中心部に至る。


 宮内庁くないちょう庁舎に未来日本クーデター派の仮設事務所が設けられたらしい。陽菜もそこにいるのだという。


 衛兵に事情を話すと、嫌な顔をしながらも通してくれる。つい前日には敵だっただけに、未来日本の兵にはあまりよく思われていないらしい。


 エレベーターに乗り、使用しているフロアまで昇る。

 エレベーターから降りて、前にいた衛兵に確認すると、すぐ目の前の扉を指さす。

 ノックをすると、確かに陽菜の声が聞こえる。竜川中尉が声をかける。


「陽菜ちゃん、琴音だよ。ちょっといいかな」

「琴音ちゃん……、うん、いいよ」

 扉を開くと、簡素なテーブルと椅子があり、陽菜はそこに深く腰掛けていた。いつかの白いワンピースを着込んでいる。


「ヒロ!?」

「ごめん、陽菜ちゃん。やっぱり、ヒロとはちゃんと話し合って欲しくて」

 竜川中尉は僕を陽菜の近くの椅子に座らせると、佐原に声をかけて部屋を出ていった。


 僕は、とっさに何を言えばいいかわからなくて、やっぱりワンピース似合うね、とだけ声をかける。

「ヒロ、怒ってるでしょ」

「怒ってなんかないよ。驚いて、それから、悲しいだけだよ」


「ごめんね」

僕は勇気を持って顔を上げ、陽菜と目を合わせる。陽菜は視線をそらす。

「未来日本に亡命するなんて、どうしてそんなことを」


「うん。やっぱり、現代の日本ではいろいろ暮らし辛そうで」

「未来日本の方が住みやすいなんて保証もないだろ」


「そんなこと……。少なくとも、……一人で、一人で暮らしていくには未来の方が便利だから」

「一人? 僕は、陽菜さえよければ十八歳になりしだい結婚したいと思ってるんだ。クストスで働きながら、二人で生きていきたいと……」


「ヒロがそこまでする必要ないよ」

「必要ないって……」

「私、血の繋がった叔父と付き合っていたんだよ。そんな女のために、ヒロが大変な思いをしなくていいよ」


「それは驚きはしたけど……、陽菜が抱えている悲しみの理由を知ることができて良かったと思ってる。まだ、忘れられないのかもしれないけど……」


「そういうんじゃないよ。過去に捕らわれて逃げたい訳じゃないの。ただ、ヒロに迷惑をかけたくないだけだから」


 僕は思わず立ち上がる。椅子が勢いよく後ろに倒れる。それを驚いた顔で眺めている陽菜がいる。


「わかった。陽菜に俺が必要ないってことが」

 陽菜は目に涙を浮かべている。怯えさせてしまったのだろうか。

「陽菜、幸せになってくれよ」

「うん……」


「おい、大丈夫か?」

 椅子が倒れる音を聞きつけたようで、佐原が慌てて部屋に入ってくる。

「ああ。大丈夫だ。佐原、肩を貸してくれ」


「お……おう」

 僕は佐原に支えられて、部屋を出て行く。廊下では心配そうに竜川中尉がこちらを見ていた。

「ありがとうございました。もう、大丈夫です」


「大丈夫って、ヒロ……」

 僕は後ろを振り返ることもせず、まっすぐエレベーターに向かった。空っぽの心で、あとひと頑張りで戦いが終わることだけを考えるようにした。



 扉が閉じた。


 陽菜は自分の口を押さえ、声にならない涙を流す。ボロボロと流れる涙が、自分の手を濡らし、零れ落ちてテーブルを濡らす。エレベーターの到着音が聞こえ、扉が閉まる音も聞こえる。


「嫌だ。ヒロ……行かないで、ヒロォ……置いて行かないでよ……」

 全身の力が抜け、バタンと椅子に崩れる。

「ヒロ……」

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