第10話 ヒーローとヒロイン
「ヒロ、ヒロ……」
聞き慣れた声に目を覚ますと、僕の寝ているベッドの横で、吾妻陽菜が腰をかけている。
「ヒロ……あんな危ないことして!」
陽菜が僕の
「陽菜を救けたかったんだ。そのためにクストスに入って」
「私のためにテロリストなんかに」
陽菜の目の
「ヒロの馬鹿、大馬鹿!」
「待って。クストスはテロリストなんかじゃない。人権団体だ。未来では、人権団体も兵器を持てるんだよ」
「そんなの、
「未来の戦争は……、いや、そんなのどうでもいい。陽菜が生きててくれて、良かった。会いたかった、陽菜」
僕の胸倉を掴んでいた手を、そっと抑えて握る。陽菜は困ったような表情をして黙り込む。
「陽菜、僕は陽菜のいうように馬鹿だから、自分で気づいてなかったんだ。ずっと、好きだった、陽菜。陽菜は死にたいって言ってたけど、死なないでくれよ。僕のそばにずっといて欲しいんだ」
そう言っているうちに、僕の目から熱いものが流れ出していた。男のくせに情けないと思うと、余計に今までの自分が情けなくなって、よりたくさんの涙がこぼれ落ちた。
「ヒロ……」
陽菜がベッドの脇に腰掛け、僕をそっと抱き寄せてくれる。
「なんで、あんたが泣くの。もう、だらしないんだから」
僕は陽菜の温もりと匂いに包まれて、止まらない涙を流し続けた。
◆
潜空母艦で行われた作戦終了に伴う会議の中で、今回の殉職者が五人であることや、負傷者十四人であることなどが報告される。
破壊した敵BSLBは推定で十二機、こちらの損害は自爆・破壊七、大破四、中破六であること、被救出者・吾妻陽菜が無事であることなども共有される。
その後、未来の従軍記者による会見には、僕と陽菜も出席する。始めのうちこそ、僕を英雄視したり、陽菜を悲劇のヒロインに仕立てるような質問が続いたが、次第に否定的な見方をするメディアからの質問も増えてきた。
「吾妻さん、あなた一人を救い出すために五人もの殉職者が出たことをどう思われますか」
戸惑う僕や陽菜の代わりに、
「二人の若者を再会させるために、五人の仲間が亡くなったことは事実です。作戦立案、現場での指揮をもっと工夫できたかもしれない。我々指揮官の力不足がなかったとは言い切れません。しかし、吾妻陽菜さんを救出する作戦が成功し、若い二人の再会を果たさせることが出来たのを、五人の同志は誇りに思っているはずです」
「そんなの、まさに死人に口なし、ですよ。日本政府の軍人もたくさん亡くなっているはずだ。人を殺してはいけないと言いながら、茶番劇の広報活動のために人をたくさん死なせて、あなた達こそまさに虐殺者じゃないか」
「それは、質問ですか? 政府が過去人に対してホロコーストに匹敵する戦争犯罪行為をなしていることはすでに確認されたことです。彼女から得られる情報は大変貴重なものであり、それを知ることで、未来の市民達が正しい判断を下せるようになる。その意義は計り知れません。その意味でも、今回の作戦は目標を達成したのです」
さらに質問を続けようとした記者が退室させられる。空気を読めない奴はやだね、という
また僕と陽菜を称えるような会見内容となり、予定より大幅に時間超過して会見が終了した。
その後はメディアによる写真撮影会となり、僕と陽菜は有名人のようにいろいろなポーズをさせられる。腕を組んだり、抱き寄せたりしていると、本当に陽菜と恋人同士であるかのような気分になる。
メディア対応が終わったときには深夜になっていて、食堂で弁当の支給を受けて二人で食べるときまで、飲まず食わずの忙しさだった。
「大変な目に合わせちゃったな。疲れたよな」
「大丈夫、仕方ないよ。ヒロも大変だったでしょ」
「僕はスタミナついたから。毎日のようにトレーニングしてたから」
「そういえば、男らしい感じになったね」
「外見だけは。ところで、家には連絡しなくて本当にいいのか」
陽菜はすでに、未来軍にとって都合の悪い存在になっている。実家に帰ったり、連絡を取ったりするだけでも危険だと、河邉少佐はいう。
「潜空艦の雑用係として雇って貰えるんだから、充分だよ。死んだはずの娘が帰って、戸惑われるのも嫌だし」
「だけど、それじゃあ未来軍の軍属だったのとほとんど変わらないだろ」
「元々、それで良かったの。死ねなかったけど、誰も私のことを知らないところで過ごせるのは悪くなかった。でもね、ヒロが必死に捜し出して、迎えに来てくれたんだから、前より寂しくないよ」
僕はその言葉に嘘を感じる。本当は僕からも隠れて生きていきたかったのではないか。しかし、陽菜は優しいから、僕の一方的な想いを受け止めてくれただけではないのか。
「ヒロ……?」
「ん!?」
「大丈夫? ヒロの方こそ、疲れて見えるよ」
「そうかな。食事終わったらシャワー浴びて寝ようかな」
「そうだね。それがいいよ」
陽菜のぎこちない笑顔が、何よりも雄弁に彼女の戸惑いを表している。
食事が済んだ後、僕は潜空母艦内で割り当てられたベッドに倒れ込んだ。シャワーを浴びる余裕もなく、そのまま深い眠りに就いた。
◆
翌朝、潜空母艦内でシャワーと食事を済ませ、河邉チョークの潜空艦に帰る。改めて河邉少佐と陽菜と僕とで会合をする。
「陽菜さんには、この艦で非戦闘員としての仕事をして貰います。掃除、洗濯、炊事のほか、弾薬や装備の在庫管理までやって貰うつもりです。いいかな」
「はい。大丈夫です」
「仕事の内容は笠松副長に教えて貰ってください。ところで、二人で同じ部屋に泊まって貰ってもいいんだけど、どうする」
「そ、それは別でお願いします。そういうのは、もっと、お互いの気持ちが固まってから」
僕が慌てて答えると、河邉少佐が楽しそうにクスクス笑っている。
「そう。それなら、艦内で不純異性交遊は駄目だからね」
「も、もちろんです」
「約束だよ?」
河邉少佐が
「そうそう。とても大切なお話があるんだった。陽菜さんの救出が終わって、ヒロ君の目的は達成したでしょ。これからも、危険なBSLBの任務をこなしていかなくてもいいと私は思うの。陽菜さんに会いに来たとき、仕事を手伝うくらいでもいいと思うの。どう?」
河邉少佐からの提案を、僕は僕なりに考えようと黙り込む。
「いえ、僕はフルグルと一緒に戦います」
「なんで!? ヒロ、せっかくいい提案をしてもらえたのに」
「僕は、陽菜の件で戦いながら、今の未来政府のやり方は許しちゃいけないと感じていました。自分に都合のいい人間は残して、他は殺してもいいなんて発想は、やっぱり許せない。だから、迷惑でなければこれからもフルグルと一緒に闘わせてください」
「ふふ。そう来ると思った。ごめんね、試すようなことを言って。でも、中途半端な気持ちで戦場に出ることはとても危険だから」
「ちょっと待ってください。どうして、未来人同士の戦いにヒロが巻き込まれなきゃいけないんですか」
「陽菜、これはもう、未来人同士の戦いじゃないんだ。僕達はもう、今いる自分達だけの幸せに固執していていい時代は過ぎたんだよ」
「ヒロ……」
陽菜は立ち上がり、部屋を出て行く。
「追わなくていいの?」
「少し、お互い頭を冷やさなきゃ駄目そうです」
「そう……」
河邉少佐は心配そうに、陽菜が出て行った扉を眺めていた。
◆
僕はトレーニングルームで、以前と変わらずに模擬フル装備でのランニングを続けていた。今後もフルグルのパイロットとして、特殊部隊である河邉チョークの一人として戦うためだ。
陽菜の救出から一週間がたとうとしている。陽菜と僕との関係は相変わらずぎくしゃくしたままで、最低限の会話以外は受け付けてくれない状態だ。
今日は、隣に竜川琴音中尉が同じ模擬フル装備で走っている。僕がどれだけ持久力がついたか確認するつもりだという。
「彼女とケンカしてるの、ヒロ?」
「いえ、前から言ってますけど、彼女じゃなくて幼馴染みです」
ただでさえ高地トレーニングと同じく呼吸が苦しくなる訓練で、会話しながらこなすのは想像以上にしんどい。
「でも、幼馴染みってお互い好きになるものじゃないの」
「そんなの、ラノベの世界の話です」
「そ、そうなんだ。すっかり、その、身体の関係なのかと思ってた」
「……」
そこは否定できず、僕は黙り込む。
「ヒロは、陽菜ちゃんのこと好きなの?」
「……はい」
「そっか、そうだよね。じゃあ、私がとある筋から入手した映画のチケットあげるよ。二人で行ってきたら?」
「そんなの、悪いですよ」
「こら、ぼっち女子からあげるペアチケットを断るなんて、人道的にどうなの!? まさか、一人で見に行けと!?」
「そ、そういうつもりでは……」
「じゃあ、陽菜ちゃん誘って行きなよ」
どのポケットに入っていたのか、若干汗で湿ったチケット二枚を渡される。
「私の呪いかかってるから、二人は別れるかもね」
「え!?」
「じ、冗談に決まってるでしょ。人のこと、なんだと思ってるの」
「あ、ですよね……」
「ですよね、じゃないよ。じゃあ、あと十キロメートル追加!」
「まじすか……」
やたら元気のいい竜川中尉に付き合わされて、僕はトレーニングが終わる頃にはヘロヘロになっていた。
◆
ぎこちない関係のまま、とにかく映画に行く約束だけ取り付けて、僕と陽菜は街に出てきた。外はもう完全に夏の陽気で、何もしていなくても汗がふきだしてくる。
場所は、もちろん横川市ではなく都心の映画館を選んでいる。知人に会ったり、未来人に見つかったりしないようにだ。
過去人からは、未来で働くか死んでいるかのどちらかとされ、未来人からは危険分子として命を狙われている。それが今の陽菜の立場だ。
本来こうして少し外出するだけでもリスクを伴うが、気晴らしは必要ということで何人かのエージェントに護衛を頼んだ上でここに来ている。
「こんなに強い日差し、久々だよ」
陽菜が眩しそうに目を細める。
「日焼け止め塗ってきた?」
「うん。ヒロは?」
「俺は塗ってない」
「ヒリヒリしちゃうよ」
「大丈夫!」
何気ない会話ができたのは、本当に久しぶりのような気がした。
デパートの上階にある映画館に入り、テレビで話題だという恋愛ものの映画を観る。
切ないシーンなどでは、つい陽菜の方が気になってしまい、手を繋ぐタイミングでもないかとソワソワしてしまう。陽菜は知ってか知らずか、両手を組んで太股の上においている。
そろそろ思い切って手を繋ごうと思ったときには、映画は終わり、エンドロールが始まってしまっていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない……」
そう言って席をたち、階段を上ろうとしたときに、陽菜の手が僕の手を掴んだ。少し温かい。照明が灯っているなか、僕の顔は多分真っ赤だっただろう。
そのあとは、同じデパートのレストラン階で食事をして、また手を繋いで潜空艦とのランデブー地点に戻る。宵闇の公園で、人気の少ないタイミングをみて浮上して貰う計画だ。
「ヒロ、今日はありがと。あと、ごめんね。ヒロのことが心配で、つい、言い過ぎちゃったと思う。クストスの人達、みんな優しくて、いい人達なんだね」
「ああ。陽菜がそう思ってくれて、安心した。こちらこそ、ありがとう」
「夏休みに入ったら僕も潜空艦で宿直とかするから、またゆっくり話せると思う」
「うん」
僕は、一瞬だけ陽菜の唇を見る。しかし、次の瞬間には潜空艦が浮上してきたので、僕の企みは早々に
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