第4話 誘拐
南関東ドーム破壊から一週間がたった。内偵員の評価では、当面は使用できないだろうとの見通しらしい。
破壊当日から、インターネットに処分済の人間の遺体の画像をアップデートし、ドームの中で何が行われているかが広められた。
しかし、次の日にはそれらの画像は駆逐され、或いは視聴不可能な状況になった。そして、再びアップデートしては規制されるいたちごっこになる。
一週間サボった学校の方は、僕が以前から海外の家族の用事で数日程度休むことがあったため、特に何かを言う必要はなかった。成績が下がらない限りは問題なさそうだ。
◆
数日の後に、僕は学校の休み時間に、佐原慶次郎という生徒を探しに、自分と同じ二年生のフロアを歩き回っていた。
今度の任務は、佐原慶次郎を護衛することだったからだ。
佐原は河邉さん達の組織クストス設立に関わる人物らしく、未来の日本政府やアメリカ合衆国政府に狙われる可能性があるらしい。
佐原のクラスの生徒に聞いたところ、学校図書館に居るだろうと言われ、渡り廊下の先にある図書館に入る。一番奥にある閲覧者用の椅子で、佐原は本を読んでいた。
僕は近くの書棚を眺めつつ、佐原の様子を観察する。赤味の強い髪と、丸眼鏡、その奥の鋭い視線が特徴的だ。
あまり付き合いが良さそうには見えないだけに、どう声をかけたものか悩んでしまう。いきなり、お前が狙われてるから守ってやる、では正気を疑われてしまう。ここはひとまず、尾行でもするしかないだろうか。
◆
河邉さんの指示では、もし異変があれば通信で知らせるだけで良いらしい。それはもちろん、経験も訓練も足りない僕が無理をしなくていいという意味合いであり、状況によっては一緒に逃げてもいいそうだ。
ただし、何より自分の安全を第一にしてくれと念を押された。
実は、クストスは未来でも国連軍と小規模な戦いを行っているらしく、過去に来られる工作員は普段の半数ほどらしい。そのため、現代人で本来部外者である僕を組織に入れることが出来たという。
放課後、帰宅部と聞いている佐原の後を追いながら、僕は学校を出る。佐原は学校の最寄り駅から電車に乗り、横川駅で降りる。乗り換えて自宅に向かうのかと思いきや、そうではなく、駅前の大型書店に入っていく。
深追いして尾行に気づかれるのが嫌で、僕はいったん一階の雑誌売り場から階段とエレベーターの出入りをチェックすることにした。
長時間の立ち読みがあるかも知れないので、河邉さんに一度連絡をとる。スマートフォンに専用アプリをインストールしてあり、文字入力をして送信する。
しばらくして返信がくる。内偵員のタヌキが佐原の位置を確認できたので、帰投するようにという指示だ。タヌキといっても、ドーム破壊任務の内偵員であったスミレかタンポポのどちらからしい。任務毎にコードネームを変えるし、味方に対しても変装なしで会うことはないそうだ。
◆
帰投命令を受けた僕は、現在僕の自宅近くの裏山に停泊している潜空艦「エンドレス」に向かう。
潜空艦というのは現在とは違う次元に潜航して時空を航行する船らしい。タイムマシンでは時間軸しか
実際には時空のうねりという不確定要素があるため、指定した日時と場所に誤差無く正確に着くというのは難しいらしい。
しかし、過去と未来を行き来して、空間のみの移動もでき、かつ
僕は一度家に帰り、運動しやすい服装に着がえる。そして裏山まで移動して、潜空艦に乗せてもらう。
一昨日出血多量状態から復帰した竜川琴音が、早速体術訓練の相手になってくれる。
体術の次は、アサルトライフルや拳銃などの火器の練習、その次はシミュレータを使用した生体バトルスーツ戦の練習になる。
夕食は艦内で支給してもらい、そのあとはまた火器の練習をし、最後は尾行や潜伏など、諜報員としての実技や知識を学ぶ。
シャワーを借りて、艦内のベッドで寝て、起きたら朝食と昼食用弁当の支給を受けて、一度家に行き制服に着替えてから登校する。
軍人らしい規則正しい生活、栄養バランスの取れた食事、身の安全の確保など、色々な理由からこの生活をすることになったのだ。
艦内生活で困ったことは潜空艦「エンドレス」副長の笠松
笠松さんがいないときには、艦長の田中雄太さんが世話を焼いてくれる。なんでも、河邉チョークは精鋭特殊部隊らしく、艦長と副長はそれをサポートするのも仕事なのだという。
◆
潜空艦エンドレスを中心とした生活に慣れてきた頃、僕はようやく佐原に話しかける機会を得た。彼は昼休み、学校図書館で未来人の技術に関する新書を棚に戻した。それはちょうど、僕が自分の勉強になりそうで読んでいた本の前編だったのだ。
「後編、読みますか」
「ああ……」
「未来人のこと、気になる?」
「まぁ。それ、読み終わったのか」
「ああ。ちょうど」
「じゃ、ありがたく」
そこで僕は、未来人に関する別の書籍を手に持つ。そして、なんとなく佐原に着いていって隣の席に座ることに成功した。
そして、とりあえず互いの本を読む。佐原の読書スピードは速かったが、僕は斜め読みしてごまかし、同じタイミングで席を離れるように調整する。
時間的に、今の本を読み終わったら、佐原は教室に戻る。そのタイミングに二年のフロアまで雑談が出来るかもしれない。
しばらくすると、予想通りに佐原が席を立つ。僕も少しだけタイミングを測って席を離れる。
読みかけの本を返し、佐原の背中を追う。
「なぁ、未来人と話したことある?」
僕の声に
「ない。話したことあるのか」
「少し。俺達と違いがわからないよ」
「見た目はな。だけど、頭の中身は俺達より退化してる。俺達の時代は建前だけでも平和をめざすし、国が別の国を支配してはいけないことになってる。あいつらは俺達より前の乱暴な人間に先祖返りしていやがる」
「先祖返りか……。確かにな」
意外に冗舌な佐原の主張を聞きながら、一方で地球規模のたくさんの問題を先送りし続けている以上、未来人に恨まれるのは仕方がない面もあると内心で思う。
「新しい時代だから優れてるとか、それこそ時代遅れの発想だと俺は思う。だから、未来人に負けたままじゃいけないと俺は思うんだ」
「なんか、かっこいいな」
「いや。急にそんな話して悪かった」
「嫌いじゃないよ。よかったらまた聞かせてくれよ」
なるほど、確かに、こいつが人権派になるのはわかる気がする。むしろ、クストスに勧誘した方が安全なんじゃないかとさえ思う。
佐原のクラスの前で別れ、自分のクラスに向かう。やっと、会話の糸口が出来たことに満足した僕は、帰りもどこかで声をかけられないかと考え始めていた。
◆
放課後、いつものように横川に向かう佐原を尾行する。学校の最寄り駅から十分ほどで横川駅に着き、いつもの書店に立ち寄るのだろう。
しかし、電車の中で僕は異常に気づく。まだ帰宅ラッシュにはほど遠い空席の多い車両の中、佐原の周囲に立ったままの人物が妙に多いのだ。
僕は念のため、そのことを河邉さんにスマホの専用アプリで報告する。拉致実行の可能性が高い旨のアイコンを押し、さらに周囲に人物多数の選択肢を押す。
そのとき、僕の背中に固い物が押し付けられる。
「声を出すな。死にたくなければ、大人しく次の駅で降りろ」
僕は周囲の状況を確認する。気づけば、自分もまた佐原のように囲まれているではないか。
僕は言われた通り、次の駅で降りる。佐原はそのまま横川駅まで行く様子だ。
僕の周囲には、やはり不自然な数の人間が集まっている。改札に向かって歩きながら、集まっている奴らの顔や体格を確認する。
いかにもサラリーマンといった雰囲気の男が僕に固い物を押し付けている。大学生風の男も、OL風や主婦風の女もいる。こいつらが、未来政府の諜報員なのだろうか。
もし自分が拉致されそうになったらどうすべきかは、河邉さんに教えてもらっている。少しでも人が多いところでダッシュで逃げろというものだ。
諜報活動は、なるべく人目につかないようにしたい。だから、他人の目が多いところで発砲したり取り押さえたりするなど、目立つことはしたくない。
それだけに、人目の少ないところまで連れていってから、殺すなり縛るなりしたがる。そこまで連れていかれたら、逃亡は本当に困難だ。
だから、人目の多いところで逃げろというのだ。
僕は降ろされた桜川町駅の改札フロアについてから、敵の意表を突いて猛ダッシュする。スマホを取り出し改札を通過すると、逃げやすそうな港湾未来地区へ走り出す。
人目も多く、途中からはショッピングモールでたくさんのフロアがあり、逃げたり隠れたりする選択肢が多く、地下鉄の駅もある。
僕がスマホの専用アプリで自分の危険を知らせるアイコンを押すと、河邉さんに直通で繋がる。
「捕まりかけて、逃げてます。港湾未来地区に、行きます」
僕が荒い息でそう言うと、河邉さんはすぐに反応してくれる。
「大丈夫? 逃げ場の選択はそれでいいよ。潜空艦で拾う方法を考えるから、それまで耐えて。佐原君については、タヌキとシバイヌがしっかりフォローしてるから、安心して」
僕は港湾未来地区への早道となる高架歩道のエスカレーターを駆け上がる。ちらりと後ろを見ると、僕を取り囲んでいた人間達が手分けをして追いかけて来るのが見える。
動く歩道を走るのはさすがに迷惑で危険そうなので、その脇を駆け抜け、横川高層タワーに入る。潜空艦で回収される地点を予想して、階を変えずにとにかく走る。息を切らしながら駆け抜けると、河邉さんからの指示が届く。
「港湾国際展示場近くの高架歩道から跳びのれるようにガレージの出入り口だけ浮上することにしたよ。見逃さないで、思い切り跳んで」
「了解」
広大なショッピングモールを抜けて、展示場に繋がる高架歩道に出る。その高架歩道近くの空中に、開いた扉が現れる。
疲れてガタガタの足で届くか不安だったものの、勢いで柵に片足を乗せて、思い切り跳ぶ。一瞬の浮遊感の後に着地するも、足の踏ん張りが利かず、転がるように艦に入る。すぐにガレージの扉が閉まり、艦は潜航を開始する。
「大丈夫?」
仰向けで苦しく、荒い呼吸をしていると、竜川が心配そうに僕をのぞき込む。
「基礎体力の訓練、ほとんどしてないもんね。頑張ったね」
僕は、とにかく苦しくて返事も出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます