第3話 初陣

 そこからの数日間、僕はアジトでの生活ルール、制服の着方、歩き方から、銃火器の使用方法、フルグルの実戦的な動き方まで、軍事組織の一員として最低限必要な知識や技術を詰め込まれた。


 組織の名前はクストス。国家の陰謀から市民を守るための組織らしい。


 河邉かわなべさんはいつも、センスがいいと褒めてくれる。同い年の先輩である竜川も、色々教えてくれるし、難しいことはまず自分がやってみせてから丁寧に指導してくれる。


 僕に失敗があっても、始めから全部うまくやれる訳はないから、落ち込むことは何もないとフォローもしてくれる。


 そして、とうとう吾妻あづまの処分予定日前日、僕達はブリーフィングルームに集まった。

 河邉さんは僕達のチョークに所属するあと二名が、ドームの中で内偵していると教えてくれた。コードネームはスミレとタンポポで、職員として紛れ込んでいるらしい。


 内偵者の活躍により、処分場まで生体バトルスーツでたどり着けるルートや、吾妻のいる生活区の構造と部屋番号まで確認が取れている。


 ドームの出入り口付近は職務区になっており、事務所や会議室があり、職員は主にそこにいる。出入り口入って左手には収容者の生活区があり、警衛が扉の開け閉めを行っている。


 出入り口奥には処分場、さらに奥に物資倉庫、搬入口と続く。この三区画は天井が高く、生体バトルスーツでの行動が可能だ。


 吾妻救出は主に内偵者二名で行い、生体バトルスーツ二体は処分場を陽動がてら破壊したのち、内偵者と吾妻に合流して作戦指揮車まで移動、全員で逃走という作戦だ。


 皆の理解度を表情で測った河邉さんは、竜川と僕の方を見る。

「今のところ、ドーム内部に生体バトルスーツはないとの報告を受けてる。とはいえ、万が一のときは竜川が対応してね」

「はい」


「ヒロ君は、生体バトルスーツ同士の戦闘は絶対禁止だからね。これは命令だからね」

「……はい」

「絶対禁止は、絶対、駄目なんだからね」

「はい!」


「作戦開始時刻は0130まるひとさんまる。解散。ヒロ君、トイレや給水、済ませておきな」

 僕は返事をして、言われた通りに行動する。緊張感もあるが、それより、吾妻を助けられることに喜びを感じていた。トイレも給水も済ませたところで、ガレージに行き、フルグルの状態を再チェックする。


 右腕外側には大口径の12.7㎜ライフルが取り付けられ、左腕外側にはシールドが付いている。シールドは対戦車徹甲弾でも防げるという。


 左肩には対人用のアサルトライフルが付けられている。

「ヒロ、私もいるから大丈夫。緊張するなっていっても無理かもだけど、ちゃんと頼ってね」

竜川が優しく諭すように言う。


「ありがとう。よろしくお願いします!」

「じゃあ、0125になったから、搭乗しておこう」

「はい」

僕はフルグルの中に入り込む。両足が沈み、肋骨が閉まる。フルグルの神経と僕の神経が接続される。


「最終動作チェック始め」

 竜川の号令で、最終チェックを始める。基本的に、チェック項目を意識するだけで、あとはフルグルが自分で動いてくれる。いくつかの項目の検査が終わる。

「火器の安全装置解除」

「解除よし」

「別命あるまで待機」

「了解」


 視界の片隅にある時刻表示が0130になる。河邉さんの「状況開始」の通信が届く。

作戦の第一段階は、スミレが数カ所にボヤを起こし、敵を撹乱かくらんすることから始まる。


 その間に、タンポポが生活区に侵入して、吾妻を捜索する。スミレは消火活動に参加しつつ、何名のスタッフが持ち場を離れたか様子を窺う。そして、通信が届く。


「スミレから各位。悪魔きたる」

「悪魔了解」

竜川の返答だ。


「生体バトルスーツ、発進。竜川、出ます」

「山岸、出ます」

 ガレージが開く。


 アジトのある場所から南関東ドームまでは、森林公園を通っていく。この時間は当然、人通りは少ない。更にBSLBは静音性が高い兵器のため、まず他人に気づかれることは無いだろう。


 姿勢を低くし、四足歩行で移動する。二足歩行より更に静音性が高く、速度も出るからだ。

 南関東ドームまで二分で到着する。柵を飛び越え、資材搬入口を見つけて突入する。


 抵抗する人間が二人居たが、ネブラがアサルトライフルで攻撃する。胴体に穴が開いて、抵抗者は倒れる。僕はその様子を見て血の気が引いてしまう。

「戦争だからね。行こう」

「……はい」


 搬入口奥の扉を開くと、物資倉庫がある。うずたかく積まれたケースの中身を確認すると、肉の塊が詰まっている。更に奥に進み、別のケースを覗くと、先ほどより粗い肉塊の中に、人間の手や足らしきものが混ざっている。


 僕は吐き気を催す。

「ヒロ、きついと思うけど、これが現実なんだ。要らない人間に指定されたら、こうなる」

 僕はろくに返事もできないまま、とにかくネブラに着いていく。奥の扉は鍵がかかっており、ネブラが12.7㎜ライフルで撃って鍵を破壊する。


 ネブラが扉を蹴飛ばすと、工場のような施設が現れる。ここがいわゆる処分場だ。突入したネブラに着いていき、施設の破壊を開始する。


 大口径12.7㎜ライフルをフルオートモードにする。放たれた弾丸が、次々に機械に命中し、破壊していく。人間の尊厳を奪う機械を壊しているのだと思うと、その轟音と破壊力への興奮が抑えがたくなり、もっともっとと弾を撃ちこみ続ける。


「ヒロ、もういいよ。弾をとっておいて。ヒロ?」

「あ……、すいません、つい」


 気づけば、ドアの付近に数名の遺体がある。僕はこいつらのことも気づかずに夢中になっていたのか。

「雰囲気に飲まれちゃうときがあるよね。私も経験あるよ。じゃあ、奥の扉を破壊して、スミレとタンポポを待つよ」

「はい」


 コードネーム・タンポポは状況開始と同時に生活区に侵入すべく、生活区と職務区をつなぐゲートの衛兵の様子を窺っていた。


 スミレが火災を発生させただけで、衛兵はそちらに気をとられて持ち場を離れる可能性がある。もし持ち場を離れないのなら、眠らせるための準備は整っている。


 予定通り、職員に非常呼集がかかり、衛兵がゲートのロックを確認して、持ち場を離れる。タンポポは周囲を確認して、警衛所に移動、偽造したカードで警衛所経由で生活区に侵入する。


 事前に得ておいた情報で、被救出者は一週間前に入居し、まだ処分されていないことは確認されている。とはいえ、生活区内は自由に行動可能なため、指定の部屋にいるとは限らない。


 生活区の住人達は職務区が騒然としていることに気づき、廊下に出てきた者も多い。生活区と職務区の移動が出来るのはここだけのため、生活区の人間の視線がこのゲートに集まっている。


 タンポポは生活区で貸し出されている部屋着を纏い、生活区内の様子を確認しながら警衛所の生活区側ドアから出る。うまく、誰にも見られないで出られたようだ。


 まずは、廊下にいる人々の顔をチェックしながら、被救出者が生活する部屋に向かう。

 スミレが起こしている火災はボヤばかりのはずだが、万が一火が大きく広がると、生活区にも避難指示が出されるかもしれない。そうなっては、被救出者を捜すどころではなくなってしまう。なるべく早めに見つけなければならない。


 被救出者の部屋に辿り着き、周囲や室内を確認するが、いない。念のために覚えておいた同部屋の人間を探して聞いてみるに、朝から姿が見えないという。

 タンポポは舌打ちして、生活区の奥へと進んでいく。洗濯室、浴場、喫煙室、別の階などどこを探しても見つからない。


「くそっ、時間切れか」

戻りながら、もう一度被救出者がいないか確認する。そして、戻ってきていた警衛を眠らせて、警衛室にあるコンピュータにアクセスし、処理終了名簿を抜き取る。改めて、慎重に処分場へ向かう。


スミレに続いて、しばらく開けてからタンポポが処分場に入ってくる。

「済まない、被救出者が見つからなかった」

タンポポが走りながらそう言う。


「そんな、吾妻が……」

僕は自分が青ざめていくのを感じる。もしかして、すでに処分されてしまったのか。

「そんなこと、あってたまるか」

 職務区へ無意識に走り出そうとした僕を、ネブラが止める。


「気持ちはわかるけど駄目。もうすぐこっちにも人がくるよ。スミレとタンポポは生身なんだから、私達が守らないと」

「だけど、吾妻が……」

 僕はネブラの静止を振り切って職務区に侵入する。天井が低く、跪いても頭部が天井に当たってしまう。


「なんだあれは? あんなものに侵入を許していたのか」

 騒然とする中、僕はフルオートモードのままの12.7㎜ライフルを発砲する。

 無数の悲鳴、うめき声。人間が叩きつけられたトマトのように崩れていく。


「もうっ。私は二人を逃がしてから、戻ってくる。それまでは一人で耐えて」

ネブラが、スミレとタンポポを連れて退却する。


 僕は銃を持って抵抗を始めた警衛達に12.7㎜ライフルを発砲しながら、生活区の入口を目で探す。それらしいものは見つかったが、天井が低いためそちらへの移動は難しそうだと実感する。


「くそっ、吾妻が……」

 フルグルから降りて突入しようかとも考える。命がけになるが、やる価値はあるかもしれないと逡巡しゅんじゅんする。


 そのとき、背後に何かを打ち込まれた感覚があり、振り向く。

「BSLB?」

 見たことのない種類のBSLBがフルグルに対して発砲している。頭部の一本角が特徴的だ。僕は慌てて処分場に戻り、シールドを構える。バチンバチンと大きな音を立てて、敵の銃弾がシールドにぶつかっている。 


12.7㎜ライフルを構えるが、素早く動かれてしまい、照準が定まらない。敵は壊れた機械の陰に隠れた。

 僕は警戒しながら、出口に向かう。しかし、それを阻止するように敵が飛びかかってくる。


 急接近する相手にライフルを撃つ間も与えられず、馬乗りになることを許してしまう。

 敵に打ち据えられると、幻痛が僕を襲う。BSLBのダメージは、パイロットに痛みの感覚として伝わってくる。敵が頭部だけ狙ってくるため、自分が殴られているような痛みに気を失いそうになる。


「ヒロ、伏せて」

 その声と同時に、敵に向けて弾丸が飛んできたようだ。ネブラが戻ってきたのだろう。


 敵はフルグルから手を離し、ネブラからの銃弾を避ける。

「すばしこいやつ! 逃げるな」

ネブラが発砲して敵を威嚇しながら、僕の近くにくる。


 僕は邪魔にならないよう立ち上がり、搬入口まで後退する。それを見て、ネブラも威嚇射撃をしつつ搬入口に後退する。

「あいつ、なかなかやるよ。ヒロは撤退して」


「でも、竜川ひとりじゃ」

「自分で気づいてないみたいだけど、背中の傷は深いよ。フルグルの出血は、全部ヒロの身体からとられたもの。すぐに帰らないと、死ぬよ」


「だけど!」

「要するに足手まといなの。わかって!」

  僕は竜川の言葉に棘を感じつつ、外に向けて走り始めた。塀を飛び越え、アジトに向かう。


 一度振り返ってみると、竜川と敵とで格闘戦になっている。また迷いが生じるが、足手まといという言葉を思い出して、足を進める。

 後ろ暗さを感じつつ、足手まといでは仕方がないと言い訳にして、アジトまで走る。


 アジトの手前、森林公園の中に、大きな船のようなものがある。

「ヒロ君、ご苦労さま。今、BSLB用のハッチを開けるから待ってて」

船のようなものの、後方の大きな扉が開く。僕は言われるがままに、その扉から船のようなものに入る。


そこでは、河邉さんが待っていた。

「被弾してるね。大丈夫?」

「だいじょ……」

 急に話すことも出来ないくらいに身体がだるくなり、そのまま僕は眠ってしまった。


 目が覚めたとき、テレビドラマなどでよく聞いた生命維持装置の音が聞こえた。始めは自分がそれをつけられているのかと思ったが、自分の身体を見ると、点滴ひとつしかついていない。


 横を見ると、カーテンの向こうで生命維持装置の音がしている。

 僕は身体を起こす。

「ヒロ君、起きたんだね」

河邉さんの声がして、カーテンが開く。


「どう、少しは疲れ取れた?」

河邉さんは僕にもう一度横になるよう促しながら、体温計測したり、コップに水を入れたりしてくれた。


「あの、隣って、竜川ですか」

「ええ、そうよ。かなり手強い相手だったみたいね」

「容態は?」


「どうにか逃げ帰ったときには、ネブラが血塗れになるまでやられてたから、今は輸血が必要かな。特に外傷もないし、様子見ってところ」

「僕のせいだ」


「怪我自体は誰のせいでもないよ。相手が悪かっただけ。ヒロ君の退却が遅かったのだって、琴音の判断ミスや私の計算ミスの問題だよ。ヒロ君が気にすることじゃない」

「僕が、勝手なことしたから。竜川だけ残したから」


「先に言っておくけど、あなたの退却は、私の命令、琴音の命令に準じている。絶対にあなたに責任はない。実際、あなたは潜空艦にたどり着くなり気を失った。戦える状態ではなかったんだから」

「だけど!」


「私は、被救出者が見つからないケースを想定してなかった。想定していれば、あなたが単独行動を起こしてしまう状況は充分に想像できた。対策をおこたったのは私」


「そんな……僕は……」

「とにかく、自分を責めないで。吾妻さんは処分済リストに入っていなかった。だから、きっとどこかで生きている。あなたはまだ、彼女を捜すんでしょ。だから、まずは、しっかり休む。回復したら琴音の穴を埋めるくらいしっかり働かせるから、今は休みなさい。これは、命令!」


 そう言いながら、河邉さんは俺を寝かせて毛布をかけてくれる。

 また急に強い眠気に襲われて、僕は眠りに入ってしまった。

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