25:誕生日

 ペトロフの襲撃から数日が過ぎた。


 あの後は、魔王軍がブラドに加え

 ペトロフの捜索を行っている。


 ブラドの捜索が困難なことから人員は

 ペトロフ捜索に割かれているそうだ。


 おそらくそれほどの時間は掛からないだろう。


 一方の俺たちはまた村に襲撃がないかを

 警戒しながら暮らしている。


 主にキュウビの部下たちと俺が前に下した

 ヘルハウンドと野犬たちに村の周囲を

 警戒してもらっている。


 当人である俺たちは

 村でのんびりと生活しているのはなんだか

 申し訳がないように感じたが、

 ヘルハウンド達はやっと少しばかりの恩を返せると

 張り切っていた。


 キュウビの部下、妖狐たちも

 ヤル気に満ち溢れているようだ。


 キュウビはあれでも妖狐の中では

 カリスマ的な存在らしい。


 そうした周囲の協力もあり、

 俺たちは今までの日常を取り戻していた。




 そして……。


 とうとうこの日がやって来た。


 今日はクレアの誕生日だ!


 天からクレアという天使が舞い降りた日!


 祝わない訳がない!!


 これまでは俺は普通の犬だと思われていたから

 大したことは出来なかったが

 とうとう魔族とバレたのだ。


 だからちゃんとお祝いをしないと。


 さてどのように祝ってあげようか!?


「で、お前はどう思う?」


「何が『で』なのよ。

 当たり前の様になんで私に聞くの?」


 部屋でキュウビに相談していた。

 クレアは店の手伝いに行っているところだった。

 タイミング的にはラストチャンスだろう。


「同じペットの好みだろ?

 それに女性視点の意見が聞きたいんだ」


「あなたが祝うんなら

 あの子は何でも喜びそうだけど?」


「それはそうなんだがぁ……」


「それに何で当日なのよ。時間は合ったでしょ?」


「ずっとどうするか迷っていたんだ。

 毎年、犬として祝って来たからな。

 でも何かしてあげたいと思ったり」


 そして迷っているうちに今日になってしまった。

 自分の優柔不断ぷりが恨めしい。


「今まではどうしていたの?」


「今まではーー」


一年前。


『クレア。誕生日おめでとう』


『ありがとう、お母さん!』


 さて、俺も祝うとするか。


『ん? どうしたの、ウル?

 ちょっ、どうしたの!?

 お母さん!ウルがスンゴイ舐めてくる!

 舐めて来るよぉ!』


『あらあら、きっとウルフもお祝いしているのよ』


『うん! ありがとうね、ウル!』



「まぁ、毎年似たようなもんだったな」


「犬にできることなんて、

 たかが知れているでしょうしね」


「そうなんだよなぁ。だが、今年はそうはいかない!

 もう魔族だとバレたんだからな。

 それなりに考えないと」


「そんなものかしらねぇ」


 キュウビは興味無さげに目を閉じて、

 ベッドの上に丸まったままだ。


「ずいぶんと乗り気じゃないな。どうかしたのか?」


「別にぃ」


 なんだろう。妙に不機嫌そうだ。

 キュウビはたまにこうなる時がある。

 大抵はクレアについて話している時のような……。


「……ところで私の誕生日がいつか知ってるの?」


 キュウビが片目を開いてチラリとこちらを見る。


「ん? 知るはずないだろ。それがどうした」


「そうよねぇ……。あなたはそういう人よねぇ……」


 なんだかより不機嫌になったような?

 何故だ。

 しかしこれでは協力してもらうのは難しそうだ。


 仕方がない。

 俺一人で何とか考えよう。


 俺はため息をついて一人考えることにした。


「……まぁ、いいわ。少しだけなら協力してあげる」


 急に心変わりしたのか、

 キュウビが協力してくれると言う。


 一人で考えるのも限界だったので心から喜んだ。


「本当か! 助かる!」


「べ、別に勘違いしないでよね!

 暇だから仕方なく

 手伝ってあげるだけなんだからね!」


 何だかツンデレッぽい言葉が聞こえたが、

 キュウビのことだ。

 特に意図があった訳ではないだろう。


「けど、どうするつもり? なにか考えがあるの?」


 そこが問題だ。


「ふむ、そこなんだよなぁ。

 俺は『犬』だから金持ってないしなぁ。

 プレゼントを買ったりは出来ないなぁ」


「そうねぇ。なら花なんてどうかしら。

 買わずに摘むだけでプレゼント出来るわよ」


 花?花だと?花だなんてーー


「キュウビ……お前……」


「な、何よ」


「天才か!?」


「ねぇ、なんか馬鹿にしてない?

 あなた、他に何をしようとしていたの?」


☆ウルフのプレゼント案リスト☆

・山で猪を取ってくる。

・山で鹿を取ってくる。

・山で兎を取ってくる。

・プレゼントは俺!(元・最有力候補)

※個人情報のため、キュウビには伝えませんでした。


 花だなんて思いも付かなかった。

 確かにそれならクレアも

 喜んでくれるかも知れない!


「ふむ、花か。悪くない。

 ならクレアにぴったりの花を探さないと」


「花といえばこの辺の山に

 珍しい綺麗な花が咲いていたって

 うちの子達が言っていたような。

 詳しい場所なんかはわからないけど」


 『うちの子』というのは近くに潜んでいる

 妖狐達のことだろう。

 妖狐の感性は人間に近いはずだ。

 その情報なら信用できる。


「では、行って来る」


「ちょっ……」


「クレアには適当に誤魔化しておいてくれ」


 俺は急いで窓から家を出た。

 決まったら即行動。

 時間の猶予は余りない。

 急がなくては!


「……まったく。人の気も知らないで」


「あれぇ?ねえ、モコちゃん。

 ウルが何処に行ったか知らない?」


「彼なら少し出るって出ていったわよ」


「えぇっ!?」


「大丈夫よ。

 別にまた敵が来たりしたわけではないから。

 夕飯前には戻ってくるわよ」


「そっか、それなら良かったけど……」



村付近の山ーー


 俺は一先ずは山に入り、

 あのヘルハウンド達の元へ行った。


 この辺の山はあいつらの縄張りだ。

 何か知っているかもしれん。


「これはウルフ様!」


「あぁ、先日ぶり」


※今回は最初から翻訳してお送り致します。


「申し訳ございません。頼まれていた件はまだ……」


 しっぽを垂らして、シュンとする。


 頼まれていた件と言うのは、

 ペテロフ達の情報の件だろう。


 魔王軍が捜索していると言っても、

 こちらも何もしないわけにはいかない。


 各地に散った犬達にももし情報があれば

 教えてくれと伝えていた。


 それほど期待しているわけではなかったので

 別に良いのだが。


「いや、今日は別件でここに来た」


「左様ですか。して、別件とは!?」


 一度垂れ下がったがシュッと上に上がる。

 気持ちを切り替えて

 話を聞いてくれているのだろう。


「この辺の山に珍しい花が咲いていると聞いてな。

 知らないか?綺麗な花らしいのだが」


「花……ですか。

 申し訳ございません。私には心当たりは……」


「そうか……」


 ふむ、当てが外れたか。

 さて、どうしたものか……。


「し、暫しお待ちを! 誰か!

 この近くに咲くという

 珍しい花のことを知っているものはいるか!」


 ヘルハウンドが仲間の犬に呼び掛ける。

 すると一頭の犬が進み出た。


「長よ。某に心当たりがございます」


 中々に年期の入った面構えの犬だ。

 これは期待できるかもしれん。


「申してみよ」


 ヘルハウンドも随分と『長』らしくなっていた。

 これならこの群れも今後、心配ないだろう。


「ハッ! 某の一族は代々

 この山を棲みかにしております。

 これは祖父から聞いた話なのですが、

 何でも一つ隣の山に岩の切り立った場所があり、

 そこには世にも珍しい花が咲いているとか。

 七色に光を放ち、香りは天上の如く芳しく、

 見るものも嗅いだものもたちまちに魅了する。

 ですが、それを目にはしてはならぬと。

 見たものは命を落とすと言われております。

 ですのであまり良い話では……ん? ウルフ様?」


「もう、行かれてしまわれた。

 『世にも珍しい花』の辺りで。」


「だ……大丈夫でしょうか?」


「あの方のお力は我々も良く知るところだろう。

 万が一にもあの方に何かあるとは思えんが。

 それに我々が一緒に行ったところで、

 話が本当だとするなら、

 我々があの方の邪魔になりかねない。

 我々はここであの方の無事を祈ろう。」



険しい山岳地帯ーー


 気が早ってしまった。

 最後まで話を聞くべきだったか?

 しかし一刻も早くその花を手に入れたかった。


「うむ、話で聞いたのはこの辺のはずだが……。」


 岩の切り立った場所。

 この山にはここ以外に

 そのような場所はなかったはずだ。


 ふと何か甘い香りがする。


「ん?この香りは……」


 その香りを追った場所にそれはあった。


「あれか!?」


 自分のいる岩場から見える、

 少し下がった場所にそれはあった。


 そこには花びらも茎も葉も

 一様に輝く花が一輪咲いていた。

 きっとあれに違いない!


 だがそれが咲いていたのは……。

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