06:金毛白面

『へぇ……あなたが噂の人狼ね』


『……貴様は?』


『私はーー』



 ん? なんかまた懐かしい夢を見た気がする。


 そういえばこの10年間、

 人の姿になっていないなぁ……。


 だが完全に『犬』としての生活も板についていた。


 今さら魔族としての成功に

 未練はなかったのでいいのだが。


 そういえば今日は……。


「ウル!今日はキャンプだよー!」


 そうだ。

 俺達は学校行事の一つで山へキャンプに来た。


「やっぱりここにも連れてくるんだ……」


 もちろんマリアもいる。


「え? 当然だよ。いままでのキャンプでも

 一緒だったでしょ?」


「それはそうなんだけど……」


 最近のマリアはなぜか俺に

 警戒心を抱いているようだ。


 知らぬ間に何かしただろうか?


 このキャンプは年に一、二度行われている。


 有事の際の出来る限りの生きる知恵を。


 というのがこの行事の趣旨らしい。


 この山は『あの山』とは違って狂暴な獣はいない。


 今、クレアとマリアは昼飯の準備をしている。


 ふたりとも楽しそうだ。


 あの笑顔を見られただけでも

 来た価値はあったな。


『……見ツケタ……』


 一瞬、森の奥から気配を感じた。


 今のは……。


「ウルー!ご飯出来たよー!」


「ワフッ」

(今、行く!)


「今日のお昼はカレーだよー!」


「犬ってカレー食べさせてよかったっけ?」


「うーん、大丈夫じゃないかな?

 ウルはなんでも食べるし」


 もちろん犬が食べたら問題だ。

 しかし俺は人狼なので平気なのだ。


 この世界ではあまり動物の研究は進んでいない。

 向こうで常識なことでもこちらでは

 一般常識でないことも多い。


「ウル、美味しい?」


「オウッ!」

(絶品やでっ!)


「おお、流石の食べっぷりねぇ。

 慌てて食べて喉つまらせないようにね。ウルフ」


「フオォンッ!」

(水か、すんまへん、マリアはん)


 しかしキャンプのカレーって

 なんでかいつも美味しく感じる!


 それにクレアの作ったカレーは一味違うぜ!


 クレアとマリアという美少女達に挟まれて

 カレーを頬張る犬に男共の

 羨望の眼差しが降り注がれていた。


 キャンプは何度も経験しているので

 ふたりとも慣れたものだ。


 昼からは山の山菜を取り、

 夕飯はそれを調理して食べる。

 そしてテントを張って就寝。


 いつものキャンプの流れだった。




「さて、私たちもそろそろ寝ましょ?」


「そうだねぇ。ウル、寝るよー」


「ワフィ」

(ほいよー)


「あ、そういえば」


「クレア、どうしたの?」


「前に話してたこと思い出して」


「前?」


「マリア。今日、ウルフと寝てみる?」


 ん?マリアと?


「はあっ! な、なんでっ!」


「マリア、声が大きいよ……夜なんだかぁ」


「ご、ごめん……。でも、なんでそんな……

 前に話したでしょ?……私はいいって……」


「だって、ウルフの気持ち良さを、

 マリアにも知って欲しくて……」


「い、いくらクレアの頼みだったとしても

 ……そんなこと……出来ないよ」


 まあ、今日はフロには入れなかったしな。

 流石に貴族のお嬢様としては犬と寝るのに

 抵抗あるのだろ。


「残念だなぁ。じゃぁ、私がウルと寝るよ」


「今日はダメよっ! 私が隣に居るよ!」


「なんで? 前のキャンプでも

 一緒に寝てたでしょ?」


「前とは状況が変わっちゃったでしょ!

 今日は一緒に寝るの禁止!」


「ええー」


 状況が変わった?一体、何の話だ?


 結局、俺はクレアの横で寝ることになった。

 クレアは不本意そうだったが。


 ふたりとも良く寝ている。


 クレアは寝る直前まで俺の頭を撫でていたので

 手は俺の頭の上にあった。


 俺はクレア達を起こさないように

 ゆっくりと手の下から抜け出る。


 そして静かにテントを出て行った。


 やはりクレアと離れるのはなんだか落ち着かない。


 しかし今回もそういう事態が発生したのだ。


 それは隣の山の方から感じたが、

 今は二つほど離れた山に移動しているようだ。


 その山の一番大きな岩のある広場に

 『匂い』の元がいた。


「あら、意外と遅かったわね」


 こいつの視線だ。

 こいつの『匂い』、魔力だ。


 昼からこの女にずっと監視されていた。

 この魔力の感じ……魔族だ。


 現在の人間と魔族は休戦しており

 綺麗に巣見分けている。


 世界の三分の二は人間の支配圏。

 三分の一は魔族の支配圏だ。


 俺はその魔族支配圏から、

 こちらの人間支配圏に来たのだ。


 本来であるならであるならば

 必要な手続きなどをしないと重罰が与えられる。

 その手続きも簡単に出来るものではない。


 なのでこちらに魔族が来ることは珍しい。


 だからこそ俺はこちらにやって来た

 というのもあるのだが……。


 まさかここまで追ってくるとは……。


 俺は久しぶりに人の方の姿に戻る。


 灰色の毛並みに会わせた灰色の髪。

 服は変化にあわせて着脱可能な

 『魔法の服』を使っていたので問題ない。


 『狼から人の姿になったら裸でした。』は、

 ちょっとカッコ悪いからな。

 他の人狼はあまり気にしていなかったが……。


 『魔法の服』は魔女達に依頼して作って貰った。

 と、言ってもどんな時に何が起こるかは

 分からない。


 なるべく、どんな状況でも

 対処可能な服を目指したら、


 シンプルな白シャツ、黒パンツに

 落ち着いてしまった。


 こちらでもおかしな格好ではないが、

 異世界感はあまりないな……。


 あと首輪は普通に残ったままだ。

 この姿だと流石に恥ずかしいが。


 そんなことより今はーー


「俺に何のようだ?」


「『何のようだ』とは失礼ね。

 せっかく迎えに来てあげたのに……」


 迎えだと?


「……魔王の命か?」


「魔王様は関係ないわ。

 あなたは知らないかもしれないけど

 『天魔八将』の話を断ったことは

 魔王様から『不問とする』と、

 お達しをいただいているわ」


 それは普通では考えられないことだ。

 魔王の権力は魔族支配圏の中では絶対のものだ。

 それを蹴ったのに不問だと……?


「それだけ貴方は魔王様から

 期待されていたということ。

 いえ、今もなお、期待されているのよ」


「…………」


 しかし俺の鼻がこいつの匂いをかぎ分けた。


 こいつは何かを隠している。


「だから私と戻り、軍に入りなさい。

 貴方の地位は約束してあげる。

 今でも貴方が入るはずだった『天魔八将』の空席は

 そのまま残してあるわ」


「何度言われても……断る」


「この私が直々に迎えに

 来てあげたのにそれが許されるとでも?」


 俺はいまさらあちらに戻る気はない。

 こちらにそれ以上に大切なものが出来てしまった。


 そしてもうひとつ、気になることがあった……。


「その前に一つ聞きたい」


「何かしら……」


「お前は……誰だ?」


「…………」


「…………」


「……え? 嘘!?」


「どうした。答えろ」


 さっきから馴れ馴れしく話しているが

 こいつは一体誰なんだ?

 見覚えはないのだが……。


 だがこの魔力は前に嗅いだことがあるような……。


「えっ? 本当に覚えていないの!?」


「お前のようなやつは知らん。」


「ほら! 前に会ったでしょ!

 ちゃんと思い出して!」


「…………」


 こんな美人なら忘れるわけはないと思うのだかな。


 耳もしっぽもあるが人狼のものとは違う。


 クレアやソフィアさんよりも

 深い色のブロンドのサラサラした髪。


 誘惑するような大人っぽいボディライン。


 少しつり上がっている目元と泣きボクロが

 また憎い演出をしている。


 そしてなにより、胸元がけしからん!

 まったくもってけしからん!


 あのオムネは見たことないはずだ。


 しかしあのしっぽは確かに見覚えが……。


「……予定が変わったわ。

 まずは貴方にちゃーんと

 思い出して貰わないとねぇ!」


 目の前の女が姿を変える。


 ……彼女は狐だった。

 そして、俺はこいつを知っていた。


「……この姿は」


 巨大な狐の魔族。

 九の尾を持つ、美しい金色の毛並みの妖狐。


「思い出したかしら!

 私は『天魔八将』がひとり!

 『金毛白面九尾之妖狐』!」


 わ、わかるかぁーっ!!


 お前、あの時、こっちの姿しか見せてないだろ!

 狐と人の違いがわからんのかっ! お前はっ!


「よくも私に恥を掻かせてくれたわね!

 万死に値するわ!」


「知るか。最初からこうしていれば良かったんだ。」


 そうだ! 最初から狐の姿ならわかったのに

 紛らわしく人の姿なんてしているからだ。


 魔族は魔力で相手を見分けることも多い。


 こっちに来てから長かったので

 その辺の感覚がだいぶ衰えていたのは

 確かなんだが……。


「なるほど、最初から戦う以外の道なんて

 考えていなかったのね。

 上手い挑発をしてくれるじゃない。

 いいわ! なら思う存分堪能して頂戴!!」


 勘違いも甚だしいなこの狐。


 キュウビの放った魔法の一撃をかわす。


「……貴様が俺に牙を剥くというのなら、

 俺も牙を剥かずにはいられないな。」


 俺は『牙』を『剥き出す』。


 人狼の最大の武器は『牙』。

 狼の姿なら文字通り牙なのだが。


 人の姿になると牙は

 その者の性質に合わせて姿を変える。


 それは『牙』を剥くことで姿を現す。


「久しぶりね、その『牙』。やはり美しいわ……」


 俺の牙は『刀』。

 日本刀だ。やはり日本人だからだろうか?


 日本刀は好きだ。

 転生前は模造刀が家にあったほどには好きだ。


 とにかくこれが俺の『牙』だ。


「だけど私は以前とは違う!

 魔力も力も格段に上がっている!

 貴方に負けたあの日から

 この日のために力をつけたのよ!」


 そう、俺は以前、里にいたときに

 一度、彼女と戦っている。


 そして一撃で彼女を止めた。


 もちろん、彼女は魔族の中でも

 トップクラスの実力を持っている。

 けして弱い訳ではなかった。


 実力があるからこそ油断も余裕もなく、

 一撃で仕留めたのだ。


 しかし、確かに彼女から感じる魔力が

 あのころとは別物だ。


 それもあり、こいつがキュウビだと

 気付かなかったというのもある。


 しかし……。


 キュウビの前足が大地を揺らす。

 持ち上げた前足を俺に振るった。

 大した速さだが……。


「……なっ、いない!」


 キュウビは俺を捉えてなどいない。

 この程度の速さなら造作もなくかわせる。


「くっ! なんて速さ!

 人の姿でこの速さだなんて!」


 人狼は狼の姿の方が速く、

 人の姿だと力が強くなる。


 しかし俺は人の姿であっても

 大抵の魔族より速い。


 彼女の攻撃はことごとくかわせる。


「くっ! ちょこまかとっ!」


 人狼とは違い、妖狐は獣型の方が

 戦闘向きのようだ。


 しかしあの巨体では動きがまるわかりだ。


 パワーは高いのだが、俺のような素早い相手には

 不向きだといっていい。


 いままではその圧倒的な実力差で

 どうにでもなったのだろうが……。


「と、捉えきれない!」


「諦めろ。お前は俺に勝てない」


「諦めろ? 諦めろというの!?

 この私に! 冗談ではないわ!!」


 キュウビは動きを止めた。


「捉えきれないなら、

 逃げられない攻撃を見舞うだけよ」


 キュウビの九つの尾が光を放つ。


「これが私の最大の妖術よ!」


 妖術とは、一部の地域での魔法の呼び方だ。

 原理的には同じだが。


 通常の魔法とは術式が違う、マイナーである分、

 防ぐのが難しいとされている。


 キュウビを中心に光が円を描き

 周囲に拡がっていく。


 あの光はキュウビの魔力、エネルギーそのもの。


 光に飲み込まれたものは、木も、岩も、生き物も

 跡形もない。


「全方位攻撃か……」


 この円は奴の魔力が尽きるまで

 拡がり続けるだろう。


 俺でもこれを食らえば、

 無傷ではいられないことは確証出来る。


 だが魔力が尽きるまで円に追い付かれないよう

 逃げ切ることは可能だ。


 今のキュウビの魔力なら山のひとつ、ふたつは

 消し飛ばせるはず。


 しかしそれでは『彼女』が捲き込まれてしまう。


 もし直接的に届かずとも

 二次的被害はあるかもしれない。


 これは地形ごと変えるほどの魔法だ。

 可能性はなくはない。


「ならば、迎え撃つ」


 俺は円の外側に立ち止まり、刀を構える。


 拡がっていく光が俺の目の前まで迫った瞬間、

 刀に魔力を込め、光を凪ぎ払う。


 狙うのは奴の『尾』だ。


 凄まじい魔力の刃が光を切り裂く!


 そしてその刃は『尾』に達した。


「きゃーーーーぁ!!」


 光を放っていた尾が鎮まっていく。


 尾を切ることも出来たが

 それは遺恨を残すかもしれないので避けた。


 なので尾に集中する魔力の流れだけを斬ったのだ。


 これからの生活を守るためには

 殺す、傷付けるという以外の道も探らねば。


 キュウビは巨大な狐の姿から人の姿になっていく。


「これで決着は着いた……」


「……ふん、殺しなさい」


「…………」


 俺は『牙』をしまった。


「なんのつもり!」


「俺を連れ戻すことは諦めろ。

 そうすればお前を見逃す」


「なによそれ! 冗談を言わないで!」


「俺は冗談が言えないんだ」


 さっき気がついたが、

 この姿の時はまだキャラ設定が生きているようだ。


 自覚はなかったのだが自分で作った

 無口クールキャラになってしまう。


 この姿で五年間、こんな感じだったからな。

 設定が口と体に染み込んでしまっている。


「……あの人間の所に戻るの?」


「あぁ、そうだ」


「なんであんな人間の所にいるの!」


「あれが俺の『飼い主』だからだ」


「…………え?」


「俺は今、あの子の『飼い犬』なんだ」


「…………」


 沈黙が痛い。

 もう気にしないと思っていたが、

 案外答えるものだ。


「……せ、性的な意味で? 貴方そんな性癖が……」


「違う」


 なぜそうなる。


「……私が帰れば貴方がどこにいるのか、

 魔族に知られることになるわよ」


「…………」


 確かにそれは好ましくない。

 今の平穏を壊すことに繋がる可能性が高い。


「……条件があるわ」


「条件?」


「私もここに残るわ」


「お前が?」


「そうよ。そして貴方は私を見逃す。

 お互いにここにいることに目を瞑るの。

 悪い条件ではないはずよ。

 貴方が私を『生かす』というならね」


「……わかった。受け入れよう」


 何度も挑まれても叶わんし、

 出来れば殺しもしたくはない。

 人の姿も見てしまったしな。


 人型の魔族は少しやりづらい。

 なんか人間を相手にしているようで殺すと罪悪感が湧く。


 殺さずに、俺の居場所も魔族等にばれないなら

 それが一番いい。


 ただ油断は出来ない。

 こいつはまだ何かを隠している。

 何を隠しているかは知らないが……。

 一応、釘だけは刺しておこう。


「ただし。何か妙な真似をすれば、

 その喉を噛み千切るぞ。忘れるな……」

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