09:地下通路の幽霊

 最近、誰かに見られている。


 この視線は、いつものクレアの

 熱すぎる視線ではない。

 なぜが重々しいキュウビのものでもない。


 一体、誰だ?


 『匂い』を追ってみてもギリギリのところで

 撒かれてしまう。


 相当に魔力を隠すのが上手い。


 だが逆に距離があることも意味している。


(どうかしたの?)


(……いや、今はまだいい)


(? そう)


 せっかくここの生活に慣れて来たところだ。

 はっきりしたことが解るまでは

 余計なことは言わないでおこう。


 まずは相手の出方次第……か。


「ウールーッ!」


 突然、クレアがタックルで突っ込んできた。


「ウルーッ! 聞いてー!」


 キいてる、効いてるぞ。タックルが。


 いったいどうしたんだ?

 いつもよりテンション高めだな。


「出たんだって!」


「ワフン?」

(出た?)


「幽霊が!」


 マリアから聞いた話だそうだ。


 なんでもこの村の下には

 古い時代の地下通路があり、

 夜になるとそこから鎧の幽霊が出てくる。

 鎧の幽霊は最初に見つけたものを

 執拗に追いかけ回し、

 最後は地下に連れていってしまう。


 と、いうことらしい。


「この話は結構昔から

 この村に伝わっているんだけど、

 最近、その幽霊が出たらしいの!

 何人もその鎧の幽霊を見てるんだって!」


 犬相手に熱弁するクレア……可愛いな。


 しかし幽霊か……。


(キュウビ、お前はどう思う?)


(こっちの幽霊話って半分以上は見間違い、

 勘違いだって聞いたことあるけど)


(残りは?)


(ゴースト系の魔物か魔族ね)


 ゴースト系はまだ会ったことがなかったな。

 アンデッドはあるんだが……。

 あ、嫌なことを思い出しそうだ。

 やめておこう。


 ゴースト系には物理攻撃が効かないため、

 基本的には魔力を使った攻撃が

 有効だと聞いてはいる。


 少し調べてみるか。


 もしかしたらあの視線と、

 関係があるかもしれない。


 それにクレアに何かあってからでは遅いのだ!

 迅速にしめやかに対処する。

 俺はやれば出来る男だ!


 と、思ったのだが……。


ーその夜ー


 今日のクレアはガッツリ、

 ホールドを決めてきている!


 ぬ、抜け出せない。


 いつもならクレアが眠りについたと共に

 若干の距離を取って俺も眠りに付く。


 が、今日は寝た後も両手足で

 完全に固められている。


 クレアの愛を感じるようで嬉しいような。

 でもちょっと苦しいような。


(……なにをしてるの?)


 キュウビは俺達の足元で寝ていた。


 キュウビがここに来てからは

 先にキュウビが愛でられて、

 それが終わってから俺が愛でられる。


 なのでキュウビは先に解放される。


(抜け出して幽霊の件を調べようと思ったのだが、

 この通り抜け出せなくてなぁ。

 ……仕方がない、明日から頑張ろう!)


(ふーん、少しだけ手伝って上げましょうか?)


(お前が? どうやって?)


(そのまま、じっとしてなさい。)


 キュウビの目がキラッと光ったと思ったら

 俺の身体がベッドから何かに押し出された。


 俺は間抜けにベッドから転がり落ちた。


(つつっ……急に何するんだ!)


「んー……」


 マズい!無理やりホールドを解いたので

 クレアが起きてしまった!


「ウルー? あんまり動いちゃ駄目でしょぉ……」


 何!? 俺がベッドにいないのに再び眠っただと!?


 何が起きたのか確認するため、

 ベッドの上を確認する。


「こ、これは!」


(貴方の身代わりよ)


 そこには1/1スケール等身大の俺がいた。


(お、俺!?)


(ただ『化かしてる』だけよ。

 これは貴方の毛で作った人形よ。

 一晩位なら持つわ)


 キュウビの妖術か。

 なんとも便利なものだ。


 それに引き替え人狼は肉体派だからな。

 魔法とか便利なものなかったものなぁ。


 何はともあれ、これで調べに行ける!


(ありがとうな! キュウビ!)


(…………)


 あれ? 反応がない……寝たのか?


(何してるの?)


 急に後ろからキュウビの声が!


(それも人形よ。早く行きましょ)


 俺が見ていたのもキュウビが作った

 キュウビ人形だった。


(行くって、お前も行くのか?)


(最近、暇してたから。

 いい暇潰しになるかも知れないわ)




 深夜になると村は完全に寝静まるので

 人と会う心配はほとんどない。


 一応、『匂い』で確認はしてはいるが。


 俺達はとりあえず幽霊が目撃されたと

 言われている場所にやって来た。


 村の中心部にある公園だ。


 キュウビはいつの間にか人の姿になっていた。


「で? どうやって、探すの?」


(まずは『匂い』を探す)


「それじゃあ、私も魔力探索してみるわ」


 ……確かに人のものではない『匂い』がする。

 この『匂い』はどこから来た?


 その『匂い』を手繰る。

 これは……。


「井戸ね」


 近くにある古井戸。

 井戸には蓋がされていたが、

 動かした形跡があった。


 蓋をどかすと、井戸の底から『匂い』がする。


 ならここが地下通路と繋がっているということか?


 しかし真っ暗で何も見えないな。

 『匂い』を視覚かすれば見えないこともないけど

 アレ、疲れるんだよなぁ。


 不意に俺の横で明かりが灯る。

 キュウビが火の玉を出していた。


「妖術の『鬼火』よ。明かりに使えるわ」


 本当に便利だな妖術。

 俺も今度教えて貰おうかな。


 キュウビは出した火の玉の一つを井戸に放り込む。

 何も反応はないようだが。


「……どうやら空井戸みたいね」


「んっ!?」


 一瞬、嗅いだことのある『匂い』がした。


「……行こう」




 彼が先に井戸へ飛び降りた。

 続いて私も井戸へ飛び込んだ。


 井戸の底は話の通り通路があった。

 どうやら一本道になっているみたいだ。

 私たちはその通路を黙って進む。


 一つ気になるのは井戸に入ってからの彼の様子だ。

 なんだかいつもと違う。


 なんというかピリピリしているような。


ーカシャンー


 まだ闇で見えない通路の先から音がした。


 鎧のような金属音だった。


「ウルーー」


 彼の名前を呼ぶ前に、ことは終わっていた。


 彼は一瞬で鎧に近づき、一撃を加えたのだ。


 その衝撃で鎧は、元が鎧であったのか

 わからないほどにバラバラになった。


 これが機動力に特化した狼の姿のウルフの戦い方。

 やっぱりこちらの姿でも普通じゃない。


 『天魔八将』の私でさえも

 目で追うのが精一杯だった。


 でもこれで噂の幽霊もいなくなった。

 一件落着だ。

 それなのに彼は帰ろうしていない。


「こ、これで終わったんでしょ?

 こんなジメジメしたところ早く出ましょう?」


 彼は私の声にも反応しない。

 急に人の姿になり『牙』を手にした。


 彼がこの姿になるということは

 まだ『敵』がいるということ。


 私はまた鬼火をいくつか作り出して

 見えない通路の先にも明かりを灯した。


 あれからまた先に進んでいく。


 どの位、進んだのだろうか。


 今の彼といるとなんだか胸が締め付けられる。

 これは彼を想う気持ちとは違う……

 なにか別の……。


 彼の足が止まる。


「……どうしたの?」


ーコツンー


 足音だ。


 奥から誰かくる。


「やぁ、久しぶりですね。シリウス。

 ああ、今は『ウルフ』でしたっけ?」


 それは『天魔八将』のひとり。

 吸血鬼の王『不死王のブラド』だった。


 色素の薄い肌色と赤髪、整った顔立ち、

 そしてこの纏わりつくような嫌な感じ。

 間違えようがない。


「やはりお前かぁ! ブラドッ!!」


 彼の声が地下に響く。

 彼のこんな声は聞いたことがなかった。


「あまり大きな声を出さないでくださいよ。

 ワクワクしちゃうじゃないですか」


「最近の視線もお前か?」


「そうですよ。

 視線には気付いてくれていたけど、

 私の視線だとは気付いてもらえませんでしたね。

 ……なので、別の方法で

 気付いて貰うことにしたんです。

 でも、今回は早かったですねぇ。

 犠牲者はひとりで済みましたよ」


「あの鎧はお前がっ!」


「そうですよ。前と同じです。

 貴方に私を思い出して欲しくて。

 でもここに来るまで思い出しては

 貰えなかったみたいですね。

 悲しいことです。

 私は一分一秒たりとも貴方を

 忘れたことはなかったというのに」


「貴様っ……!」


「あ!安心してください。

 『アレ』はこの村の人間ではありません」


「……何を企んでいる」


「何を? 何をと聞きますか……。

 決まっているじゃないですか。

 あの時の続きですよ。

 私はあの日から貴方に釘付けなんですよ。

 私を理解出来るのは貴方しかいない。

 貴方を理解出来るのは私しかいない。

 だからこうしてーー」


 まばたきの瞬間、彼はブラドとの距離を

 一瞬で詰め『牙』をブラドの体に深く突き立てた。


 しかし……。


「……ダメですよ、シリウス。

 こんなぬるい魔力じゃ私は感じません。

 私と踊るのならもっと本気で相手をしてください」


 ブラドには彼の今の攻撃は

 効いていないようだった。


 彼は再びブラドとの距離を取る。


「残念ですが、今日はあいさつをしに来ただけ

 なんです。今日の余興はいかがでしたか?」


 彼は答えない。

 こんなに殺気を放っている彼は初めてだ。


「やっぱりこんなんじゃ満足出来ませんよね?

 貴方は……。

 だから少しだけ待っていて欲しいんです。

 今、準備を進めています。

 それなら貴方もきっと気に入ってもらえます」


 ブラドは何を言っているの?

 それに彼の様子も普通じゃない。

 このふたりの間に何かあったの?


「それじゃあ、私はそろそろ失礼しますね。

 貴方へのプレゼントの用意で忙しいんです。

 それではまた……」


「待てっ! ブラドォーッ!」


 彼がブラドを追って行ってしまう!


 このまま行かせてしまったら、

 彼が戻って来ないような気がした。


 私は彼がブラドを追う前に彼の手を掴んだ。


「もう帰りましょう、ウルフ!

 もうすぐクレアも起きちゃうわ!」


 彼の動きが止まる。


 その後すぐにブラドの気配も消えた。


 ブラドが消えた後、彼も狼の姿に戻った。


 彼は何も言わずに身を翻し通路を戻る。

 私も彼の後に続いた。


 入って来た井戸から外に出た。

 空はまだ暗いけど直に夜が明ける。


 私たちは早々に家に戻った。


 クレアの元に置いてきた身代り人形の術を解いて

 再び眠りに着いた。


 彼はあの地下通路から家に帰って眠るまで

 一言も話さなかった。

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