29:再会

翌朝ーー


 クレアはずっと部屋に籠っている。


 私はとても見ていられなかったので

 部屋の外にいた。

 時折、すすり泣く声が聞こえてくる。


 このままではいけない。


 クレアは私にとって最大のライバルだろう。

 確かにクレアがいなくなれば、

 私にとっては都合が良いことだけれど

 それは何か違うと感じた。


 私もこの生活や彼女のことを

 意外にも気に入っていたのかもしれない。


 だから、こんな終わり方は気持ちが悪い。


 狐の姿から妖狐の姿になって部屋に入った。


「行くわよ、クレア!」


 彼女はベッドに寝転んで顔を伏せていた。


 ゆっくりと身体を起こして、こちらに振り向く。


 目の周りが赤い、また泣いていたのだろうか。


 せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「……モコちゃん。行くって……?」


「ウルフのところに決まっているでしょ!」


 クレアを彼の元に連れていく、

 そしてちゃんと彼に向き合わせる。

 そうしてからでないと納得出来ない。


 ここでの生活のことも。

 これからの彼との関係のことも。


「……私はいいよ。ウルの邪魔になりたくない。

 私がいない方がウルが幸せなら、私は……」


「貴方はどうなのよ! 彼に会いたくないの!?」


「……会いたい。ウルに……会いたいよぉ」


 そう言ってまた泣き始める。


 それならもう考える必要なんてないじゃない!

 人間たら本当にめんどくさい!

 彼もそうだ!


「なら行くわよ!」


 クレアの手を無理やり引いて起こした。


「ちょっ……モコちゃん!?」


 抵抗はしていないものの少し動きが鈍いので、

 抱き抱えることにした。


 そして窓に足を掛ける。


「力ずくでも連れていくわ!」


 私はクレアを連れて窓から飛び出した。


「えっ! モ、モコちゃん!?」


 クレアが焦っている。


 まさか今すぐにここを立つとは

 思っていなかったのだろう。


 でも時間がない。

 彼は速い。

 早くこちらも行動しなければ追い付けなくなる。


「モコちゃん!

 ちょっと、ちょっと待ってえぇーっ!」





魔族支配領域 ペトロフの根城ーー


「くそぉっ!」


「荒れていますね、ペトロフさん」


「誰のせいだと思っているっ!」


「……私のせい、だとでも?」


「なんだあの犬は!

 あんな化物だとは聞いていなかったぞ!」


「あー、さすがのペトロフさんでも

 勝てませんでしたかぁ」


「貴様っ! わかっていて俺が

 やつのところへ行くよう仕向けたなっ!」


「何を仰いますやら、私は言いましたよ。

 『彼を倒すのはまだ少し先』だと」


「ぬぐっ!」


「私の忠告を無視して先走ったのは

 ペトロフさんですよ。

 全く、私が色々と策を考えていたと言うのにーー」


「黙れっ!」


「とにかく、

 まずは外の魔王軍を何とかしませんとね」


「貴様の軍はどうしたっ!」


「私の軍? そんなものはありませんよ。

 私はこの身一つで軍を出ていったのですから」


「ならば! この状況をどうするつもりだ!」


「もちろん、どうにかしてみせますよ。

 貴方の『参謀』として」


「ならさっさと取りかかれっ!」


「はい。では失礼致します」


「……あのクソコウモリ男がぁ!

 どいつもこいつ俺を馬鹿にしやがってっ!」





ペトロフの根城近郊 魔王軍拠点ーー


 俺はクレア達と別れた後、

 1日をかけてここに来た。

 作戦の指揮や軍議を行うテント。


 ペトロフ達の根城とされる場所の近くに、

 拠点を置いている魔王軍のものだ。


 ペトロフ達は現在、

 山に囲まれた廃城に潜伏しているらしい。


 山々の一番高い山の上に、

 悠々とその廃城はそびえていた。

 何重にも魔法結界が張られており、

 侵入は愚か普通の攻撃ではびくともしないだろう。


 さらに周囲の山にも猛毒ガスをばらまいて

 もはや死の山となっている。


 要塞の様な廃城、絶対防御の多重結界、

 そして毒の山。


 そのせいで魔王軍は足止めを食らっているようだ。


 ここに来て二日が経った。


 今現在はまだペトロフの姿しか確認されていない。

 ブラドがいるかは不明なままだ。


 出来ればブラドの存在を確認してから

 攻め込みたいところだが。


「シリウス。その『牙』はしまったらどうだ。

 お前を見たものが恐がっていたぞ」


「フェニスか」


 『天魔八将』のフェニス。


 今回のペトロフ討伐の任に就いている指揮官だ。


 その正体は不死鳥。


 こいつと昔、戦ったときのことは覚えている。


 だが戦った後のわだかまりなどはない。


 正々堂々の決闘の結果、俺が勝った。

 それはこいつも認めていることだ。


 そして、俺はすでに人の姿となり

 『牙』も手にしていた。

 いつでも奴らを狩る準備は万端だ。


「ブラドの姿も確認されたぞ」


「やはり奴も……。まだ攻撃許可は出ないのか!?」


 ブラドがいるのなら直ぐにでも攻め入りたい。


 奴は逃がせば後々が面倒だ。

 ここで叩き潰すべきだ。


 例え俺一人でも戦力的には問題はない。


 しかし一人ではさすがにブラドの逃げる隙を

 埋めることが出来ない。


 だから魔王軍に協力しているのだが、

 軍にはまだ攻撃許可が降りていないとのことだ。


「そうだな、私とお前は大丈夫かも知れんが、

 他の者達にはあの毒の山を突破するのは

 難しいだろう。

 そして城に近づいて攻撃するにも

 あの結界を何とかせねばならんしな。

 ほどなくして魔王様の率いる本隊も到着する。

 今少し待ってくれ」


 そんなに悠長にしていていいのか!

 早くしなければブラドに逃げられるぞ!?


「魔王……か。どんな奴なんだ?」


 俺は『天魔八将』とは全員と会っているが、

 魔王とは面識がない。


 いったいどういう奴なのかが気になった。


「実を言うと私も魔王様の正体を知らんのだ」


 『天魔八将』であるフェニスが?

 『天魔八将』は魔王に最も近しい位にある。


 そのフェニスが魔王の正体を

 知らないなんてことがあるのか?


「会ったことくらいあるのだろう?」


「我々が知る魔王様はいつも

 全身鎧を着ていたからな。

 その素顔は見たことがない。

 魔力から何の種族を探ったものもいるが

 結局、確認するに至らなかった。

 唯一、フォリンだけは知っていると

 噂で聞いたことがあるが……」


 どうやら嘘を付いているようでは無さそうだが、

 しかしそうなると魔王がより怪しくなってくる。


「俺は会ったことすらないからな。強いのか?」


「少なくとも我々『天魔八将』の誰よりも」


 フェニスはハッキリとそう答えた。

 そう言えるだけの実力者ではあるようだ。


「ならその候補だった俺よりも……ということか?」


「いや、貴様は規格外過ぎるからな。

 ただ私の目の前で魔王様も貴様も

 まだ実力の底を見せていない。

 どちらが強いかなど検討もつかんな。……うっ!」


 急にフェニスが胸を押さえてうずくまった。


「どうした?」


 顔が赤く、息が荒い。

 これは……。


「いや、貴様との戦闘を思い出してな。

 つい身体に走った悦びを

 思い出してしまっただけだ」


 そうだった。

 こいつは真性のドMだった。


「……お前も存外規格外だな」


「ふふっ、そう褒めるな」


「褒めてない」


「言っておくが私は罵声、罵倒などでは

 悦びを感じたりはせん。

 あくまでも戦闘による痛み!

 痛みこそが唯一無二の愉悦なのだ!」


「……」


 こいつは自分をドMということを

 頑なに認めようとはしない。


 あくまでも痛みが心地よいだけなのだと

 主張している。


「なので、そういう蔑んだような目にも

 全く悦びなぞ感じん。

 私を悦ばせたければ、私に直接ーー」


「いや、いい」


 こんなやつに構ってもいられない。

 今はあちらに集中しなくては!


「私の体にあの悦びを教え込んだのは貴様だろう!

 ちゃんと責任を取れ!」


「大きな声で変な言いがかりを付けるな。

 俺はただお前に一撃を入れただけだ」


「そうだ!

 あんなもの入れられたのは初めてだった!

 入れられた瞬間に逝ってしまいそうだったぞ!!」


「だから大声で誤解を招く言い方をするな」 


「それに……

 私があんなに濡れるなんて思いもしなかった」


「そうだな。

 俺もお前の血でビショビショになったな」


 どいつもこいつも!

 なんで『天魔八将』はこんなのばかりなんだ。


 そういえばブラドの奴も殺される度に

 喜んでいたな。


「本当に『不死』能力持ってる奴はドMが多いな。

 お前といい、ブラドといい」


「私をあのようなイカれた男と一緒にするな!」


「……お前も相当イカれてるよ」


 こんなところでは集中なんて出来ない。

 俺はここを少し離れて状況を整理することにした。


「待て! 話しはまだ終わっていないぞ!」


「必要のない話だ」


 一度、『牙』をしまってからテントの外に出た。


 だがそこで聞くことになるとは

 思ってもいなかった声が

 俺の耳に入ってきた。


「ウル?」


「……クレア!?」


 何故クレアがここに!

 ここは魔族支配領域だぞ!?


 クレアの後ろにはアイツの姿があった。


「キュウビ!」


「なんとか追い付いたわ。

 逃げずにちゃんと彼女と向き合いなさい」


「く……っ!」


 まさかキュウビがここまでするとは

 思っていなかった。


 あんな別れ方をしたのでクレアに

 どんな顔して接すればいいのかがわからない。


 てか早すぎだろ!


 しかしクレアは構わず俺に近づいてくる。


「あのね、ウル。

 私、ここに来るまでに聞いちゃったんだ。

 モコちゃんから……」


 ん? 何かクレアの様子がおかしい。

 なにかモジモジして顔が赤い様な……。


 ちょっと待て?

 今、モコちゃんから、

 『キュウビ』から聞いたと言った。


 まさか!


 俺は久しぶりに魔力による会話で

 キュウビに問いただす。


(キュウビ! お前、『言った』のか!)


 キュウビの表情は真顔のままだが

 確かに軽い口調で魔力を返してきた。


(言っちゃった☆)

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