04:ヘルハウンド討伐

いつもの学校帰りーー


 なんだか今日は街の雰囲気がざわついている。


「何かあったのかな?」


「なんでも最近、狂暴な野犬が増えてるんですって。

 だから街が冒険者に討伐依頼を出したらしいわ。

 この様子だと結構、大きな規模の

 依頼になったみたいね」


 なるほど、確かにそれらしい人間が

 ちらほら目に入る。


「そっか。ちょっと怖いね……」


 ちょっと怖いね→怖い→助けてウルフ!


 うん! 任せろ! クレア!


「まぁ、大丈夫よ! 

 冒険者もいっぱい来てるみたいだし。

 それに野犬がいるのは山の方だから、

 街の中に来ることはないって!」


「うん……」




 俺はクレアが寝静まった後、ベッドを抜け出した。


 そして一匹で家を出て、山に向かう。


 もちろんクレアの恐怖する対象を排除する為だ。


 冒険者に任せてもいいが、

 自分でやった方が確実だからな。


 それに女の子にあそこまで言われて動かないなんて

 男が廃る!

 ※言ってません。


 奴らの匂いを探る。


 ……こっちか。


 山の奥の少し開けた場所出た。


 こんなところがあるのか。


 ここまでの道のりを考えると人が入ってくるのは

 難しそうだな。


 やっぱり来て正解だった。


 そこには数十頭の野犬がいた。


 これ程、犬が集まる光景は見たこと無い。


 圧巻というか、なんと言うか。


 若干気持ち悪っ!


 こんなにいるとは流石に思っていなかったが

 問題はない。


 さてそれじゃ友好的に交渉に行こうか。


「アゥ~?」

(あ? お前見ない顔だな。どこの犬だ……)


 しゃべり方が普通だ。


 普通の犬は魔力が弱いので片言に聞こえるのだが……。


「ワッフ、ワッ」

(俺は犬じゃない、狼だ)


※ここからは翻訳した音声のみでお送り致します。


「あぁ!? 狼だぁ?」


「この群れのリーダーは誰だ? 話がある」


「てめぇ! 狼だからって見下してんじゃねぇぞ!」


「野犬だと馬鹿にしやがって!

 いくら狼だからってこの数を相手に出来ると

 思ってやがるのか!」


「やっちまえ!」


 野犬らは集団になって俺に襲いかかる。


 だが残念ながら相手にならんな。


 俺は右に一回転して尾で奴らを吹き飛ばす。


「ぐわぁっ!」


「な、なんだお前! ただの狼じゃないな!」


 まぁ、人狼だからなー。


「なんだ……。騒がしい……」


 どうやら奴がこの群れのリーダー。


 のようだが……デカい。


 狼の俺よりもさらにデカい。


 大体、三メートルほどの体長がありそうだ。


 これは明らかにただの犬ではない。


「……お前、ヘルハウンドか?」


「ほぅ……俺がヘルハウンドだとよくわかったな」


 いや! わかるだろ!


 主張し過ぎているだろ!


 ヘルハウンドとは犬が魔物となった姿だ。


 動物が稀に強い魔力を持って生まれると

 通常の姿ではない成長をすることが多い。


 基本的にはそれらを魔物という。


 そして犬の魔物を総じて『ヘルハウンド』と呼ぶ。


「お前もあの数を相手にするぐらいだ。

 『普通』ではないみたいだが……。

 なんのようだ?」


「……この山を去れ」


「去れ? ずいぶんと一方的な要求だな。

 だがここは俺らの縄張りだ。

 お前に指図される謂れはない」


「麓の街が冒険者を雇って

 お前らを駆逐しようとしている。

 人間の冒険者と争えば死者が出るぞ」


「何を言い出すかと思えば」


「なんだと?」


「俺らは最初からそのつもりよ」


「…………。」


「奴らが村を出て山に入ったところで

 村に奇襲を掛ける。

 あの村の人間を全て食らうつもりだったんだよ」


「それではお前達も異変を感じて戻って来た

 冒険者達にやられるぞ」


「あとのことなぞ知らん。

 まぁ、俺が全員食らってやるつもりだがな」


 もう説得は無駄だと悟った。


 確かにこいつは強いのだろう。


 この巨体は魔力の量が多いことを表している。


 それは群れの犬達に影響を及ぼすほどに。


 並の冒険者ではかなわないだろう。


 並の人狼でも難しいかもしれない。


 並のなら……。


「ならば力ずくで止めさせてもらう」


「待て待て、そう死に急ぐな。

 なぜお前はあの人間達に肩入れする?」


「あそこには俺の『飼い主』がいるからな」


「『飼い主』? 貴様、飼い犬になったのか?

 これはお笑いだ!

 狼が人間にしっぽを振るとは!」


 周囲の犬達も笑い声をあげている。


 まぁ、間違ってはいないな。


 実際しっぽを振っているわけだから。


「やめだ。

 お前次第では仲間に入れてやろうと思ったが。

 人間にしっぽを振るような負け犬はいらん。

 お前の前でその飼い主とやらを食ってやろう」


 あ、言ったな。


「忠告はした」


「ふん! やってみせーー」


 俺はヤツが話終える前に動く。


 今度は縦に一回転し、

 尾を奴の頭に目掛けて振り下ろす。


 『今度』は手加減はなしだ。


 辺りに何かが砕けた鈍い音が響く。


 その後すぐに落雷のような音が山に響いた。


 先ほどまで目の前にいたヘルハウンドの頭は、

 地面にめり込んで微動だにしない。



「お前は言ってはいけないことを言った。

 それさえなければ見逃してやっても

 良かったのだがな」


 周囲にいた犬達は戸惑っている。


 まさかあのヘルハウンドがやられるとは

 思っていなかったのだろう。


 俺は見渡して犬達を睨み付けた。


 すると奴らはジリジリと俺を取り囲んだ。


 そして……


「あ、貴方が我々の新たな『長』です。

 我々は貴方に服従します」


 伏せのポーズに頭を深く下げて服従を誓う。


 そこにいた全ての野犬達が。


 あまりの身の切り替えの速さはどうなんだろう。


 なんかちょっと地面に埋まってるあいつが

 可愛そうに感じてきた。


「『長』なんぞになるつもりはない。

 俺の目的はお前達をこの山から排除することだ」


「ど、どうか命ばかりは……」


「どこにでも行け。ただし自分の身を守る時以外で

 人間へ危害を加えることは許さない。

 お前達の誰か一頭でも人間に危害を加えたなら、

 俺はお前達を皆殺しにする。

 例えどこまで逃げようとも」


 まあ、ただの脅しだが魔力を込めて言い放つ。


 本当にそんなことをするつもりはない。


 しかし犬達には戦慄が走った。


 本能が俺に逆らった先の末路を報せたのだろう。


「はっ! 仰せのままに!

 我々はこれより各地に散ります! 我らが長よ!」


「いや、長にはならんて」


「で、では我々はどうすれば……」


「お前がこの群れの副リーダーだったのか?」


「私もヘルハウンドです。

 あのヘルハウンドに負けて群れに加わりました」


「ならば今日からはお前が長だ」


「はっ! 拝命致しました!」


 周囲の犬たちは「おぉっ!」と声を漏らす。


 やれやれ、これでクレアの

 『怖い』ものは排除した。


 さて、クレアが気づく前に帰らないと。


「お待ちになってください! 一体どちらへ!?」


「ん?帰る」


「左様ですか。……わかりました!

 この度は誠にありがとうございました!」


「ん? 俺はお前達の『長』を殺した男だぞ?

 恨まれはしても仕方ないが、感謝をするのか?」


「奴に従っていたのは奴に

 逆らうことが出来る者がいなかったからです。

 あのまま奴に従い続ければ

 私達はいつか滅んでいたでしょう。

 雌も子らも全てが……」


 その辺はちゃんとわかっていたのか。


 まぁ、人狼もそうだが群れの長たるものは

 力あるものっていうのが原則だからな。


 仕方がないと言えばそれまでだが。


「この命をお救い頂いたのは紛れもなき事実!

 例え、我らの長とならずともこのご恩は

 生涯忘れません。

 お許し頂けるのでしたら……。

 何かご恩を返させていただく機会を

 お与えください!

 我々の微力である力ですが、

 好きに使っていただいても構いません!」


 なんだかちょっと面倒なことになったな。


 だが無下にするのもちょっとな……。


 クールキャラだ失敗したことがあるんだ。


 これからは社交的に

 ことを運んで行くべきなのだろう。


 出来るだけは……。


「……仕方ない。そこまで言うなら何かあれば

 頼らせて貰おう。ただし条件がある」


「じょ、条件とは?」


「ひとつはお前達は各地に散れ。

 そしてそこでちゃんと暮らすんだ。

 これは決定事項だ」


 こんな数の野犬が近くいたらまた事件になる。


 いや、今の正確な数の野犬がいると分かれば

 もっと大きな事件に。


「数匹だけ残ることを許す。

 明日には野犬討伐で冒険者が来るだろうから

 その間は離れているといい。

 その群れのリーダーと全体の総括を

 お前がやってくれ」


「はっ!」


「もし人間と出会ったなら、

 人間には友好的に接しろ。

 ただし相手は選べ。

 盗賊とかヤバそうなのはスルーだ」


「そ、それはどのように見分ければ……」


 あー、犬には見分けつかないかー。


 実際、正体隠してたりしたらわからないだろうし。


 うーん。どうしたものか……。


 あ、そうだ!


「人間の子供だ」


「子供……ですか?」


「そうだ。子供と子供を連れた親子。

 それらには友好に。

 それ以外は各自の判断に任せる。

 判断と言っても害を与えるのは禁止だ。

 友好的に接しないならスルーしろ」


 俺の場合はこれでクレアと

 仲良くなったんだからな。


 あながち間違ってはいないだろ。


「承りました」


「あと困りごとなどあれば俺に声を掛けろ、

 人目に触れないようにな。

 絶対にバレるなよ。絶対だぞ!」


「はっ!」


 大事なことなので二回言いました。


 クレア達にバレたらマズいかもしれないしな。


「そして俺の生活の邪魔をするな。

 これが一番重要だ! わかったな!」


「かしこまりました!

 では早速、各地に散る群れの振り分けと

 この地に残る犬選を行います」


「よろしい。では帰るからな。後は任せたぞ」


「お待ちください!我々は貴方を

 なんとお呼びすれば宜しいでしょか?」


「あ? ウルフだ」


「ウルフ、様……。それではウルフ様!

 これよりご用あればこの地にいる我らに

 お声かけくださいませ!

 各地に散った者らもきっと力になります!」


 各地に散った野犬の情報網か……。


 もしかしたら何か役に立つかもしれん。


 たまに抜け出して様子を見に来てやるか。


 俺は来た道を戻り、

 寝ているクレアのベッドに潜り込む。


「う~ん……? ウルぅ? どこか行ってたのぉ?」


「クゥ~ン」

(ごめんな、ちょっと野暮用で。)


「いいよぉ。ちゃんと戻って来てくれたならぁ。

 でもぉ、危険なことはしちゃ……」


 また寝てしまった。


 寝ぼけていたのか?


 なんか言葉が通じていたような。


 たまにクレアはこんな感じで、

 こちらの言葉を理解しているようなことを言う。


 これが飼い主と犬の絆の力なのだろうか。


 絆か……。


 最初は機会を見てここを

 出て行くつもりだったんだけどな。


 もう10年も長居してしまった。


 ……俺はこの子をこれからも守る。


 彼女は俺よりも先に旅立ってしまうだろう。


 人狼と人間では生きる時間が違う。


 それでも彼女の最後のその日まで

 俺が守って見せる。


 ただ彼女を失うのは嫌だから。


 そう思うから。




「クレアー! おっはよー!」


「マリア。今日も元気だね」


「それが私の売りだからね! それより聞いた?」


「何を?」


「一昨日、話してた野犬討伐の話。

 なんか野犬が急にいなくなったんですって」


「へぇー、何があったのかな?」


「んー、なんか群れのリーダーがいなくなって

 群れが崩壊したっとかなんとか」


「そうなんだ、でも良かった。犬が殺されなくって」


「えっ!?犬の方?」


「だって野犬だって皆が皆、

 悪い犬ばかりではないはずだもの」


 その言葉を聞いてあのときの台詞が頭に浮かんだ。


『そっか。ちょっと怖いね……』


 もしかしてあの言葉は犬たちを思っての

 言葉だったのか?


 だとしたら俺はちゃんと、

 クレアの言葉を汲むこと出来ていなかった。


 これは反省しなくてはな……。


 ふむ! とりあえず今日は

 帰ったら出来るだけ逃げずになで回されてやろう!


「確かにね。それに犬を飼ってる人からすれば

 可愛そうに感じる事件だったのかも。

 まっ! 何はもとあれ、これで安心だね!」


「うん。でも何かあればウルが助けてくれたから

 心配はしてなかったよ」


 おっと!


 急に来るのはやめてください。


 可愛くて心臓止まっちゃうよ?


「えぇ……。

 クレアはウルフをなんだと思ってるの?」


「……王子様?」


 王子様?


 王冠を被って、マントをたなびかせ、

 白馬に乗った自分を想像する。


 白馬に乗った犬。


 クレアの頭の中で

 俺はどうなっているのだろう……。


「ウルフは犬だよ……。

 あんまり大きな期待を寄せちゃうと

 逆に可愛そうだよ」


 大丈夫よマリア。もう慣れた。


「だって! 私が小さい頃……」


「それはもう百万回くらい聞いてるから!」


「何回話しても話足りないよー!」


「やっぱりヘルハウンドがいたか。

 野犬の群れが急にでかくなったから

 いるとは思っていたが……」


「ですねぇ。せっかくの儲けになる仕事がぁ」


「バカ!そこじゃねぇよ!

 そのヘルハウンドを『誰が倒したのか』だ!」


「ヘルハウンドを?」


「お前、ヘルハウンドの遺体は見なかったのか?

 ありゃ普通の冒険者程度では

 どうにもならんかったぞ。

 下手したら全滅も有り得たかもしれん」


「ま、マジっすか……」


「お前、犬の魔物だと思って甘く見ていたのか?

 しかも、そいつのやられ方も普通じゃない」


「ああ、確かぁ頭が地面に埋まってたって」


「埋まっていたなんて冗談みたいな感じだが、

 実際埋まっていたのは半分もない。

 あとは潰れていた。

 埋まってたというよりも強く叩きつけられて

 地面に押し込まれたような状態だ。

 顔を潰されながら……」


「え、エグいですね……」


「しかも身体には一切傷がついてねぇ。

 一発で脳天をぐしゃり。ただもんじゃねぇな」


「どこか通りすがりの腕利き冒険者……とか?」


「アホ! あんなとこを通りすがる冒険者が

 どこにいるんだよ!

 相手は多分、魔獣か……魔族の可能性もあるな」


「魔獣って……特級冒険者じゃないと

 討伐依頼を受けられないっていうあれですよね?

 それに魔族って休戦中でしょ?

 勝手にこちらに来ることなんて……」


「あんな険しい山の奥、

 俺たちは仕事だからなんとかたどり着いたが。

 あそこに行くまで獣以外が通った形跡はなかった。

 とにかく、やったのはほぼ間違いなく

 獣型の何かだ」


「そ、それヤバくないですか?」


「ああ……だから今、特級冒険者が何組か

 探索依頼で山に入っている。

 ことがことだからな。

 街ではなく国からの依頼だ」


「……最近少しおかしくないですか?

 魔物討伐の依頼が増えたり、

 魔獣討伐の依頼も……」


「まあ、何かは起こっているんだろうよ。

 アッチの連中が何かやっているかもしれないな」


「アッチって……魔族支配圏ですか?」


「休戦になってもう50年は立つがな。

 あいつらの寿命は長い。

 こちらの警戒が薄くなってから

 急襲するつもりじゃないかって

 言われているからな。そろそろ……か?」


「うへぇ~。魔族かぁ~。会いたくないな~」


「情けねえ声出すな!

 冒険者だろ! シャキッとしろい!」


「だってぇ~。戦争になったら冒険者なんて

 真っ先に徴兵されるのにぃ~」


「悪かったって! 脅かしすぎたな。

 実際のことは何にもわかってないんだ。

 もしかしたらあのヘルハウンドも

 そこら辺の飼い犬にやられたのかもしれないぞ?」


「そんなわけがないじゃないですかぁ~!」


 ……あった。

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