21:祭りの終わり

「あ、あのぉ、どこか行ってしまうんですか?」


「あぁ、人を探していてな」


「それじゃぁ、私もお手伝いしましょうか!

 私も友人を探さないといけないので!」


 マリアの気持ちは嬉しいが、

 俺と彼女の探しているのはクレアで同一人物だ。


 クレアとの接触を極力避けるのなら

 一緒に行動するのは控えるべきなんだろう。


「いや、気持ちは嬉しいが……」


「あ、もしかして……女性の方なんですか?」


 心なしか表情が暗くなったような。


「そうだな」


 その言葉でより暗くなった。

 ……気がする。


「『彼女』さん……ですか?」


「いや、違う。彼女はいない。」


「そうなんですね!良かったです!」


 次は明るく蔓延の笑みに。

 何が良いのかはよくわからないが、

 何かお気に召していただいたようだ。


「そうだな、彼女は俺の……一応、

 保護者になるのかな」


 飼い主なのだからこの言葉が適切だろう。


「あ、お母様ですか!」


「それは違うな。

 妹のような、娘のような、そんな感じか?」


 クレアはどうしたって、

 母親という感覚にはならない。

 妹か娘が適切だろう。


「保護者で妹か娘……複雑な家庭環境なんですね。」


 確かに。

 人間のソフィアさんとクレア、

 さらに妖狐のキュウビ、そして人狼の俺。


 複雑といえば複雑ではあるな。


「まぁ、そんなところだ」


「しかし彼女を探すのに俺と君がふたりで、

 一緒にいるところを見られると少しマズいんだ」


「あ、そうですか。いえ、大丈夫です!

 ……その人、シリウスさんを

 大事に思っているんですね。

 私の友達もそんな感じの子がいるのでわかります。

 その子の場合は大事に思っている犬が他の女の子に

 触れられることを嫌がっていて……。

 ああ、私は平気みたいなんですけど」


「そんな子がいるのか……」


 ほうほう。

 マリアの友達に俺たち以外で

 犬を飼っている子がいたのか。

 全然知らなかった。

 けど犬を触られたくらいで嫉妬するなんて相当、

 可愛がっているんだな。

 それはそれでそっちの飼い犬生活は大変そうだ。


 おっと、早くクレアを探さねば。

 そろそろ行くか。


「では……」


「あ、あのぉ! また……逢えますか?」


「……あぁ、きっと」


 てかほぼ毎日会ってるからな。

 そんなことまでは言えないけど……。


 マリアと別れた俺は、

 次に有名歌手がステージを

 やっているという場所に向かった。


 どこなんだ! クレア!


 鼻が効かないというのは

 これほどまでに不便だっただろうか?

 知らず知らずの間に

 すっかりあることが当たり前になっていた。


 ステージの近くまでやって来た。

 大した盛り上がりだ。


 なんというか元の世界のフェスや

 野外ライブが浮かんでくる。

 そんな感じだ。


 ただやはり人が多い。

 これでは探すどころでは……


 ん? 一瞬、クレアの『匂い』がしたような……。


 少し回復した鼻が感知したのか、

 後方からクレアのらしい魔力を

 捉えたような気がする。


 俺は祈りにも近い感情を持って振り向いた。


 クレアだ! 見つけた!

 ……ただ、真後ろにいた。

 クレアの方も急に前の男が振り向いてくるとは

 思っていなかったようで面食らっている。


「…………ウル?」


 ま、マズい!

 やはりクレアとの接触だけは避けるべきだった。

 こ、こ、このままでは! ここは一度撤退してーー


「あ、すみません! 全然、人違いなんです。

 ごめんなさい」


 これは……バレてはいない?


「なんだか貴方が私の大事な人に、

 雰囲気とかがそっくりだったので……つい」


 多分それは『人』ではないよね?

 『犬』だよね?

 一応、気を使ったのかな?


 途もあれ、とりあえずミッションコンプリートだ。

 あとはここを立ち去って、再び合流すればいい。


「君は友人と待ち合わせしていなかったか?」


「え? そ、そうですけど……」


「噴水のあるところで君を探しているようだった。

 行ってあげるといい」


「あ、ありがとうございます」


 よし!これでマリアとも合流出来るな。


「では俺は急いでいるので、これで」


「あっ……」


 これでいい。

 この姿で会うクレアも新鮮ではあったが

 魔力を感知されたら困る。


 俺はまた路地裏の人の目がないところで

 姿を狼に戻し、

 クレアが移動しているはずの道に向かった。


 クレアを視界に捉えた。

 マリアもいる。

 どうやら無事に合流出来たようだ。


「あ、ウル~! 良かったぁ!

 会いたかったよぉ!」


 まぁ、さっき会ってたけどな。


「ウルフも大変だったみたいね」


 ふむ、マリアもな!


「これでやっと皆揃ったねぇ!」


「元々の時間より結構過ぎちゃったけど、

 これから挽回して楽しむぞぉ!」


「オォー!」


 ふたりともはしゃいで……

 こういうところはまだまだ子供だな。

 いつまで経っても変わらない。

 こういう何気ない日常を感じる瞬間に

 ふと幸福感を感じてしまう。


 だが奴の計画は恐らく着々と進んでいるのだろう。


 この平穏を壊そうとする奴だけは放置出来ない。


 絶対に何とかしないと……。


「ウルぅ! お肉あるよー!」


「ワゥーン!」

(ひとつ、いただこうか!)




夕暮れ時ーー


 私たちは村を一通り回って、噴水前に戻って来た。


「今日は楽しかったわねぇ」


「うん! ウルってば

 『スケルトン風骨付き骨』に夢中になっちゃって

 ……可愛いっ!」


☆商品紹介☆

 『スケルトン風骨付き骨』

 魔物のスケルトンの骨を模した犬用おやつ兼玩具。

 動物の骨の上にカルシウム分たっぷりの

 コーティング食材を使用。

 犬まっしぐらな逸品。


「私たちも今年で学校を卒業だからねぇ。

 学生としての最後のお祭りも、

 クレアと来ることが出来て良かったぁ」


「うん! 私も楽しかった。

 最初はウルとはぐれちゃって

 どうしようかと焦っちゃったけど」


「ホント、今年はイレギュラーが多かったねぇ」


「うん。そうだねぇ」


「……ところで、さぁ」


「うん? どうしたの?」


「その、私、好きな人が出来たかも」


「えっ! ホント!? 誰っ! 誰なの!?」


「うっ! クレアがウルフのこと以外で

 こんなに食い付くのは珍しいねぇ……」


「だって親友のコイバナだよ!

 食い付かない訳ないじゃない!

 で、誰なの? 私の知ってる人!?」


「えっと……多分、知らない人……かな?

 今日、クレアを待っている間に

 助けてもらって……」


「あ、その人ってもしかしてグレーの髪の」


「えぇっ! 知ってる人なの?」


「あー、私がまだマリアと合流する前に

 マリアがまだここにいるって教えてくれた人だよ」


「そ、そうなんだ。

 ……知らない間にまた助けられてたんだ」


「マリアが珍しく『乙女の顔』をしている。

 なんだか新鮮」


「や、やめてようっ!」


「名前は聞いたの? どこの人?」


「名前は『シリウス』さんって、どこの人かは……」


「えっ! それじゃあ、

 また会えるのかもわからないの?」


「私もちょっと動揺していて、そこまでは……」


「……そっかぁ」


「でも、『きっと』また会えるって

 言ってくれたし……」


「その日が来るのを待つしかないんだねぇ」


「うん……。それで、どうだった? クレアは……」


「ん? 私?」


「その、クレアから見てあの人はどう見えた?」


「うーん、なんていうかぁ。

 ウルに似てるって思った」


「えっ! ウルにっ!!」


「なんでそんなに驚くの?」


「いや、だってぇ……もしかして、

 クレアもその人のこと好きになっちゃったり……」


「…………」


「何か言って! クレア! 何か言ってよぉ!」


「あ、ごめんね。そんなんじゃなくて……」


「……だって、クレアがライバルになっちゃったら

 私に勝ち目なんてなくなっちゃうじゃない……」


「なんで? マリア、綺麗だし可愛いし、

 人気者だし、勉強も出来るし、貴族令嬢でしょ?

 私が勝てる要素なんてないでしょ?」


「……クレアのそういうとこ、

 直した方がいいと思う」


「私、何か変なこと言った!?」


「……でも、ウルフに似てるってどこが?」


「え? 髪の色とか目付きとか……。

 あと雰囲気もそっくりだったねぇ」


「髪の色、目付き……」


 骨にかぶりついてはしゃいでいるウルフを見る。

 『あの人』とウルフが?


「ねぇ! そっくりじゃない!?」


「あっ……」


 確かに髪の色も目付きもそれらしい。

 もしかして私が彼に安心感を感じたのは

 それが原因かもしれない。


「あー、私もまたその人に会いたいなぁ。

 上手くいったら紹介してね!」


「……クレアには紹介しない!」


「なんで! 親友なのに! マリアぁ!」


「だから! クレアはダメなんだってぇ!」


 日もだいぶ降りてきた。

 辺りも薄暗くなってきている。


「もう少ししたら帰ろっか」


「そうだねぇ。

 面白いものまだあるかなぁ。

 ウルぅ! 行くよー!」


「ワウ!」

(おけ!)


 まさか自分に今日、

 好きな人が出来るなんて想像もしていなかった。


 あの人に次に会えるのは、いつになるのだろう。

 本当に会えるのだろうか。

 そういう不安はある。


 でもクレアが一緒にいてくれるから私は大丈夫だ。

 これからも彼女と楽しく過ごしていこう。

 そうしたら彼とまた再開するまでも

 直ぐに感じてしまうはずだ。

 今は彼女と過ごせるこの学生という時間を

 大切にしたい。


 心からそう思える。


「あ! クレア! 『スライム飴』だってぇ」


☆商品紹介☆

『スライム飴』

魔物のスライムのようなプルプルぷにぷにした飴。

最近、販売を開始し貴族の子供たちに人気がある。


「うわぁ! ホントだ。

 ぷにぷにした飴なんて変なの。美味しいのかな?」


「ハハハ、でもウルフなら食べそうじゃない?」


「えー、ウルは私だけ舐めてればいいよ」


「……クレア。そういうとこも。気をつけよ?」

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