18:特製紅茶

「えっ? ブラドを探すのやめるの!?」


(別にやめる訳ではない。

 ただ、今はクレアの元を離れると

 替え玉がバレてしまう可能性が高い。

 何か別の方法が見付けるまでは、

 俺がここを離れるのは控えた方がいい。)


 昨日の夜のことを気にしているのだろう。

 昨晩のふたりの様子を見てしまっている私としては

 ちょっと複雑な心境だ。


「確かにあなたの言う通り、

 クレアが魔力で私達を判別できるなら、

 今後は誤魔化すのが難しくなるわね。

 でも、本当にいいの?

 ブラドを放置すればいつかは……」


(わかっている。

 このままでは遅かれ早かれクレア達にも

 危険が訪れる恐れがある。

 何かしら方法は考えるさ)


「……わかったわ。

 ならブラド捜索の方には私が参加するわ」


(お前が?)


 彼が少し意外そうな顔をする。


「私が入れ替わっていた時には、

 クレアも不信に感じてはいなかったんでしょ?

 私の人形の方はあなたの魔力に合わせて

 作り直すから問題ないわ」


 彼の話だと、私の人形が

 彼の魔力で動いていたことには、

 感覚的に気付いたものの、そのこと自体には

 大して気にしている節はなかったという。

 ……むしろ喜んでしまって

 私の人形があんな無惨な姿に。


(んー、まあ、そうかもな。宜しく頼む)


「元々、『天魔八将』には

 ブラド捜索の命が降りているんだから、

 あなたに頼まれる様なことではないわ。

 ……何か解ったら教えてあげるわよ」


(ああ……)


 やはり昨日の件がかなり堪えているようね。

 でもこれはチャンスかもしれないわ!

 これで私がブラドの決定的な手掛かりを

 見つけられれば彼の好感度はうなぎ登り!


 更に!巧くことを運んで、

 私がブラドを見つけて倒すことが出来れば……。


『流石はキュウビだ。

 よくブラドを倒してくれた。

 好きだ。結婚しよう』


 キャー!!

 で、でもいきなり結婚だなんてぇ、

 まずはお互いのことをもっと

 良く知ってからじゃないとぉ。

 えっ!

 ひとつ屋根の下で暮らしていたんだから

 問題ないって!?

 あぁ、そんなダメよぉ!

 こんなところでぇ!

 クレアにバレちゃうぅ!

 バレちゃうわよぉーー


「……んふ、ふふふふふ」


(ん?)


☆キュウビの豆知識☆

 ここに来てからキュウビの

 『アホ』はかなり進行しているぞ!

 ※皆もこうならない様に気を付けよう!




 ブラド捜索の方は一時的にやめた。

 とりあえずはキュウビ達、

 『天魔八将』に任せるとしよう。

 またクレアにあんな顔をさせるのはゴメンだ。

 だが、アイツはいつか必ず俺の前に再び現れる。

 そのせいでクレアやソフィアさん、

 マリア達を巻き込む訳にはいかない。

 早めにどうするか考えないと……。


「ウルぅ? 部屋にいるのぉ?」


 ん? どうしたんだ、クレア?


「あ、いた! ん? 何か難しい顔してるねぇ。」


 こういうところもクレアは意外と敏感だ。

 犬の表情を読み取るとかパネェっす。

 ※狼です。


「ま、いっか! ところでぇ、

 今日は何の日か覚えてる?」


 もしや!? こ、こ、これは!

 噂の『男女の記念日試験』!


 男は記念日を忘れ易く、女はそれを覚えている。


 そしてその日を覚えていないが最後!


 しばらくはそれを引きづられ、

 『どうせ貴方に取って、

 私はその程度の存在なんでしょ?』

 と責められ続けるという、あのっ!


 ぶっちゃけマジでめんどくさい。

 そんな細かい日までいちいち覚えてないって……。

 と、誰かも言っていた!


※発生する事象には個人差があります。

 作者の個人的経験や感想とは一切関係ありません。

 一切!関係ありません!!

 ……大事なことなので二回いいました。



 ま、マズい。非常にマズいぞ。

 今日が何の日か、だって?


 ……何の日だよ! 全く覚えがないぞ!


 クレアの誕生日?

 違う、その日までまだ日がある。


 俺とクレアの出会った日記念?

 それは少し前に祝った。


 俺とクレアが初めて一緒にお風呂に入った日記念?

 これはまだまだ先だ!


 なんだ! 何の日なんだぁ!


「あれぇ、その顔は覚えてないなぁ」


 ち、違うんだ、クレア!

 今はちょっと急だったから

 動揺してしまっているだけなんだ!

 今思い出す!思い出すから!


「しょうがないなぁ、じゃあ教えてあげる!

 今日はねぇ……お祭りだよぉ!」


 へ?『お祭り』?


 そういえば少し前に言っていたな。

 外が騒がしいと思っていたが、

 そうか、今日だったのか。

 もうそんな時期になったのか。


 今日はこの村で毎年行われる祭りの日だった。


 この日ばかりは他の村や町から人が集まり、

 村は人で埋め尽くされる。


 ソフィアさんも毎年、

 雑貨屋の前で飲み物を売っている。

 ソフィアさん特製の冷やした紅茶だ。

 毎年、飛ぶように売れるが問題がひとつ。


 ソフィアさんは料理が得意なのだが、

 何故かその紅茶だけは……だいぶ控え目に言って、

 クッソ不味くていっそ殺してくれと

 思うほどの苦痛を味わうことになる。

 それも毎年、パワーアップしている。


 あの紅茶を飲ませれば、

 悠久の眠りに着いているドラゴンであっても

 一瞬で目を覚ましのたうち回ることだろう。


 しかし何故かソフィアさんは、

 その紅茶に意味のわからない自身を

 持っているのだ。


 だが、この村はもちろん、

 他の町村にも存在すると言われている

 ソフィアさんのファン達が

 それを見逃すはずがない。


 ソフィアさんが淹れた紅茶を

 ソフィアさんの手から貰う。

 ただそれだけのためにこぞって人が集まる。

 彼らはそれを毎年飲み干すのだ。


 俺はこの日だけは彼らを『勇者』と呼んでいる。


 そして祭りで村に来た者も

 ソフィアさんを見かけて更にファンが増えていく。


 毎年どんどん人が増えていき、

 『勇者』(犠牲者)も増えて行く。


 だが『勇者』達は、

 悶えながらもどこか満足げな表情を見せる。


 男とは、なんとも愚かな生き物なのだろう……。


「今年もマリアと一緒に遊びに行くんだよぉ。

 もちろん、ウルも一緒だよ!」


 毎年、この日はマリアと村を回っている。


 ウチだけではなく、他の店も

 普段は扱わないようなものを売っているので

 それを回るのだ。


「今年もいっぱい楽しもうね! ウル!」


 昨日のあの事があり、

 心配だったが今はもう大丈夫そうだ。


 彼女の笑顔を見て安心する。


「ワフ!」

(一緒に楽しもう!)


 クレアの準備が終わり、家を出ようとすると

 ソフィアさんがちょうど『アレ』を準備していた。


「あ、クレア。もう出るの? ちょうど良かった。

 今、紅茶を冷やし終わったから

 一杯だけ飲んでいく?」


「あっ、いいの? ありがとう、お母さん!」


 クレアはソフィアさんから紅茶を受け取ると、

 それを一気に飲み干した。


「ゴクッ、ゴクッ、んー!

 やっぱりこの紅茶美味しいね!」


 ……なんでだよ。


 当然、ソフィアさんもクレアも

 毎年、味見をしている。


 なのに何故かふたりには『アレ』が

 美味しいと感じるらしい。


 加えて言うが、ふたりとも料理が得意だ。

 味覚音痴という訳ではない。


 なのに何故!


 あ、これを七不思議のひとつに加えよう。


☆ソフィアの雑貨屋の七不思議☆

・ソフィアさんの年齢

・何故か武器や防具を売っている

・おそろしく危険な特製紅茶(新)

他、未定。随時更新。


 材料や作り方は普通なはずなのに何故だ?


「毎年、どんどん美味しくなってるんじゃない?

 これならどんなお客さんもイチコロだよ!」


 うん、確かにイチコロだろうな。

 違う意味で……。


「そうね、『あの人』もこの紅茶が好きで

 『美味しい、美味しい』って、

 何杯もおかわりしていたっけ。

 私も『あの人』の喜ぶ顔が見たくて

 もっと美味しく淹れられるように頑張っちゃった。

 今の紅茶を『あの人』にも

 飲んでもらいたかったわ……」


「お母さん……」


 その男……正気か?


 『あの人』というのは間違いなく

 クレアの父親のことだろう。


 しかし、『アレ』を飲んだ者にしか

 わからないだろうが、

 『アレ』は飲んだ者に美味しいなんて

 言葉を発する余裕なんて与えない。

 その味に普通なら奇声をあげて然るべきであり、

 どれ程頑張っても声を失うのが精一杯なのだ。


 ならばその父親も彼女達と

 同じ種類の人間なのだろう。


 良く考えると、その男が『アレ』を

 『美味しい』とさえ言わなければ、

 ここまで仕上がりにならなかったんじゃないか?


 とすれば、元凶はその父親だと言える。


 もしあの世で会うことになったならば、

 俺はそいつに説教をしてやらねばならない。


 クレアをこの世に降臨させた功績は

 賞賛に値するが、それとこれとは別だ。


 ちなみに俺は最初の一回しか飲んでいない。

 あの時は、この世界始まって以来のピンチだった。

 それからは一滴も口にしていない。


 俺は毎年、『匂い』で確認するのだが

 特におかしなものは入っていないようだ。


 今年はまだ嗅いでいなかったので、

 今、クレアが飲み終えた紙カップを嗅いでみる。


「キャッ! キャウーン!!」

(っ! うぎゃぁぁぁっ!

 目がぁ! 目がぁー!!)


 紅茶の香りがした瞬間、

 目に強烈な刺激を感じた。


 たまらずに鳴き声をあげて、

 その場でのたうち回る。


「どうしたの!? ウル!!」


「あらあら、大変。どうしたのかしら?」


 これはマズい!

 まさかこれ程までの進化を遂げているとは……。


 今年こそは死人が出るかもしれない……。


 仕方がない。

 その時は俺が対処しよう。


 俺が全てを闇に葬る……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る