19:待ち合わせ

 少し俺の回復を待って、

 再びマリアとの待ち合わせ場所へ向かった。


 あの紅茶の凄いところは、

 全く後に残らないことだった。

 だが、今年の紅茶は違った。


 全く鼻が聞かない。


 嗅覚はあるのだが魔力を感じる能力が死んでいる。


 時間が立ったらちゃんと戻るよね? ……これ。


「す、凄い人の数だねぇ。

 いつもより多いかもぉ……」


 確かに。マズいな……。


 これまでは祭りで迷ってもいつも『匂い』で

 クレアを探すことが出来たが今はそれが出来ない。


 迷わないようにピッタリ着いていないと。


 俺は歩きながらクレアに体を寄せる。


「きゃっ! もう、ウル!

 変なところを触らないでよぉ。

 ……家に帰ってから、ね?」


「クゥーン」

(あ、悪い)


 人混みを気にしていて

 どこに触れたがわからないのだが……。

 少し頬が赤い……だが、

 それほど嫌な顔はしていないので大丈夫だろ。

 

 うん、きっとそうだ。


 俺達は人混みを掻き分けながら

 待ち合わせ場所へ進む。


 しっかし、本当に多いな。

 何かあるのか?


「歌手のセッカが来てるらしいぞ!」


「都で今、話題の歌手だろなんだろ!?」


「俺は彼女を見るために船で3日掛けてきたんだ」


「早く彼女の歌が聞きたいなぁ。

 都で初めて見たときからずっとファンなんだ!」


 どうやら有名人が来ているらしい。

 なるほど、だからいつもより人が多いのか。

 不意に俺の尾を誰かに踏まれた。


「キャィンッ!」

(痛ったっ!)


 誰だ今、俺のフサフサの自慢のしっぽを

 踏んだのは!


 振り返るが人が多すぎてわからない。


「えっ? ウル?」


 しまった!


 気付くとクレアが人混みに流され、

 いつの間にか離れてしまっていた。


「ウル~、どこ~」


 すぐに追い付かないと!


「おい! セッカの歌が始まるぞ! みんな急げ!」


 人混みの流れが急に早くなった……。


「ウ~ル~!」


 クレア~!


 先ほどまでの人混みは消え去り、

 すでに別の人混みに変わってしまった。


 ……どうしよう。


 マズいことになった。

 クレアとはぐれてしまった……。

 マリアとの待ち合わせ場所は聞いていないし、

 どうしたら……。


 こうしている間にも

 クレアが泣いているかも知れない!


『ウルがいない! うわ~ん!』


☆ウルフの豆知識☆

 ウルフの中ではクレアは

 5歳の時から変わっていないと

 思っているところがあるぞ!


 早く探さないといけないが、

 肝心の『匂い』がわからない。


 それにこの姿では人の足元しか見えなくて

 探しづらい。


 ……仕方がない。


 俺は人混みから離れ、狭い路地に入った。

 人がいないことを確認し、人の姿に変わった。


 これなら人混みでも多少は探しやすくなる。


 クレアを見つけたら、また姿を変えて合流しよう。


 待っていろ! クレア!



村の噴水前ーー


 クレアがこない……。


 約束の時間帯になってしばらく発つ。

 だけど周囲には親友らしい姿は見当たらない。


「まだ来てない……か。何かあったのかしら……?」


 こうやって周囲を何度見渡したことか。

 彼女は理由もなく約束を

 すっぽかすなんていうことはしない子だ。


 ならこうしてここにいないのには

 きっと理由がある。


 ではその理由を少し考えて見よう。


・ウルフがケガをした。

・ウルフが病気になった。

・ウルフがーー


 やめよう。


 ウルフが絡んでいたら

 どれもあり得る理由になってしまう。


 実際に可能性が高いのは『この人混みに流された』

 と、いうのが現状において最も有力だろう。


 今年は特に人が多い。


 この辺はまだ空いている方だが、

 有名歌手のステージは

 あり得ないほどの人がいた。


 だけどこの場に待っているだけというのは

 性にあわない。

 とりあえず、ステージの近くの方まで

 行ってみよう!

 クレアの家からならそこを通るはずだ。


 私は腰かけていた噴水の縁から

 勢いよく立ち上がりステージの方へ向かう!

 ……はずだった。


「ふにゃっ!」


 立ち上がった瞬間、いきなり何かぶつかった。

 つい辺な声をあげてしまった。

 私は反動で背中から噴水の方へ倒れ込む。


 あ、水に落ちる。


 私は濡れることを覚悟し身構えた。

 が、一向に噴水の方へ着水しない。


 恐る恐る目を開いてみるとそこには、

 男の人の顔があった。


 日の光で銀色にも写るグレーの髪、

 顔立ちも整っている。

 鋭い目付きなのだが何故か

 そんなに恐くは見えない。


 なんで男の人の顔がこんなに近くに?

 それにこの人……なんだろうこの感じ?


 不思議な感覚を覚え、戸惑ってしまう。


「あー……大丈夫、か?」


 その人に声を掛けられて私はやっと

 自分の状況を把握することが出来た。


 私の身体は彼に支えられて倒れていなかった。

 彼が腰に手を回して、

 倒れるのを防いでくれたのだ。


 なるほど!だからこんなに

 密着した状態だったのか!

 って……え? 腰に手を?

 身体も密着して、顔もこんなに近い?


 顔の温度が急激に上昇するのが

 触れなくてもわかる。


「だ、だ、だ、だ、だ」


「……『だ』?」


「だ……大丈夫でしゅっ!」


 噛んだ。


 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

 只でさえ恥ずかしかったのに、

 更にこんな……死にたい。


☆マリアの豆知識☆

 マリアは学校やクレアの前では

 隠しているが、男に対して

 全く免疫がないぞ!

 それはもうびっくりするぐらい!


「そうか、な、ならこれで……」


「ま、待ってください!」


 彼は一度、私に背中を向けようとしたが、

 私がそれを声で止めた。


 ん?何言ってるの、私?

 何で今、引き留めたの?

 どういうつもりだった?

 何を言うつもりだった?


 彼は私の言葉を待っているのだろう。

 そのままの姿勢でこちらを見ている。

 とにかく何か言わないと!


「えっと……犬は好きですか?」


「……嫌いじゃないな」


「あ、そうなんですねぇ。

 私の友人も犬を飼っていてぇーー」


 何を言ってるの!? 私!!

 何で「犬」!?

 もっと他に言うことあるでしょぉ!!


「それじゃぁ、これで」


 あっ! 待ってっ!


 そう思ったけど、何を話したいのかも出てこない。


 私は男の人が苦手だ。

 貴族の一人娘として両親から愛情を持って

 大事に育てられたと思う。


 でもその分、男性と交流を持つ機会は少なかった。


 学校では男の子と話さないといけないことも

 多かったけど、話す前に何度も頭の中で

 言葉を繰り返し、バレないように話をしている。

 クレアにだってバレていないはずだ。


 私の性格で男の人が苦手だなんて

 皆に笑われてしまう。

 だから私も必死に隠している。


 何でこんなに男の人が苦手なのだろうかと

 悩んだことも多い。


 私が最終的に出した結論としては、

 『目』だ。私は男の人の『目』が恐い。


 なんだかよくわからない『男』という生き物が

 自分を見ているのが恐かった。


 だから今回のように、

 いきなり話さないといけなくなった時は、

 何を話せばいいのかがわからない。


 彼の背中がどんどん離れて行く。


 彼と離れてすぐに後ろから声を掛けられた。

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