20:ナンパに注意
「やあ! お嬢さん!」
この人も知らない男の人だ。
無駄にキラキラしているのが何か好感を持てない。
「見ていたよ。さっきの彼ぇ、酷いねぇ。
こんなに麗しい女性を一人にするなんて。
僕ならそんなこと絶対にしないのに」
「……べ、別に知り合いではないので」
「え? そうなの? 彼氏じゃないのぉ?」
「か、かれひっ!」
また噛んだ。
「そうなんだぁ! それじゃぁさ!
僕とこのお祭りを回らない?
僕も今日は一人なんだぁ」
『今日は一人』っという言葉が引っ掛かる。
話し方がこういうことに慣れているような、
そんな感じだ。
きっと『今日は一人』でも
ひとりではないことは多いのだろう。
けど私はこんな相手でも上手く話せない。
「あの……私、友達と約束して……」
「えぇー! いーじゃん行こうよ!
あ、その友達も女の子?
それなら一緒に遊んでもいいよ!」
この人の言葉は何か不快に感じる。
「まだ、友達とまだ会えてないから……」
「じゃあ、俺とふたりでいいよ! 行こうよぉ!
来てないんでしょ、その子?
どうせその子も
男と一緒にいるかもしれないしさ!」
その言葉だけは聞き捨てならなかった。
あの子に限ってそんなこと絶対にない!
彼女のことを何も知らないこの男が
あの子を愚弄した……。
あの子を侮辱した様な、
その言葉が、
この男が許せなかった。
「クレアはそんなことっーー」
「……おい」
「なんだよ。邪魔すんーー」
そこには先ほどここを去った彼がいた。
明らかに彼はこの男を威圧している。
「な、なんだよ!」
「……彼女から離れろ」
「は、はぁ? い、意味わかんねえし!」
「……なら教えてやろうか?」
その男は目を泳がせてガチガチになっている。
体格、体型に差があるわけではないが、
出ている凄みで実力差は明確に伝わってくる。
「あ、あー、そ、そ、そういえば買い出しを、
た、頼まれてたんだったー」
震えた声でそう言った男は
逃げるようにこの場から立ち去った。
……良かった。
彼が来てくれなかったら、
どうなっていただろう。
あの時、彼が割って入って来なければ
あの男にキツい言葉を掛けたかもしれない。
あの男に手を上げられていたかもしれない。
そう思うと急に恐くなった。
「そこに座ろう」
彼がそう言って、
噴水の縁に腰を降ろした。
私もその言葉に従って腰を降ろした。
彼は何も話さなかった。
でもまた助けてもらってしまった。
今度こそちゃんとお礼を言わないと!
彼にお礼の言葉を掛けようした時、
気がついた。
視界がボヤけている。
私は涙を流していた。
さっきのことが自分が思っていた以上に
ショックだったこと。
思っていた以上に怖かったこと等が
重なったからなのだろうか。
私は声を出さずに涙を流していた。
その間、彼は何も言わずに
じっと隣に座っていてくれた。
何か気の効いた言葉を
投げ掛けてくれたわけではない。
それでも私はなんだかずっと一緒にいる友人が、
近くに居てくれているような安心感を感じていた。
数分後ーー
「落ち着いたか?」
「はい。もう大丈夫です」
この人にちゃんとお礼を言おう。
ちゃんとお礼を言わないと私はこの先、後悔する。
大丈夫!涙が止まるまでの間、
頭の中で何度も練習したから!
「そ、その!ぶつかってしまって、
その上、二度も助けてもらっちゃって、
すみません!ありがとうございます!」
練習通りとはいかなかったがまずまずだ。
精一杯頑張れた。
「いい、気にするな」
「あの、お、お名前はなんと仰るんですか?」
「名前……か」
「はい、お名前です」
「…………」
「…………」
なんなんだろう? この間は……
もしかして私は失礼なことを聞いたのだろうか!?
初対面の男性に名前を聞くのは一般的には
失礼なことなのだろうか!?
今まで男の人と交友、交流を
持たなかったことの弊害だ。
男女の常識というのがよくわからない。
「……シリウスだ」
彼は少しの間を空けてからちゃんと応えてくれた。
さっきまでの不安は一瞬で
どこかに消えてしまった。
「シリウス……さん」
シリウスさん、シリウスさん、シリウスさん!!
大丈夫! もう覚えたわ!
多分この名前は死ぬまで忘れない。
「友達を待っているのか?」
今度は彼の方から話し掛けてくれた。
「あ、はい。
ここで待ち合わせていたんです。
けどまだ会えてなくて。
もしかしたら人混みに流されたんじゃないかと
思って探しに行こうかと……。」
「そうか……。」
また沈黙する。
私はその場に堪えられなくなって
とにかく何か言わないとと思った。
「も、もしかしたらその子もすっかり
忘れちゃってるのかもしれないですねぇ!
あの子、ちょっと天然なところがあるから!」
自分で口にして
そんなことは絶対にないと思っていた。
確かにクレアは天然なところはあるけれど、
友達との約束まで忘れてしまうことは決してない。
ただこの場に堪えられなく出た言葉だった。
少しでも場が和めばそれでいいだけの言葉、
それだけだった。
でも……
「……でも、そんなことは絶対にないんだろ?」
彼は少し微笑んでいた。
優しく、穏やかに。
これは、ダメだ。
これは反則だ。
ずっと無表情で目付きも鋭いのに、
今の表情はなんだ。
何でそんなに優しそうな顔をするの?
何でそんなことがわかるの?
ひとつだけわかった。
最初からおかしかった。
いつもの私なら最初に彼の顔を見た時に
恐がるのが普通だ。
お礼を言うためでも自分から
咄嗟に声なんて掛けない。
近くにいることすら恐いはずなのに。
でも私は彼の目が恐くなかった。
何でかは判らないけど彼の視線からは
恐怖を感じない。
むしろ、なんだか安心を覚える。
だけど今は動悸が止まらない。
彼の顔が見られない。
多分、間違いないと思う。
この気持ちは抱いたことがないから
自信はないが、きっとそうだ。
これは、これが『恋』なんだ。
まさか先にマリアを見つけることになるとは。
しかも接触までしてしまった。
この姿なので彼女は気づいていないが。
待ち合わせてなら
この噴水前の可能性が高いと思い、
急いでここへ来た。
周囲を見渡しながら歩いていたら
誰かぶつかってしまった。
それがマリアだった。
マリアと長く接触するのも
マズいのでマリアと距離を置き、
少し離れた場所から
しばらく観察するつもりだった。
しかしマリアの周囲の様子がおかしい。
見覚えがある男がマリアに声を掛けている。
あれは一度、クレアに声を掛け、
さらにキュウビにも声を掛けた男。
アイツ……クレアの親友にまで
手を出そうというのか!?
……許せん。
だから俺は魔力を使って威圧してやった。
これでヤツはひと月は震えが止まらないはずだ。
だがヤツは回復速度だけは異常だ。
気を付けておこう。
マリアは涙を流していた。
それは全く想像してはいなかった。
マリアならあの男にビンタの一撃でも
放ちそうだと思っていたから。
いや、これも当然の反応なのだろう。
彼女だって女の子なんだ。
知らない男に声を掛けられて恐かったに違いない。
彼女を座らせて、落ち着くのを待った。
その間の周囲の視線が痛かった。
『うわ、あんな綺麗な子を泣かせてるよ!』
『あの子、可愛そう。きっと男はろくな男じゃない』
『あ、クズだ。クズがここにいます!』
『きっと遊びで、邪魔になったから
捨てようとしているんだろ?……最低だな』
ひそひそと聞こえてくる言葉に
ダメージを受けながら耐える。
俺に出来るのは黙って俯いて、
時間が過ぎるのを待つことだけだ。
しばらくしてマリアの涙が止まった。
クレアはまだ現れていない。
そろそろ捜索を再開しようと思ったら
マリアに声を掛けられた。
名前を聞かれたが、危なかった。
もう少しで咄嗟に『ウルフ』と応えるところだった。
その言葉を飲み込んで、考える。
当然『ウルフ』と応える訳にはいかない。
でもマリアに嘘を言うのは少し気が引ける。
必死に考えた結果、古い名前の『シリウス』を名乗った。
これなら嘘にはならない。
ただの言い訳だが。
引き続き、彼女と話しながら
クレアが来ないか探していると、
彼女がおかしなことを言った。
それは絶対に彼女が心に思っていない言葉だと
わかっていた。
俺に気を使ったんだろう。
でもそれが嬉しい様な、可笑しい様な感覚で
つい笑みを溢してしまった。
マリアも話題が尽きたのか俯いてしまった。
さて、そろそろ場所を変えて
クレアを探しに行くか。
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