26:プレゼント

「なんだ……あれは……」


 一見すると岩場のようだが、『匂い』で解った。

 アレの下には岩に擬態している生き物がいる。


 まだこちらには気付いていないようだ。


「魔物か?」


 見たところ巨大な蛇の魔物のようだ。

 鱗が岩の様にゴツゴツしてじっとしていると

 本当に岩の塊のようだ。


 花はアレの頭に咲いている。


 アレに気づかれずに花を摘むのは難しそうだ。


 ならやることはひとつだ。


「仕方ない。

 クレアにあの花をプレゼントするためだ。

 覚悟してもらうぞ、魔物」


 俺は人の姿に変わった。

 相手はあの巨体だ。

 狼の姿でも勝てただろうが

 衝撃や倒れた拍子に花が散ったり、

 潰れたりしてはいけない。


 一瞬で沈黙させる。

 攻撃されたことにも気付かないほど一瞬で。


 俺は『牙』を手にし集中する。


 狙いは奴の頭、花のあるすぐ横。

 奴の頭に『牙』を突き立て、奴を無力化し、

 それと同時に花を採取する。


 これなら奴が一撃で死ななかったとしても

 次の攻撃で遠慮なく倒すことができる。


 攻撃をする際には誤っても

 花を傷付けないよう注意する。


 では、ミッション開始だ!


 立っている岩場から真っ直ぐに奴の頭に飛び、

 着地すると同時に『牙』を突き立てた。


 さらに花を摘み、奴の頭から素早く離れた。


 奴は身動き一つせずに絶命していた。


 どうやら成功したようだ。


 自分でもあまりに一瞬だったので

 達成感などはない。


 だがこれでクレアへのプレゼントが手に入った。


「うむ! では花を……って、えぇっ!!」


 手にしていた花を見て驚いた。


「花が枯れている……」


 あれほど美しく咲いていた花は見る影もなく

 黒く変色してしおしおになっている。


 良く見てみるとどうやらこれは花ではなかった。

 あの蛇の魔物の一部のようだ。


 花の中からは小さな魔石が出てきた。

 これが光る花を演出していたのだろう。


 魔石は魔物などから稀に取れる。


 魔物の魔力を帯びているが、

 その魔力は使い捨てで一度使うと色も魔力も失う。


 おそらくこの魔石で花を輝かせ、

 香りを嗅ぐわせていたのだろう。

 そうして獲物を誘い込み、近づいたものを

 丸のみにしていたのではないだろうか。


 だがこれで俺はクレアに贈る

 プレゼントを失ってしまった。


「そんなぁ……」


 完全な徒労に終わった。


 時期に日が暮れる。


 もう時間切れだ。


 早く帰らないと……。




「あっ! ウル、帰って来てたんだ!」


「……クレア」


「どうかしたの?何だか元気ないよ?」


「いや、何でもない」


 クレアの顔が見るのが辛かった。

 俺は結局、彼女のためにと考えていたプレゼントを

 用意出来きなかった。


「そっか。でも駄目でしょ?

 ちゃんと外に出るときは

 私に直接言ってから行ってね?」


「……あぁ、今度から気を付けるよ」


 俺は所詮その程度の犬なのだ。

 愛する主人のためにプレゼントすら用意出来ない。

 このダメ犬!駄犬!犬畜生!


 家に帰ってからずっと自分で自分を蔑んでいた。


「? それじゃ、ご飯にしよ。

 今日はマリアも来てくれてるんだ。

 一緒にお祝いしてくれるんだって!」


「あぁ……」


 俺は力なく立ち上がりクレアの後に続いた。



「誕生日おめでとう、クレア」


「クレア、おめでとう」


「ありがとう、お母さん。マリア」


 テーブルの上にはケーキが置いてある。

 料理も。

 全てソフィアさんの手料理だろう。

 どれも美味しそうだ。


 いつもの俺なら喜んで然るべきなのだが

 今はそんな気分になれない。


「それじゃぁ、『これ』を」


 ソフィアさんが小さな小箱をクレアに手渡した。


「これは?」


 クレアは受け取った箱の包装を

 綺麗に開いて中身を確認する。


「あなたも16才になったのだから、少しはね」


「わぁ、綺麗」


 中に入っていたのは銀のペンダントだった。

 どうやらロケットのようだ。

 だが見た目にも細工が施されており

 アクセサリーとしても中々のようだ。


「高価なものではないけど」


「ううん! 嬉しい! 大切にするね!」


 クレアは早速、そのペンダントを身につけた。

 ペンダントはクレアに良く似合っているように見える。


「それでは次は私からだね」


 マリアから贈られたプレゼントも

 小箱に入っている。

 先ほどのソフィアさんのものより

 少し小さめの小箱だ。


「マリアからのプレゼントかぁ。なんだろう」


「栞だよ」


 小箱の中からは装飾された栞が出てきた。


「あ、ウルだ!」


 その装飾は一匹の狼をかたどっている。


「でしょ? ウルフにそっくりだったから

 クレアも気に入ると思って」


「うん、可愛い! ありがとう、マリア!」


 二人ともクレアのことを想い、

 選んだものなんだろう。


 そしてクレアもその想いをしっかりと受け止めて

 感謝している。


 その後は食事をし、楽しく会話を楽しんでいた。

 暫くしてマリアの迎えが到着し、

 マリアは帰って行った。


 後片付けはクレアも手伝うと言ったが、

 今日はソフィアさんがすると言うので、

 その言葉に甘えて部屋に戻った。


「はぁ~。楽しかったぁ」


「良かったな、クレア」


 はぁ、渡しづらい。

 一応は代わりのものがあるが

 本当にそれでいいのだろうか。

 ソフィアさんやマリアは彼女を想い、

 用意したプレゼントを渡した。

 だが俺の『それ』は仕方なく

 代わりで用意したものだ。


 そんなものをクレアに渡していいのだろうか?


「ほら! 早く渡しなさいよ!」


 一人うじうじしているとキュウビが見かねて

 俺にペシペシと前足で渡すことを催促する。


「ん? 何を?」


「え? あ……うん」


 俺は仕方なしにベッドの下を少し探る。

 そしてそれをクレアに渡した。


 それはあの魔石だ。


「綺麗な石だねぇ」


 一見は赤く透き通った石だ。


 しかしそれには宝石のような価値はない。


 売れば幾分かの値はつくだろうが、

 使ってしまえばただの石だ。


「その……本当はもっといいものを

 贈るつもりだったんだがな。

 失敗してしまって……。

 その代わりなんだ。すまない。

 こんなものしか贈れないで」


 俺は何だか申し訳ない気持ちだった。

 でもクレアの反応は俺の気持ちとは

 関係ない反応だった。


「ううん! 凄く、凄く嬉しいよ!

 ウルが初めてくれたプレゼントだもん!

 私の一生の宝物だよ!」


「本当、大したものではないんだ。

 本当に渡したかったものは別にあって……」


「いいんだよ、何であっても。

 ウルが私にくれたものだもん。

 こんなに嬉しい気持ちになったのは

 初めてかもしれない」


「……そうか。それなら良かった」


 はぁ、本当に良かった。

 俺の中のモヤモヤした気持ちが

 晴れて行くような気がした。


「ウル、大好き!」


 クレアが俺を正面から抱き締める。

 いつもより力が籠っているようだった。


「クレア、ちょっと苦しいぞ」


「あはは、ごめんね。でも嬉しくて」


 クレアの目の端には涙が見える。

 本当に喜んでくれている。


 確かに思ったものは渡せなかった。

 けど渡せてよかった。

 

 この彼女の表情を見れたのなら、

 それだけで十分に思えた。


 そのあとにキュウビからも

 クレアにプレゼントがあった。


 お守りのようだ、

 俺たちが学校に行っている間に作ったそうだ。


 キュウビめ!

 全く興味がない振りをしておいて

 自分だけこんなものを!


 だがそれもクレアは喜んでいた。


 そうか。

 クレアが喜んでくれるのなら何でもいいのだ。


 彼女の笑顔こそがプレゼントの価値になると

 気付いた。


 それがなんであれ、それがどうあれ。


 プレゼントとはそういうものなのだと思った。


「そういえば。

 今までは話せなかったからわからなかったけど、

 ウルの誕生日はいつなの?」


「俺の誕生日? えっーと、確かもうすぐだったな。」


「そっか……

 なら次は私がウルに贈り物しないとね!」


「それは楽しみだな!」


「私も今年で16になったから……

 誕生日には『私』を、あげるね。」


「ハハハ、ソレハ待キレナイナア。」


「……待たなくてもいいんだよ?」


「イヤイヤ、ソノ日ヲ楽シミニシテイルヨ。」


「うん! 楽しみにしててね!」


 クレアはまだ子どもだから

 意味がわかっていないんだな!


 全く、冗談キツいぜ!!

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