02:Let's 飼い犬ライフ

 それから俺は村を離れ、

 いくつもの山を越え、川を越えた。


 今は狼の姿だ。


 森や山を越えるのは、この姿の方が都合がいい。


 深い灰色の美しい毛並みで『銀狼』などと呼ばれていた。


 実は俺の密かな自慢だった。


 耳先と足先、鼻先は黒いけど。


 能力的には狼の姿は機動力に優れている。


 隠密行動などにも適しているので奇襲など仕掛け易い。


 山で狩りをするときはこの姿だ。


 人間の姿は狼の姿が反映され、髪は灰色になる。


 犬耳もあるが折り畳んでわからなくすることも出来る。


 俺の場合、耳先が黒いので

 耳のあるところがわかり易いが。




 だいぶ里を離れた。


 ふむ、この辺はなかなか獲物も多い。


 しばらくはこの辺で……。


「きゃーっ!」


 ん?なんだ?


 小さな女の子が野犬に襲われている?


「やめて! こないで!」


 野犬共は血走った目で女の子に迫る。


 これはマズいな。


 あの女の子が危ない。


 ……仕方がない、助けるか。


ーダッ!ー


 俺は野犬と女の子の間に割って入る。


「ガルルルルッ……」


(お前達、この子になんのようだ……)


 人狼は動物と意志疎通が出来る。


 魔力に意思を乗せて飛ばすのだ。


 この世界の全ては魔力を持っている。


 動物達も自覚せず魔力に意思を乗せて話をする。


 野犬共が俺に威嚇を掛ける。


「ワンッ! ワンッ! ワンッ!」

(俺ラ、ソイツ食ウ! 貴様、ソコドク!)


 しかし俺はそれに動じない。


 所詮はただの犬だ。


 魔族の中でも最高位の力を持つ俺が

 野犬ごときにやられる訳がない。


「ワオーン!」


(ならば俺が相手をしてやる!)


 遠吠えを上げる。


 そしてこの遠吠えには魔力で威圧する効果も乗せている。


「クーン、クーン」

(ア、相手ヤバイ、引ク)


 奴等は恐怖して茂みの中へ消えていった。


 ふん!所詮はただの犬、敵ではない。


 身を翻すとそこには幼いブロンドの髪の少女がいた。


 五歳くらいだろうか?

 なんでこんな森の中に子供が?


「わんちゃん、ありがとう」


 幼女にお礼を言われた。


 なにこの子可愛いじゃない!


「さっきのわんちゃんは怖かった……。

 でも、わんちゃんは怖くないよ!」


 いや、犬じゃなくて狼だけどな。


 しかしよい心がけだ。


(ペロペロ)


「あはははっ、わんちゃんくすぐったい!」


 俺は少女の顔を舐めた。


 この姿の時はあまり『舐める』という行為に

 抵抗が無くなる。


 幼女の顔を舐めることに

 興奮を覚える変態でないことだけは

 お分かりいただきたい。


 多分、きっと、おそらく、そう信じたい。


 この森の近くに村があるのだろうか?


 俺は『匂い』を探す。


 人狼は鼻がいい。


 しかし犬とは違い、嗅ぐのは魔力だ。


 探したいもの、見つけたいものの魔力を鼻で感知する。


 敵意や悪意といったものにも敏感だ。


 俺がオーガスを『やっちった』ときも

 奴に大きな悪意を感じたからだ。


 つい反射的に……。


 だから『あれ』は仕方なかった! うん。


 む!? これか……。


 俺の鼻が多くの人間の『匂い』を感じた。


 確かに近くに村があるようだ。


 しかしこの少女一人で帰るのは

 難しいのではないか?


 乗り掛かった船だ。


 家までは送り届けてやろう。


 俺は少女の首後ろの服の襟を咥えた。


「ん?どうしたの?

 わんちゃ、きゃっ!」


 俺はそのまま少女を上へ放り投げた。


 少女は放物線を描き宙を舞い、

 俺の背中に無事跨がった。


 さすが俺! 10.00点だな!


 だが、いきなり乱暴だったかと

 少し心配に思い少女の様子を伺う。


「わんちゃん! すごぉい!」


 うん! 大丈夫! 喜んでいる!


 俺はすぐに山を降りて村を目指した。


 もちろん少女が落ちない様に気をつけて。




「あぁ、クレア。いったいどこに!

 もう日が暮れちゃう……。」


「心配ないよ! ソフィアさん!


 俺の仲間が探している!


 なぁに、心配いらないさぁ!」


 俺は前足で扉をノックして少し後ろへ下がる。


「クレアっ!」


 少女の母親らしき女性がドアを思い切り開いて飛び出てきた。


 後ろに下がって正解だったな……。


「ママぁ! ただいま!」


「あぁ……クレア……無事で良かった……」


「な、なんで……」


 中にいる男は父親だろうか?


 こちらは母親とは違い喜んでいる様子はない。


 それにこの『匂い』……。


「ママ、苦しいよぉ……」


「あ、あぁ、ごめんなさい。

 でもどこに行っていたの?」


「わたし、そのおじさんに森に連れていかれたの……。

 少ししたら迎えにくるからって。

 でも全然迎えに来てくれなくて……」


「えっ!ハンクさんっ!

 いったいどういうことですか?」


「え、えーと……なんのことかなぁ……。

 きっと夢でも見てたんじゃないかい?へへっ……」


 不穏な空気が漂う。


「ヴゥゥゥゥゥ……」

(おいおい、そいつぁ通らないだろ?おっさん。)


 俺は親子と男の間に入り込み、その男を威嚇する。


 こいつからは『悪意』の匂いがした。


「な、なんだぁ! このでかい犬はぁっ!」


「きゃあっ! な、なにっ!」


「あのわんちゃんが家まで連れて来てくれたんだよぉ」


「あぁ! なら、てめぇが邪魔しやがったのか!」


「……ハンクさん。今のは一体どういうことですか!?」


「うっ! くそぉっ!」


 男はナイフを抜き、俺に刃を向ける。


 しかし俺が奴の腕に噛みつく方が早かった。


「うぎゃぁぁぁぁっ!!」


 男はナイフを落とし、そのまま後ろへ倒れ込んだ!


 俺は追い討ちに奴の眼前に鋭い牙を見せつける。


「や、やめてくれぇ! 助けてくれぇ!」


「いったい何の騒ぎですか!」


 この村の衛兵だろうか。


 騒ぎを聞いて駆けつけたようだ。


「なんだ! この犬は!」


「衛兵さん! あの人が私の娘を拐ったんです!」


「なんですって! どういうことですか!?」


 衛兵が警戒しながら近づいて来たので

 潔く男から離れた。


 男はそのまま捕縛され衛兵に連行されていった。


 これにて一件落着だ。


「あぁ、クレア! 本当に良かった……。

 それに……あなたも、本当にありがとう。

 娘を、私達を助けてくれて……」


 少女の母親に頭を撫でられる。


 なんとも心地よい。


「あぁ、私も撫でるぅー!」


 少女の撫で方は母親の優しいタッチとは違い、

 なんとも荒っぽかった。


 けど……嫌な気はしなかった。


ーグゥ~ッー


 いかん。腹が減った。


 そういえば今日は何も食べていなかった。


 そろそろ戻って狩りをしないと……。


「わんちゃん、お腹空いたのぉ?」


「あっ、待って! いいものがあるわ!」


 そういって母親はキッチンで手早く調理している。


 そしてそれを俺の前に差し出した。


 ハム、ソーセージ……そしてステーキぃ!


 肉の玉手箱やぁ!


 保存用に加工された肉は里にもあったが

 調理された肉はこちらに来て初めてだ!


「助けてくれたお礼よ」


 女神や!

 目の前に女神がおる!


 俺はその肉にかぶりついた。


 久しぶりの調理された肉はなんとも絶品だった。


 肉はあっという間になくなってしまったが腹は膨れた。


 余は満足じゃ!


 家族の時間を邪魔しても悪いし、あっしはこの辺で……。


 家を出ようと扉に向かう。


 ん? 何かに尻の辺りを引っ張られる感覚がある。


 振り返ると少女がしっぽを握っていた。


 気付かず引きずっていたらしい。


「わんちゃん、もう帰っちゃうのぉ?」


 少女は目を潤ませてこちらを見ている。


 うむ、困ったな。


「ママ、この子、家で飼っていい?」


 ……今、なんと?


「わたしがメンドウみるから!

 ご飯もお水も上げるし、お散歩もちゃんとするから!」


「……そうね。わかったわ!

 でもちゃんとお世話するのよ!」


 しかも意外とあっさり!


「うん、する! 良かったね、わんちゃん!」


 お、おぅ。マジか。

 これは『良かった』のか?


「それじゃあ、名前を決めないとね!

 素敵な名前を付けて上げなさい」


「え?『わんちゃん』じゃないの?」


「それは名前じゃないからぁ……」


 俺も首を必死に横に降る。


 だが、気づいて貰えない。


「うーん……あっ! そうだ!」


 何かを思いつき、少女は家の奥に走っていった。


 そしてすぐに戻ってきた。


 その手には本が握られていた。


 あれは……図鑑か?


「あった、これ! これに似てるから名前はぁ


 えーと、……ウ、ル、フ、『ウルフ』!」


 図鑑に載っていたは紛れもなく『狼』だった。


 ……いや、狼なんだけどね。


 狼にウルフと名付けるのはどうなんだ?

 有りなの?


 こうして俺はこの家族の一員に加わった。


 新しい名前は『ウルフ』。


 今日から飼い犬生活かぁ……。


 楽しみなような、不安なような、


 最初はそんな感じだった。

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