#3 合コンのお誘い


 「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 三山大学近辺のファミレスに、俺と西ノ瀬は少し遅い昼食を摂りに来た。二人とも、食事を済ませていなかったのだ。

 適当なメニューを注文をして、先ほどの話を再開する。


「き、岸和田さん。さっきの話、私は本気なんですけど……」


 窓の外を行き交う人々に目を向けていると、正面に座る西ノ瀬が恥ずかしがりながらも言ってくる。

 彼女の言い張る言葉通り、西ノ瀬の台詞が冗談や嘘でないことは、鈍感な俺でも薄々分かっていた。その意図や理由までは到底分からないが。


「私、ずっと前から岸和田さんのことが気になっていて、いつかこの想いを伝えたかったけど……。でも岸和田さんには彼女さんみたいな人がいたから、まずお友達から関係を築いていて……いきたいと……思ってて…………」


 言ってて恥ずかしくなったのか、声量が言葉が進むにつれて小さくなっていく。そんな彼女を見ていると俺まで恥ずかしかなってくるので、即刻やめてもらいたい。


「友達っていうのは良いんだが、俺にもう彼女はいないぞ。昨日、カフェに行く前にフラれた」

「え?」


 きょとんと目を丸める西ノ瀬。どうやら想定してなかったことらしい。


「え、あ、ごめんなさい! 無神経なこといっぱい言っちゃったかな」

「いいよいいよ、全然気にしてないからさ」


 申し訳なさそうに詫びを入れる西ノ瀬を見ると、本当に素直で優しい子だということを再確認できる。こんな子が俺に好意を持ってくれているのだから、人生何があるかわからないものだ。


「じゃあ今の岸和田さんは、彼女がいないってことですか?」

「まあ、そうなるな」

「結婚を前提にお付き合いしてください」

「どうしてそうなる!?」


 だが、西ノ瀬のこの様子はどうやら本気のようだ。真剣な目でこちらを見つめられて、俺は自然と目を逸らす。

 かつて綾沙に、こんな風にまじまじと見つめられたことが脳裏に過ぎる。あの時も俺は、照れて顔を逸らしていた。


「俺は西ノ瀬のこと、まだあんまり分からない。カフェで見かけることはあったが、実際に顔を合わせたのは今日が初めてだ。だから、その……やっぱり友達から始めたいな、なんて」


 俺が照れながらそういうと、彼女は俺の顔を覗いて一言、照れ顔を隠すように言った。


「ありがとうございます、すごく嬉しいです」



 〇〇〇



「今から合コン!?」


 スマホを肩と耳に挟みながら、俺は自販機の前で財布を漁っていた。百六十円を手に取って投入口に入れると、『白鈴雛乃』と表示された画面の向こうから、可愛らしい声が聞こえる。


『三山大学の前にいるんですけど来れます? いや、来てください!』

「あー悪い。今家で寝てて、行けそうにないや」

『おかしいですねー。思いっきり人混みの音が聞こえてるんですけどー』


 くそっ、無駄に耳のいい奴だ。ちょうど今帰ろうとしていたのに。


 先ほど西ノ瀬と昼食を食べたり、連絡先を交換したりして別れたばかりだというのに、続けて合コンにも参加するのは精神的に少々キツイ気がする。せっかくの誘いだが、ここは断ろう。


『でもせんぱい、なんで外出してるんですか?』

「そのニュアンスだと、なんで意味もないのに外出してるんですか? に聞こえるんだが」

『いやだなー、気のせいですよー。何か買い物に来てたとかですか?』


 カフェで知り合った女の子と話し込んでいた、なんて言っても白鈴は信じないだろうが、ここで嘘をつく理由もない。


「いや、三山大学の女の子と、適当に昼飯食べてきたところだ」


 そう言いながら自販機のコーヒーを選び、かがんでそれを取り出す。冬場は暖かいコーヒーに限る。


『…………』


 あれ、おかしいな? 白鈴の声が聞こえなくなった。

 切れたのかと画面を確認するが、生憎通話中の表示になっている。


「おーい、もしもし」

『あのせんぱいが、私以外の女子とご飯……? 一体いくら払ったんですか!?」

「援交してねぇよ!」

『なら筒持たせ!?』

「んなわけねぇだろ」


 俺は自販機の横に背をつけて寄りかかる。

 全く失礼な奴である。

 くだらないやりとりについ呆れるが、いつもの白鈴の調子を耳にすると、なんだか不思議と落ち着く気がした。


「ただの友達だよ。飯って言ってもファミレスだし」

『……可愛かった? おっぱいは大きかった?』

「いや、何聞いてんだよ。束縛系女子か、おまえは」


 そう言葉を返すと白鈴は『そんな私が好きでしょ?』と、残念なほど頭の悪い台詞を言う。あざと可愛いのは良いが、馬鹿っぽいのでやめてもらいたい。


「とりあえず、合コンは俺以外でやってくれ。今日は行かない」

『そんな〜、お願いです。男の人がドタキャンしちゃって、代わりの人が必要なんです』

「別に一人いなくたっていいだろ」

『ダメなんですよ。男女比が4:3だと、一人だけ除け者になっちゃうじゃないですか〜?』


 『ですか〜?』なんて言われても、俺は合コンにあまり行かないのでよく分からない。でもどうやら、合コンは男女四人ずつでやる予定だったようだ。

 白鈴はプレゼンテーションを続ける。


『みんな女の子は可愛いですよ! もちろん私含めて。どうですか! 来たくなったでしょ?』

「何を言われても俺は行かない。合コン、頑張ってくれ」


 強引に言葉を告げてそのまま電話を切る。

手にしていた缶コーヒーを飲み干してゴミ箱に入れると、俺は流れるように帰路に着いた。

 今日はもう帰って寝よう。そう決心して人混みの中を進んでいく。


 だがふと、俺の視界が黒く閉ざされた。

 ふにふにと柔らかいそれが俺の目蓋を包んで、俺は瞬間的に悲鳴を上げる。


「うわっ!」

「だーれだ?」

「やめろ、白鈴!」


 そう言うと、俺の視界を遮っていた手のひらが、ぱっと離れていく。そしてそこにいたのは、悪戯な笑みを浮かべる白鈴だった。


「こんにちは、せんぱい」


 本来なら挨拶は返すものだが、今の俺にはそんなことよりも気になることがあった。


「どうしてここに?」


 端的にそう聞くと、白鈴はそのあまり発育の宜しくない胸部を突き出して、清々しいほどのドヤ顔で答える。


「三山大学の近くにあるファミレスはあそこだけですよ。それにさっき、自販機の音もしたので、せんぱいがよく使うところに来てみたんです。そしたら電話をぶつ切りする、ひどいせんぱいを発見しちゃったわけです」


 電話の向こう側でそんな考えを巡らせていたのかと思うとゾッとする。彼女にはストーカーの才能があってもおかしくないだろう。


「てことで! このまま合コンにレッツゴー!」


 白鈴は俺の腕を引っ張って、強引に合コンへ連れて行こうとする。行動が早過ぎる。


「いやだから、行かないって……」


 だがその瞬間、俺の腕に柔らかい何かが押しつけられる。控えめなそれに俺の腕が強く押しつけられて、自分でもドギマギしているのが分かる。

 そんな内心が顔に出たのか、白鈴は不思議そうに俺の表情を覗く。


「どうしました、せんぱい?」

「……合コン楽しみだな」


 ……もはや捕まってしまっては仕方ない。俺は諦めて彼女に引っ張られていく。

 別に、胸にもっと触れていたいとか、ときどきブラジャーの感じが伝わってくるからというわけではない。

 これは不可抗力であり、俺は帰りたくても帰れないだけなのだ。


 ただし、意外と柔らかかったのは紛れもない事実である。

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