#2 恋人を前提に


 クリスマス翌日ということもあり、飾りなどがまだ残っている三山大学みやまだいがくの正門にて。


 俺は門の隅っこで一人、昨日の店員さんを待っていた。

 指定された午後一時丁度に来たものの、それらしき人の姿はまだ見えない。

 

 まあ、気長に待つか。


 動かざるごと山の如し、俺はじっとしてただ時が流れるのを待つ。道を行き交う人々に意識を向けるが、それらしい人物は見当たらない。もしかすると騙されたのか、という疑念がちらほらと湧いてくるがそんなことはないと信じたい。


 だがどうにも、やって来る気配がないので、俺は耳にイヤホンをかけて音楽を流す。音楽は『ラストクリスマス』。

 今の時期、今の俺にはある意味ぴったりの選曲だ。

 そのゆったりとしたメロディーにつられて、目蓋が自然と下がって来る。

 別に英語が分かるわけではないが、だんだんとその雰囲気にのまれていくのを感じる。

 口ずさみたくなる気持ちを抑えて、心地の良い旋律に耳を傾ける。


 すると肩をトントン、と指でつつかれた。

 目を開けると、そこには見覚えのある女の子がいた。

 だがその容姿はいつもと違って、なんとも華やかな雰囲気に溢れている。メガネとエプロンを外して、白のチェスターコートを羽織った姿は、雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないほどに似合っていた。


「あの、昨夜手紙を渡した者です」

「ああ、えと、どうも」


 彼女の可愛さと、今まで経験したことのないような出会いに思わず困惑する。彼女とは一年間以上顔を見合わせてきた仲だったが、いざ会話をするのはこれが初めてで、なんとも不思議な感覚になる。


「あ、あの、ほんとに嬉しいです。まさか、来てもらえるとは思ってなかったので……」


 顔を赤らめながらそう口にする彼女を見ると、相当緊張しているようだ。いや、照れているのかもしれない。


「いえ、とんでもない。自分も時間が空いていたので、来てみようかなと」


 かくいう俺も、実は結構緊張している。初対面なのに初対面ではないという、特殊な距離感の取り辛さゆえの感覚だ。

 彼女は指先をもじもじと弄び、地面に俯いている。


「それで……あなたは俺に、何か用ですか?」

「……えっと、あなたじゃなくて、私は西ノ瀬藍花にしのせあいかです。敬語じゃなくいいですし、あなたはやめてください……」


 頭から湯気が出る勢いで恥ずかしがる彼女・西ノ瀬は、顔を手のひらで隠しながらそう言う。だがそのせいで、真っ赤に染まった耳が丸見えになっていることに彼女は気づいていないようだ。


「分かりまし……。分かった、西ノ瀬。俺の名前は岸和田泰介きしわだたいすけで、一応三山大学の二年。よろしく」


 とりあえずよろしくをして、簡単に自己紹介をする。すると彼女はぎこちないお辞儀をして「よろしくお願いします……」と消え入るような小声で返事をする。


「私も実は、岸和田さんと同じ三山大学の二年生です……」

「そうなんだ。どこの学部?」

「一応経営学部です……」

「ほんと!? 俺も経営学部なんだけど」

「はい、たぶん同級生です……」


 まさかこんなところに、大学も学部も同じである同氏がいるとは。東京も案外狭いところである。まあ、指定された場所からして検討はついていたが。

 こうして同じ環境の人間というだけで、一気に親近感が湧く。人間とは単純な生き物だ。


「でも全く気づかなかったよ。同じ学部にいたなんて」

「私はよく大学で岸和田さんを見かけるますよ。あ、うちのカフェに頻繁に来てくれる人だ、って。でもカフェでも大学でも、岸和田くんの近くに彼女さんっぽい人がいて、話しかけられなかったけど……」

「そうだったのか」


 やはり西ノ瀬も、俺のことを覚えてくれていたようだ。だが、彼女さんっぽい人がいつもいる云々の話は、面白くない話になりそうだ。今の俺にとっては。

 そんな俺の思いとは裏腹に、西ノ瀬は話を掘り下げる。


「でも昨晩は岸和田さんが一人で来てくれて、それで私舞い上がっちゃって……。その勢いでレシートの裏に無茶なこと書いちゃって、ほんとにごめんなさい……」

「ああいや、全然いいんだ。現に今日は暇だったし」


 そう言葉をかけても西ノ瀬は申し訳なさそうに頭を下げている。本当に健気で不器用な子なんだろうな、なんて感想を抱きつつも、少し話を進めたくなってきた。


「でさ、西ノ瀬はどうして俺を呼んだの?」

「あぅ……えっと、その……お話があって」


 西ノ瀬は不意を突かれたように慌てふためく。

 彼女は目線を逸らしてもじとじと俯きながら、『うぅ……』と小さく唸っている。そして意を決したように顔を上げて、こう告げた。


「わ、私と、恋人を前提にお友達になってください!」


 人通りの多い大学の正門でそんな声が響くと、俺は瞬間、度肝を抜かれた気がした。

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