#6 デートのエンカウント率は異常
窓の外をからっ風が吹き付ける午後三時。
二日酔いがほぼ回復した俺は、ベッドの上で大の字になっていた。
ただ寛いでいるというわけではない。
喉が乾かない、頭が痛くない、立ちくらみがしない。これらのことがどれほど素晴らしいのかを、俺は一秒一秒実感しながら寛いていたのだ。
だがずっとこうしているのも、だんだんと飽きてくるものである。
俺は枕元のスマホを手に取り、適当にラインを開く。
対して多くないトーク欄の頂上に鎮座するのは、見慣れた後輩・白鈴雛乃の名前だった。
あいつも二日酔いから復活しただろうか、なんて心配をしてメッセージを送ってみる。
『二日酔いは治ったか?』
すると瞬く間に既読の文字が着く。随分と早いな。俺みたいに暇を持て余していたことが容易に想像できる。
『せんぱいからラインが来たら治っちゃいました!』
『その様子だと、まだ酔ってるみたいだな』
馬鹿な冗談を言う白鈴に、こちらも冗談で返信する。
だけど何より、無事に復活しているようでよかった。昨日の彼女は全体的に沈んでいて、いつもとは遥かに程遠い様子を見せていたからだ。
『でも実際、治ったみたいでよかったよ』
『うわ、文字に起こすと痛いセリフですね』
『お前は文字に起こさなくてもあざといセリフだけどな』
まさしくブーメランとしか言いようのない発言をする白鈴は、やはり普段通りの様子で安心する。
『じゃ、何かあったら連絡くれな』
白鈴の安否を確認し終えたので、一言を添えて画面を切る。変に彼女の時間を奪っても、なんとなく申し訳ない気がしたのだ。
俺は無雑作にスマホを枕の下に置いて、再び大の字になって寝転がる。
さて、三時の昼寝と洒落込もうとするか。
暖房の効いた快適な部屋で目蓋を閉じると、体がなんとなくポカポカしてくる。これはいい夢が見れそうだ。
だが、
――ラインッ♪
枕の下から能天気な通知音が聞こえて、俺は思わず飛び起きる。一瞬何が起きたか分からずに唖然とするが、枕元のスマホを手に取って確認する。
音量を見ると通知音が最大値に調節されていた。
危ない危ない。もしこのまま寝て電話でもかかってくれば、俺はベッドから転げ落ちていただろう。
音量を調節しておく。
そしてその画面には同じく、白鈴からのメッセージが届いていた。すっかり目が覚めてしまったので、それに目を通してみる。
『せんぱい、明日、買い物に付き合ってくれませんか?』
その文章の次には、目をハートにして懇願する少女のスタンプが送られている。なんとなくムカつくデザインなので、俺以外の人に送っていないことを祈りつつ返事をする。
『悪い、明日は予定が入ってて行けないや』
普段は予定なんて余るほど空いてる俺だったが、その日は珍しくも予定があった。申し訳ないが、断るしかない。
だが、白鈴からのメッセージが届かない。既読の文字は付いているのに、どうしたのだろうか。
そんな風に待っていると返事が無事に返ってくる。
『そっか。なら仕方ないですね』
とても簡素で控えめな文章が送られてくる。なんというか、白鈴らしくない素っ気無い返事である。その文章からは生気が抜けているようにすら見える。
もっと丁寧に断るべきだったか、なんて思考を巡らせるが今頃考えたところで意味はない。
仕方ない、ここは無理矢理でも彼女を立たせるべきだろう。
慣れてない手付きで文字を打ち込む。
『その代わりと言ったらなんだが、今度一緒に初詣に行かないか? 白鈴もどうせ帰省はしないんだろ?』
俺と白鈴の地元は東京から遠く離れた場所にある。めんどくさがりな彼女のことだ。帰省はしないに決まっている。
それにクリスマスの夜、初詣に行きましょうと言っていたのを思い出したのだ。
先ほどとは別人のように早く返信が来る。自分から誘ったのだが、間抜けなその返信を見て俺は思わず笑ってしまう。
『誘われてしまったからには仕方ありませんね! 独り身のせんぱいを思い遣って、私が付いて行きますよ!』
いつも通りの白鈴らしい文章が送られてきてホッとする。
よかった、別になんともなさそうだ。
その後に続くムカつくスタンプまでを含めて、彼女とのやりとりは楽しいものだった。
○○○
クリスマスの雪も路上から消え失せた今日この頃。
人々が往来するショッピングモールの一角で、俺はただ一人スマホをいじっていた。
時刻は午前十時を過ぎるのと同時に、待ち合わせの時間すら過ぎていた。待ち合わせ場所を間違えたかと何度か確認したが、そんなことはなかった。
確かこの間もこんなふうに待っていたな、なんて記憶を探っていると横からつんつんと肩を突かれる。
「すみません、待ちましたか?」
申し訳なさそうに顔を覗いてくるのはつい最近できた友人・西ノ瀬藍花だった。
待ったと言ってもたかが十分程度なので気を遣って答える。何より、彼女だって遅れたくて遅れたわけではあるまい。
「ついさっき到着したところだよ」
「ならよかった……」
西ノ瀬は指をもじもじさせながら笑みを溢す。安心しきった彼女の表情はなんとも言えないかわいさがある。
ついそんな彼女を見つめていると、彼女はふいと体を逸らす。
「あ、あの……変ですか?」
どうやら西ノ瀬は、俺が服装をまじまじと見ていると思ったらしい。だがここで『かわいくて見つめてただけ』なんて言ったら気持ち悪いので、服装について答える。
「いや、すごく似合ってていいと思うぞ」
俺は視線を逸らしながら答える。この感想は紛れもない本音だったから恥ずかしくなったのだ。
今日の西ノ瀬はいつもと少し違う格好をしていた。
色気を感じさせる明るい口紅と綺麗に流れる髪。ピンクのダッフルコートからは白のワンピースが顔を覗かせていて、どこか大胆さを感じるコーデだ。
ありのままの感想を一言だけ伝えると、西ノ瀬は顔を赤らめて俯く。恥ずかしがり屋は健在のようだ。
「よし、じゃあ早速行くか」
突っ立っていてもどうにもならないので、俺は足を一歩出す。
だがその時、先ほどまで俯いていた西ノ瀬が手を掴んできた。驚いて振り向く。
「岸和田さん……。手、繋いでもいいですか?」
西ノ瀬の様子から、まだ恥ずかしがって照れているのは容易に予想できる。だが彼女は大胆にも俺の手を握ってきた。先ほどまで恥ずかしがり屋と思っていた彼女からは想像できない、思い切った行動だった。これは相当勇気が必要だっただろう。
そんな彼女の思いに加えて、その乞うような上目遣いと純真無垢な瞳に当てられては、もはや俺に逃げ道はない。
「こ、こちらこそ」
いつもと立場が変わって、俺が照れて上ずった返事をする。でも西ノ瀬はそんなこと気にする様子もなく、地面を見つめている。
西ノ瀬の手を握り返す。彼女の手は実に冷え切っていて気持ちがいい。
そんな感想に浸っていると、彼女の手にも力が入ってくる。
緊張か寒さか。彼女の手は微かに、震えていた。
誘いは二日酔い真っ只中の昼間だった。
白鈴の家から帰ってきて頭を抱えながら項垂れているところに、西ノ瀬からの電話がきたのだ。
彼女はうじうじと言葉を探して、最後の最後に言い放った。
「明後日に、私とデートしてください!」
二日酔いに苦しんでいた俺はとにかく気分が悪くて断ろうとしたが、勇気を振り絞って誘ってきた彼女を思って、明後日までに二日酔い治ることを祈りつつ承諾した。
その時は対して疑問に思わなかったが、付き合ってもないのにデートと言うのは誤解を招きかねないので控えていただきたいものである。まあ誤解も何も、誰も俺たちの関係に毛頭興味ないと思うが。
そんな思考を回していると、お目当ての洋服屋に着く。
今日は西ノ瀬が服を選んで欲しいそうだ。正直言って俺なんかの感想など微塵も役に立たないと思うが、ベストは尽くそうと思う。
店の中に入るとお洒落な雰囲気が俺を包む。なんとも場違いな気がしてくる。というのもこの店、商品が女物しかなくて、男性の姿もほとんど見えないのだ。流石に俺は目立つ。
だが、少し嬉しそうな西ノ瀬を見るとそんな感情はすぐになくなる。
西ノ瀬は服を手にワンピースを手に取って楽しそうに聞いてくる。
「これ、似合うと思いますか?」
「たぶん似合うけど、試着した方が良さそうだな」
というのも、先ほど西ノ瀬が手に取った時にチラリと値札が見えたのだ。一万円に程近い表記の値札が。
そんな高価なものを適当な助言で買わせるわけにも行かないので、試着を促す。
すると彼女は「はい!」と弾ける笑顔で答えて、何着かワンピースを持って試着室に向かって行く。
そんな彼女を見ながら俺は少し微笑みを溢す。
西ノ瀬はこういうところが女の子らしいな。
内気で人見知りな彼女でも、頑張り屋さんでお洒落好きという一面もあるのを知ると応援したくなる気持ちになる。
「岸和田さん、ちょっと待っててくださいね」
靴を脱いで試着室に入っていく西ノ瀬。そのあとに中から布の擦れる音が聞こえてきて少し妄想が膨らみそうになる。
だが案外彼女は早く出てきた。
「どう、ですか……?」
黒のニットワンピースを着た西ノ瀬が目の前に現れると、俺は度肝を抜かれる感覚に陥る。
か、かわいい……。
恥じらう彼女も可愛さが溢れているが、その他にも豊かなボディーがくっきりと見えていたり、黒という色も相まって、とても色気の感じるコーデになっている。
けど、
「すごく、かわいいです……」
そんなことを言えるはずがなく、ほぼ真顔で感想を告げる。可愛過ぎるのが悪いのだ。
でもそんな一言の感想でも西ノ瀬は嬉しかったようで、さも嬉しそうに喜ぶ。
「やった! よかったです!」
彼女は「他のも着てみます」と言って中に戻っていく。よかった、あの格好では彼女を直視できなかった。
それにしても西ノ瀬は素直に喜ぶ子で、褒めるこちらも清々しい。白鈴とはまた違ったかわいさがある。
なんというか、西ノ瀬は恥ずかしがる様が花があって可愛らしいのだ。
白鈴だったら一人で盛り上がって、似合ってるか聞いてくるだろう。
と、かわいい後輩のことを思い出していると隣の試着室から少女の声が聞こえてくる。
「これ、似合ってるかなぁ? かわいい?」
そうそう、丁度こんな風に馬鹿っぽくてあざとくて、可愛らしい感じのことを言うに違いない。
…………。
俺は音速を超えた速さで声の主を見る。
隣には見慣れた様子の人物が試着をしている。
かわいらしいショートの髪型とあざといまでのナチュラルメイク。
「白鈴……」
思わず呟くような声が漏れてしまう。
それが聞こえたのだろうか。彼女はこちらに首を向けて、思いがけない相手に驚きを見せる。
「……え? せんぱい?」
友達と買い物に来ていた白鈴雛乃と、バッチリ目があってしまったのだ。
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