#4 お持ち帰りされました
「おまたせしました! こちら、代わりに来てくれた私のせんぱいです!」
三山大学の正門前でたむろしていた男女の集団に、白鈴が意気揚々と話しかける。いつも通りハイテンションな彼女だが、皆は別に気にもしない様子である。結構仲が良いのだろうか。
「どうも、白鈴の誘いで来ました。岸和田泰介です。よろしくお願いします」
俺も適当に挨拶をすると、皆は「よろしくー」などとフレンドリーに返してくれる。何と言うか、いい人たちのようで良かった。
「じゃあ早速、レッツゴー!」
あざとい掛け声と共に、俺たちはのろのろと進み出した。
合コン会場は大学から近くの、繁華街の一角にあるビルの中にあった。
店内に入ると、中々に派手な内装が目に飛び込んでくる。
この時点で驚いたが、個室に通されるともっと驚いた。
過剰なまでにうるさくて眩しいのだ。
とても昼とは思えないほど暗い店内は、ミラーボールに反射した派手な色の光だけが映り、設置されたカラオケからは耳に響くほどの音量が流れている。何と言うか、バブル期のカジュアルなバーみたいな雰囲気だ。
俺自身こう言った雰囲気は嫌いではないが、流れについていけるか心配である。
俺たちは席に着く。俺を含めた男性四人の正面に、同じく白鈴を含んだ女性四人が座っている構図だ。
女性陣の方をチラリと盗み見てみると、白鈴の言った通り可愛い感じや美人系の子たちのようだ。
だが、可愛さに特化した白鈴と、超が付くほどの美人である西ノ瀬を見てきた俺からすれば、何とも言い難い感覚だ。
合コンは最初に簡単な自己紹介をしてから、すぐにフリータイムへと移った。
ほぼ大体のメンバーに酒が入った様子で、男が女に言い寄ったり、顔を赤くした女が男にくっついたりしている。
だがそんな中俺は酒を飲まずに、一人でポテトを口に運びながら皆の様子を観察していた。
別に酒が苦手なわけでも、酔いやすいからでもない。ただ単純に俺は、こう言った場所で酒を入れたくなかったのだ。
酒というのはこのような色恋の場において、アプローチをする免罪符である酔いを作るものである。現に今、酒が入っているから、という理由で異性にアプローチをかけている者が多く見受けられる。果たして、それで仲を深めたところで、それは本当の関係なのか。酔いによって作られた仮初の関係ではないのかと、俺は疑ってしまうのだ。
そう言えば綾沙から酒に誘われた時も、俺はこんな理由で断っていたっけなぁ。
そんな思い出という名の感傷に浸っていると、横から一人の子が話しかけてきた。
「お酒飲めないんですか?」
「いやー、あまり得意ではなくて。少しだけしか飲んでませんね」
「そうなんですか。私はまだ未成年なので飲んでいなくて。あの、お隣いいですか?」
そう言って彼女は俺の隣に腰掛ける。
彼女が隣に座ると、石鹸のような甘い匂いが香ってくる。ロングの黒髪が垂れるその姿からは、清楚という言葉が似合うのではないだろうか。
彼女の名前は
だが相手は意外にも、俺の名をちゃんと覚えていてくれた。
「岸和田さんは、ひなちゃんと仲がいいんですか?」
ひなちゃん、という可愛らしい愛称で一瞬誰のことか分からなかったが、多分白鈴の下の名前だろう。
「あいつは高校からの後輩でいわゆる腐れ縁って奴です。ああでも、すごくいい奴ですよ、あいつ」
悪口にならないように、少しばかり言葉を付け加えておく。俺の発言で白鈴の株価が下がったら申し訳ない。
「恋人関係じゃないんですか?」
「全然違いますよ。第一もしそうだとして、どうして彼氏と一緒に合コンへ来るんですか?」
と笑いながら返すと彼女は「そうですよね」と胸を撫で下ろすそぶりをした。
部屋を見渡して件の白鈴を見つける。すると彼女は、二人の男に言い寄られている最中だった。手にはコップが見えるが、酒ではないことを祈ろう。酒+男+女というのは決まって如何わしい結果になる。
まあ、あいつも一応女の子である。その辺りは心得ているだろう。
白鈴を眺めていた俺に、尾沢さんはまだ話しかけてくる。
「でも、ひなちゃんは岸和田さんの話ばっかりしてますよ。今日は私のせんぱいがね〜って。ここの女子たちはみんな、いつもそれを聞かされてて、てっきりそういう仲だと」
「ははは、それはないですよ」
笑いながらそう返すが、俺は内心恥ずかしかった。
何を言っていたのか分からないが、俺の話を友達にされる時点で相当恥ずかしい。
俺は顔が赤くなる思いで顔を逸らす。
「あの、ところで岸和田さん。岸和田さんは今、好きな人とか気になってる人とかいますか?」
彼女は聞き辛そうにそう尋ねてくる。ちょっと待て、なんだかおかしなルートに入りかけてる気がしてならない。
「今は、特にいませんね」
大した言葉も思い浮かばずに、ただ一言だけ答える。
そうすると彼女は、さらに言いづらそうに言葉を口にする。
「なら、このあと一緒に――」
「せんぱ〜い、今日は来てくれてありがとうございます〜」
尾沢さんが言葉を綴り終える前に、いつの間にか白鈴が俺の前にやってきてその言葉を遮った。
こいつ! まだ尾沢さんが話してるだろうが!
だがそんな白鈴は頬がいつもより赤く、酔っているように見られる。いつもの可愛らしい口調もどこか不自然だ。
手にはやはりコップがあり、その中身はおそらく酒だろう。
彼女はその不安定な足でこちらに歩み寄り、俺の隣に腰を掛ける。
「白鈴? お前まさか呑んでるのか?」
この言葉の意味は、「お前、未成年なのに酒飲んでるのか?」ということだ。酔っている時点で聞くまでもないが、演技の可能性もあるので一応尋ねる。
「飲むに決まってるじゃないですか〜。せんぱいだって、どうせ新歓やら飲み会やらでこっそり飲んでたんでしよ〜?」
ニヤニヤとこちらを伺う白鈴の顔はなんとも色気に溢れている。
彼女の言う通り、こと大学生の新歓やなどでは、法律や条例よりもその場の雰囲気を優先して、未成年が飲酒することはそう少なくない。
だが、
「ちゃんと二十歳になってから飲んだぞ。だから今日のところはもうやめとけ」
「も〜、そんなこと言ってるから彼女に振られちゃうんですよ〜?」
そう言われてはっとする。
……確かにそうかもしれない。
こういう堅いところが、振られた原因であることを否定できない。それに、こんなことで一々説教ズラするなんてどうかしてるのではないか。
一気に現実に引き戻されたかのような感覚に陥り、自然と表情が強張る。
するとそんな俺を見て我に帰ったのか、白鈴は小さな声で謝る。
「ご、ごめん嘘、変なこと言った……」
沈んだ俺たちの雰囲気からか、尾沢さんはそっとどこかに移動する。残されたのは俺と白鈴の二人だけ。わいわいと盛り上がる皆とは対照的に、しんみりと落ち着いた空気が流れる。
そして白鈴はコップをテーブルの上に戻した。
「ごめんなさい……もう飲みません」
「……そうか」
白鈴は席を立って、元いた場所に戻っていく。
その表情は彼女らしくなく、ひどく真剣なものだった。
○○○
「おつかれー」
「おつかれさまー」
大学生が意味もなく使う言葉ランキング上位の台詞『おつかれ』を連呼しながら、皆で店から出てくる。
入店する時には明るかった空も、いつの間にか夕焼けに変わっていた。
あの後俺は特に誰とも話すことなく一人で料理を食べて終わった。一口も酒を飲まなかったからか、やはり他の人とはテンションがズレていたのだ。
白鈴はその後も男たちと話していたが、酒に手を出すことはなかった。勧められてもずっと彼女は断っていて、なんだか楽しみを奪ってしまった気がして申し訳なくなった。
「じゃあ最後に記念撮影して終わろっか」
考え事をしていると、女の子の一人がそう言い出した。
いやだな。こういうのは決まってSNSなどにアップして、自分の価値を高めるために使われる。俺はそう言ったことがあまり好きではないのだ。
と、そんなことを思っていると、俺の懐に白鈴がゆっくりと近づいて来た。そして流れるように俺の腕を掴むと、わざとらしそうに声を上げ始めた。
「ちょっと、せんぱい! いきなりなんでか!? いやーだめー!」
「は!? どうした白鈴!?」
「皆さんすみません、せんぱいが相当酔ってるので先に帰らせてもらいます!」
「白鈴!? 何する!?」
強引に腕を引っ張られて何処かへ連れて行かれる。
背後をチラリと見ると、男たちが眉をひそめているのがなんとも怖かった。
「はあ、ここまでくれば大丈夫でしょう」
少し離れた小さな公園で、白鈴は半ばのドヤ顔で言いのけた。
やっと腕を解放されて途端に楽になる。白鈴は安堵の息を漏らしているが、俺は未だに安心できない。
「どうしたんだ、白鈴? いきなり」
「いやー、せんぱいは写真とか嫌いかなと思って。それに、私もあの男の人たちと同じ写真に撮られたくなかったので」
「ので?」
「逃げて来ました」
ニパァーと笑う白鈴はいつも通り可愛い。だが、普通に性格が悪いのもいつも通りだ。
彼女はそのままベンチに腰をかける。それに続いて俺が横に腰掛けると、街灯に灯りが灯った。
どうやら、もう結構な時間であるようだ。
「はぁ……疲れた」
「どうでした? 合コン」
「楽しかったぞ。店に入るまでは」
「おー、それはよかったです」
皮肉を言ったのだが、皮肉で返される。でも白鈴は、内心では気にしているようだった。
だからだろうか、白鈴はもう一言謝罪の言葉を付け加える。
「でも実際、すみませんでした。その、せんぱいに合ってなかったというか……無理矢理連れて来たのにすみませんでした」
こう言われると俺は弱い。なんとなく、女の子を傷つけているような感覚になり、不自然に白鈴をフォローする。
「いや、その、なんだ? 俺は白鈴が気を遣って誘ってくれたことが、嬉しいから全然気にしてないぞ」
「……せ、せんぱい! 大好きです、一生ついて行きます!」
「はいはい、ありがとな」
白鈴は先ほどの様子が嘘のようにはしゃぐ。
白鈴のこう言った言動はきっと、自分が可愛いと自覚しているからできるのだろう。だが絶対に、これを本気にしてはいけない。勘違いは関係を壊しかねない。
「じゃあ、とりあえず俺は帰るわ。白鈴も気をつけて」
「えー、せんぱい。もっとお話ししましょうよぉ」
なんとも表情の豊かなやつである。唇を尖らせて戯ける白鈴は結構可愛く見えて、つい気が迷ってしまう。
「いや、いつまでも公園で話してたら寒いだろ。どっかの店に入るにしても、俺の財布が悲鳴を上げる」
ありのままの事実を告げると「ふむむ」と項垂れる白鈴。
そして決心したように顔を上げた。
「なら、私の家に行きましょう!」
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