8.準備
明日のデビュタントは、言ってしまえば皇太子殿下の婚約者のお披露目会のようなもの。
つまり、会場では私の行動一つ一つが命取りとなるということ。絶対に失敗はできないのだ。
そんな理由があってか、家庭教師が我が家に到着するや否や、すぐに厳しい授業が始まった。
「シャルロット様!そこはもっと優雅にターンなさってください!」
「はいっ!」
「今のところはもう少しゆっくりです!」
「はいっ!」
座学はともかく、ダンスのレッスンはいつもの倍、熱のこもった指導となった。
「さすがシャルロット様です!この五時間で完璧になられました」
「いえ、そんなことは……」
「ご謙遜なさらないでください。次期皇后にふさわしい踊りでしたよ」
皇后にはなれなかったけど……ね。
「あとは、明日の本番のみです!幸運をお祈りしていますね」
「ありがとう」
そして翌日。
デビュタント当日の朝を迎えた。
「お嬢様!朝です!」
エリーはいつにも増して張り切った声で私を起こした。
だが、起こされたのは夜が明けて間も無い時間だ。
「おはよう。まだ眠いわ」
「おはようございます!今日はやる事が沢山あるんですから、二度寝はダメですよ!?」
「やだ」
ホワイトリリィ様の真似をして駄々をこねてみた。効かないだろうけど。
「っ!?そんな技いつ覚えたんですか!?可愛いじゃないですか!もうっ!」
「ふふふ」
「……じゃなくて!!お嬢様!!」
「ごめんなさい。ただ、少し憂鬱なの。デビュタントなんて面倒くさく思えてしまって」
やっとのことで、重い
「お嬢様ならきっと、大丈夫ですよ」
「そうだといいけどね……」
ああ、本当に憂鬱だ。
私にとって二回目のデビュタント。一回目のデビュタントの時の思い出が脳裏をよぎった。
皇太子殿下とのダンスの際、誤って殿下の靴を踏んでしまったのだ。
『大変申し訳ありません!どうかお許しください!』
『………………』
必死に謝ったが、彼は無言のまま表情一つ変えなかった。
今となっては最悪な思い出だ。
今回はそんなことのないようにしたい。いや、しなければならない。
「お嬢様?何を考えているんですか?」
エリーが心配そうな顔をしている。
「何でもないわ」
何でもないわけがない、ということにエリーは気付いていたがこれ以上心配させるわけにはいかないので本当よ?と言って微笑んだ。
「何でもないならいいんですよぉ」
ムスッ、と口を尖らせたエリーは私の瞳には可愛く見えた。
「さぁ、エリー?これから私は何をするべきかしら」
「まずは、お風呂に入ってもらいます」
「了解よ」
お風呂に連れてこられたはいいが……。
「何よ!?これ!!!」
目の前にあったのは、泥風呂だ。
「なんで泥風呂なの!?」
「この泥は、美容に良い泥なんですって!」
そうだった。このころは確か、上級貴族の中で泥が流行っていた。
私は泥の感触が嫌いで、
「入らなきゃダメかしら?」
「シャルロット様のためです」
「ふぅ。分かったわ」
「あら。やけに素直ですね」
一応中身は十五だからね、とは言うまい。
「ドートリシュ侯爵令嬢はとても我儘だ、なんて噂されたくないもの」
「流石です、お嬢様!!!」
エリーがあまりにも目をキラキラさせるので、嫌がるそぶりはみせずに泥風呂に入った。
泥風呂に入って三十分ほどすると、
「お嬢様!次はバラ風呂に入っていただきますよ!」
「またお風呂なの?」
「はいっ!」
デビュタントの準備ってこんなに忙しいものだっけ?
「ではさっさとこちらのバラ風呂におはいりください!」
「はぁ……」
バラ風呂は思いのほか気持ちよかった。
この三日間でたまった疲労が一気に回復された。
「気持ち良さそうにしているところ、申し訳ありません。もうそろそろ上がってくださいな」
「少し残念だけど分かったわ」
その後は何時間もかけて髪の毛をいじられたり、何回も化粧をやり直したりと忙しい時間を過ごした。
そしてついに、馬車に乗り皇宮に向かう時間になった。
「お嬢様!!史上最強にお美しいです!!!」
侍女たちは口々にそう言ってくれた。
「ありがとう」
「天使です!!お嬢様!!!」
「あはは……」
そんな話をしていると、お父様がそろそろ行かなければ、と私の肩をたたいた。
「では行ってきます」
「「行ってらっしゃいませ!旦那様、奥様、お嬢様!!」」
憂鬱な気持ちに襲われながら、私は馬車に乗った。
今日は絶対に失敗できない。私の役目をしっかり果たさなければ!!と、心に強く誓った。
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