9.デビュタント

 三十分ほど馬車に揺られ、私達は皇宮に着いた。


「緊張するか?」

「ええ、少し」


 緊張というより、不安という言葉の方が今の私には似合うだろう。


「シャルちゃんなら大丈夫よ!」

「うん」


 “社交界の星”と“ドートリシュ侯爵家当主”が私の横には居る。それが何よりも頼もしい。


「じゃあ、まずは皇帝陛下に挨拶をしに行っておいで」

「一人で大丈夫?」

「もう十歳になったのですから、心配は無用です。では、行ってきます」


 私は一人で謁見えっけんに向かった。

 社交界デビューを迎えた令嬢や令息は、一人で謁見に向かわなければならないのだ。


「帝国の太陽、皇帝陛下。帝国の月、皇后陛下。拝謁させていただき光栄に存じます。シャルロット・デ・ドートリシュが参りました」

「あぁ。久しいな、シャルロット」


 優しく私に話しかけたのは皇族の象徴である、シルバーの髪色を持つ皇帝陛下だ。


「この度はおめでとう。侯爵令嬢」


 皇帝陛下に比べ、冷淡れいたんな口調で話すのは皇后陛下だ。

 というのも、皇后陛下は他国から嫁いで来たということもあり、あまり人に心を開かないのだ。

 皇后陛下に気に入られるかどうかは、今後の私の人生に少なからず関わってくる。どうにか、彼女に気に入られたいところだ。


「シャルロットもついに十歳になったのか。美しくなったのう」

「はい。お褒めいただき光栄です」

「ところで、このあとのダンスは、婚約者であるちんの息子と踊るのであろう?」

「その予定でございます」

「ほほぅ。楽しみにしておるぞ」

「精いっぱい努めさせていただきます」


 謁見が終わると、パーティ会場である大広間に出る階段の扉の前で皇太子殿下を待った。無論、エスコートしてもらうためだ。


「待たせたな」


 彼はすぐ現れた。

 シルバーの髪の毛と、深いが、澄んだ色をした碧眼へきがんを持つ殿下に思わず見とれてしまった。


「私の顔に何かついているか?」

「いえっ、失礼しました。帝国の若き太陽。皇太子殿下に天地の祝福があらんことを」

「あぁ」


 会場に入るまで私たちは、一言も交わさなかった。


「「シャルロット・デ・ドートリシュ侯爵令嬢、ルイス・ラ・レイヴン・シルスマリア皇太子殿下、ご入場!」」


 殿下が私の手を取り、階段をゆっくりと降りた。

 階段の途中にある踊り場で一礼をし、大広間へ出た。


 広間に出て程なくすると、皇帝陛下のお言葉でパーティーが始まった。


 まず最初に、社交界デビューした貴族の中で一番地位の高い者のペアが踊らなくてはならないのがルールだ。

 つまり、私たちのペアが一番に踊らなければならない。


 曲が流れ、私たちは踊り始めた。

 やはり、彼が笑ってくれることは一度もなかった。


 私は彼の足を踏むことなく、ダンスを終えた。


 ダンスを終えるとすぐ、様々な貴族の方々が私の社交界デビューを祝った。


「おめでとうございます!ドートリシュ侯爵令嬢!」

「殿下!婚約者様のデビューおめでとうございます!」

「お二人ともお美しゅうございます!」


 悪い言い方をすると、びを売りに来たのだ。

 そんな人たちを相手に挨拶をし続け、今日のパーティーは無事終わった。


 皇宮から帰ろうと、馬車に乗り込もうとしたその時だった。


「シャルちゃん!待って!」


 聞き覚えのある声に後ろを振り返るとそこには、ローズマリー様とホワイトリリィ様がいた。

 なぜ二人がここにいるのだろう。私が十歳の頃はまだ、二人と親しくないはずだ。


「お二人とも、どうかされましたか?」

「シャルロット、明日私たちの住む皇女宮にいらっしゃい」


 いきなりどうしたのだろう。


「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「シャルちゃんに話があるの!」

「わかりました。では明日向かいます」

「うん!じゃあ、明日ね~!」

「また明日ね、シャルロット」

「はい」


 とは言ったものの、なぜ私が呼ばれたのかは分からないままだった。私が二人に何かしてしまったのだろうか?

 そんなことを考えながら馬車に乗り、邸宅へと帰った。

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