6.壁の花-③

 復帰するとは言ったものの、今の私には婚約者がいない。

 誰が私をエスコートするのだろう。


「お父様、私にはエスコートをしてくれる殿方がいませんよ?」

「そうだな。では、私がエスコートしよう」

「お父様が!?」

「あぁ。嫌か?」

「いいえ、嬉しく思います」

「そうか。では明日」

「はい」


 お父様は嬉しそうに部屋から出て行った。

 お父様が出て行ったのを見かねて、すかさずエリーが寄ってきた。


「いいのですか?」

「うん。いいの。社交界は貴族の義務でしょ?」

「さすがはお嬢様です」


 エリーも嬉しそうだ。


「嬉しそうね、エリー?」

「当たり前ですよぅ!いつもの気高けだかいお嬢様を見ることができて幸せです」

「ふふ」

「それでは明日着ていくドレスを選びましょう!!」


 私は不安を紛らわせるように、エリーと一緒にドレスを選んだ。


 そしていつの間にか眠りに落ちていて、起きたのは翌日の朝だった。


「お嬢様、朝ですよ!」

「おはよう、エリー」


 今日がきてしまった。

 きて欲しかったようで、きて欲しくなかった今日が。


「さぁ、着替えましょうか」

「今日は最高に可愛く結って差し上げますね!」

「その前に朝食を食べに行かなきゃ」

「そうですね!」


 朝食を済ませると、すぐに準備に取り掛かった。

 エリーは宣言通り、髪を可愛く結ってくれた。


「身支度が整いました」

「ありがとう」

「では、旦那様をお呼びしてきますね」


 そう言って部屋から出て行った。


 十分後、お父様が部屋にやってきた。

 少し気まずそうな顔をしている。


「お父様、私は大丈夫です。戦う準備は出来てます」

「そうか」


 お父様は、少し安心したような表情を見せてくれた。


「それでは行こうか」

「はい」


 私とお父様は馬車に乗り、皇宮へ向かった。


 パーティが始まると、皆の視線は一気に私に集まった。


「見て!ドートリシュ侯爵令嬢よ」

「ドートリシュ侯爵令嬢?って、皇太子殿下との婚約が破棄されたって噂の……!?」

「ええ、そうよ。その噂は本当らしいわ」

「あらまぁ、本当ですの!?ですが、仕方ありませんわ。あんなことがあったのですから……」


 皆が私を噂している。

 久しぶりの社交界なのに居心地が良くないわ。


 “キズもの”の私には誰も近寄らないのね。

 今日の私は壁の花というところかしら。


 そんな中、二人の女性が私の方へ近づいてきた。


「お父様、ローズマリー皇女殿下とホワイトリリィ皇女殿下とお話してきますね」

「ああ。いってらっしゃい」


 私は二人のいる方へ、小走りで向かった。


「ごきげんよう。ドートリシュ侯爵令嬢」

「ごきげんよー!!ドートリシュ侯爵令嬢!!」


  声を掛けてきたのはローズマリー様とホワイトリリィ様だ。

 実に一年ぶりの再会だ。


「ごきげんよう。ローズマリー皇女殿下ホワイトリリィ皇女殿下」


 名前を呼んだだけで、思わず涙が出てきてしまいそうになった。


「“皇女殿下”なんて、堅っ苦しいよ!いつも通りに呼んでよ!」

「そうですね。ですが先程、ホワイトリリィ様たちも“ドートリシュ侯爵令嬢〜”と、私を呼んでおりましたよ」

「いや、だって、久しぶりなんだもん!」


 本当に久しぶりだ。

 ホワイトリリィ様の朗らかな姿は私にとって癒しとなった。


「では、お互い様ですね」

「うんっ!!」

「二人とも。私の存在を忘れていませんか?」


 割って入ってきたのは、気品の漂うローズマリー様だ。


「いえ、そんなことは……」

「忘れてたっ!!!!」

「こら!」


 ローズマリー様は可愛く怒った。


「では、改めて。久しぶりね、シャルロット」

「一年ぶりくらいかな!?元気だったー??」

「はい。お久しぶりでございます。お陰様でだいぶ動けるようになりました」

「それは良かったわ。婚約の件は残念でしたね……」

「そーだよ!兄上、シャルちゃんのこと大好きだったのにー!!」


 ホワイトリリィ様の発言に私は耳を疑った。

 皇太子殿下にはいつも、素っ気ない態度をとられているからだ。


「黙りなさい、ホワイトリリィ」

「あ!そっか!!ごめんなさい姉上」


 諌めるローズマリー様からは、殺気のようなものすら感じる。

 ホワイトリリィ様の発言は何かまずかったのだろうか。


「ホワイトリリィ様?先程の発言は……どのような意味ですか?」

「あっ、えっと…忘れて!!」

「少々気になりますが、忘れることにしま…」


「キャァァァァァアアアアッ!!!!!」


 何が起きているの分からず、私達は周囲を見回した。


「助けてぇぇ!!刺客が現れたわ!!!」


「っ!?」


 いきなりのことに頭が追いつかない。

 そして、気付いた。

 刺客はいま、私たちの方に向かって来ていることに。


「皇女様!護衛の方はどちらにいらっしゃるのですか!?」

「さっきまでは居たのですが……」

「どっか行っちゃたみたいだね……!!」


 使えない護衛だ。

 ならば、私が二人を守らなければ!

 そう思って、二人を背にして立つ。

 焦りや不安で今にも吐きそうになり少し俯いた。


「前を見なさい!!シャルロット!!!」


 ローズマリー様の声で前を向いた。

 するとそこには、見覚えのあるフードを被った人物が立っていた。


「誰!?」

「……………………」


 刺客は無言こちらに近づいてくる。

 その左手にはナイフが握られていた。


「止まりなさい!皇女殿下のお二人には指一本触れさせないわ!!」


 その刹那。


――グサッ。


「えっ?」


 恐る恐る自分の胸を見ると、そこにはナイフが刺さっていた。


「シャルロット!!!!」

「シャルちゃんっ!!!」


 バタッ。私は後ろに倒れた。


「一年ぶりね、シャルロット。あなたには死んでもらうわ。」


 刺客がそう言った瞬間、微かにフードの中が見えた。

 困惑した。

 フードの中に見えたのは、ブリルガット侯爵令嬢である、レルトーニエだった。



「皇女殿下……お逃げ……ください……」


 だが今はそんなことを考えている暇などない。


「シャルロット!!死んではダメよ!!」

「シャルちゃん!!!起きてよシャルちゃん!」


 あれ?どうしてだろう、体に力が入らない。


「ローズマリー……さま……ホワイト……リリィ…さま……どうか……ご無事で…………」


 あぁ、死ぬのかしら。でもどうせ私は、皇太子殿下との婚約が破棄された身。生きていても仕方が無いわよね。

 そうだ、来世は平民として暮らしたいわ。素敵な人と恋をして結婚して。苦楽を共にして、静かに過ごすの。


 幸せになりたかったな。



――シャルロット・デ・ドートリシュはその短い人生に幕を下ろした。

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