5.壁の花-②

 私はずっと次期皇后として生きてきた。

 物心ついた時には既に婚約が決まっていた。

 だから私は、帝国に恥じないレディーになろうと努力をし続けた。

 たくさんのことを我慢した。

 人形を撫でたことだってないほど。


 それがどうだ、ケガを負ったので皇后にはなれません?


「ふざけないでよ!!!!!」


 思わず、近くにあった人形を床に投げつけた。

 撫でたこともない人形を。


「あのー、お嬢様……?」


 いつの間にか、エリーが部屋に入ってきていたようだ。


「エリー?部屋に入るときはノックしてよ」

「あっ、申し訳ございませんでした。お嬢様が心配で……その、大丈夫ですか?」


 大丈夫なわけないじゃない。


「少し私の話を聞いてくれる?」


 誰かに話を聞いてほしい気分だった。


「もちろんです」


 エリーは笑顔でうなずいた。


「私ね、今までたくさん我慢したのよ?」

「はい」

「何十個もの習い事を、日々こなしたわ」

「はい」

「ソレイユアカデミーでの成績はいつも学年トップだったのよ?」

「はい」

「ブリルガット侯爵令嬢からの嫌がらせにも愚痴一つこぼさなかったわ」

「はい」

「ねぇ、エリー?私、死にたいわ」

「嫌な冗談です」

「あらっ。冗談なわけないわ。ふふっ」

「お嬢様…………」


 エリーはゆっくり近づいて私をそっと抱きしめた。


「どうしたのよ、エリー?」

「……………………」


 エリーは私をぎゅっと抱きしめた。

 こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ。


「ご立派でした…………」


 そう言って泣き始めた。


「なんであなたが泣くのよ」

「お嬢様、泣いていい時もあるんです」

「別に私は、泣きたいだなんて思ってないわ」

「お嬢様は嘘が下手です。泣きそうだって、顔にかいてあります」


 いきなり涙が込み上げてきた。


「な、泣きたくなんてないのに……っ!なんで泣いてるの?私」

「正直になられてください」


 そんなことを言われたら泣きたくなっちゃうじゃないの。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」


 その日、私は生まれて初めて声をあげて泣いた。



         * * *


 婚約の破棄を告げられて一日が経った。

 私は落ち着きを取り戻すことができた。


「お嬢様、おはようございます」

「おはよう」

「突然ですが、旦那様がこの後、話があるとのことです」

「お父様が?」

「はい。後でこちらに直接いらっしゃるようです」

「わかったわ」


 何の話だろう。

 皇太子殿下が誰かと婚約でもしたのだろうか?


 思考を巡らせていたら、お父様がノックもせずに部屋に入ってきた。


「お父様、ノックをしてくださいな」

「ああ、すまなかった」

「それで、何の用ですか?」 


 お父様はしばらく黙ってから口を開いた。


「明日開催される、皇室主催のパーティに出てほしい」


 え…………??


「な、なんでそんないきなり……?」

「あの事件から一年が経った。お前もそろそろ、社交界に顔を出さなくてはいけない」


 嫌だ。

 社交界に戻ったら私は笑い者にされてしまうだろうからだ。


「で、ですが!!!」

「シャルロット。お前はドートリシュ侯爵家の娘だ。いずれは社交界に戻らなくてはならないんだ」


 そうだ。

 私はドートリシュ侯爵家の一人娘だ。

 悲しんでる場合じゃないわよね……。


「わかりました。シャルロット・デ・ドートリシュ、社交界に復帰いたします」



 私は強がるフリをした。

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