4.壁の花-①

―シャルロット15歳


 お茶会に刺客が現われてから一年。

 私は、帝都にあるドートリシュ邸に療養を兼ねて戻ってきていた。


「あの事件から一年ね……」


 いまだに犯人は捕まっていないらしい。

 ブリルガット侯爵令嬢が一番に疑われたが、アリバイが証明されたらしい。

 結局犯人は誰だったのか分からずじまいだった。


 そんなことを考えながら窓の外を眺めているとコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼いたします、お嬢様」


 そう言ってドアから入ってきたのは、侍女のエリーだ。


「どうしたの?」

「旦那様と奥様がお嬢様をお呼びです」

「要件は何?」

「………………」


 エリーは無言を貫いた。

 だが、私は察した。


「婚約についてのこと……?」


 すると、黙ってうなずいた。

 そして苦笑しながら、


「お嬢様には何でもお見通しですね」


 と言った。


「そろそろ話しがくるとは思っていたもの」


 “キズもの”になって一年が経った。

 キズものの私が皇后になれるわけがない。


「覚悟は、とっくのとうにできてるわ」


 そう言って笑ってみせた。


「お嬢様は、お強いのですね」

「ふふ」

「それでは旦那様の書斎に向かいましょう」

「わかったわ」


 書斎にはエリーと雑談しながら向かった。


「さぁ、着きましたよ。私は中に入れません。どうか、気を強く持って下さいな」

「ええ、大丈夫よ」


 そう言いながら書斎のドアをノックした。


「入れ」


 お父様の低い声が聞こえた。


「失礼いたします」


 書斎の中に入り、深々とお辞儀した。

 心臓の音が聞こえる。

 バクバクしている。

 緊張している。


「面を上げろ、シャルロット」


 歯を食いしばって顔を上げた。

 目の前には机に座って下を向いているお父様と、机の横に立って私の様子をチラチラと伺っているお母様の姿があった。


「シャルロット、落ち着いて聞いてほしい」

「そ、その!シャルちゃんが悪いわけじゃないのよ……?」

「そうだ。お前は何も悪くないんだぞ?だが、決まってしまったんだ……その……」

「私の婚約が破棄されたんでしょ……?」


 二人は驚いたような顔をした。


「な、なぜ、それを?」

「そんなの、分かるに決まってるでしょう??」


 瞳から溢れそうな涙をグッとこらえて言葉を紡いだ。


「だって私は、キズものなんだよ??婚約破棄されるに決まってるじゃん!!」

「シャルロット……」

「シャルちゃん……」


 はっ、として瞳から落ちてきている涙に気付いた。


「乱れた姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。要件はそれだけですか?」

「あ、あぁ」

「それでは失礼します」


 私は逃げるように、そそくさと書斎を出て自室に向かった。


「シャルちゃん!!」

「お嬢様っ!!」


 部屋に向かう途中、お母様と、書斎の前で私を待っていたエリーの声がしたが、聞こえないフリをした。


 部屋に戻った私は、ベッドにもぐった。


「覚悟してたのに……。してたのに…………」


 泣いた。

 泣くまい、と思っていても自然に涙が出てきた。


「もういっそ、死にたいよ………………」

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