3.皇太子の婚約者-②
私が会場に着くと、たくさんの生徒がこぞって私に群がってきた。
シャルロット様、シャルロット様と言い寄られる私の気持ちにもなってもらいたい。
「静かになさい。そもそも私はあなた達に、“シャルロット”と呼ぶことを許可した覚えはありません。私に言い寄る前に自己紹介なさい。あなた達は貴族として社交界で戦わなくてはなりません。身につけたマナーはやがて、自分達の力になるのですよ」
気付いたら声が出ていた。なに偉そうな事言ってるんだろ、私。
嫌われちゃったかしら。
するとそこに、よく知った顔の二人が姿を現した。
「ヒュー!かっこいいねぇー!」
こんなテンションの高いお姫様を、私は一人しか知らない。
シルスマリア帝国第二皇女、ホワイトリリィ様だ。
「つい、口を滑らせてしまいました。こんなお説教みたいなことする令嬢なんていませんよね……」
私は器の小さな人だと思われてしまうだろうな。
「あら、何を言いますの?あなたの言ったことは決して間違っていません。帝国貴族として立派な姿でしたよ」
その声の主は、シルスマリア帝国の第一皇女であり、ホワイトリリィ様の双子の姉、ローズマリー様だ。
ローズマリー様はホワイトリリィ様とは対照的に、冷静に私を励ましてくれた。
「ありがとうございます」
もし、二人の発言がなかったら、私は自分を責めていただろう。
「では、皆さん!気を取り直してお茶会を始めましょう!!」
そして私は席に着いた。
円形のテーブルには白鳥が描かれた銀食器が並んでいる。
我ながら良いセンスしてるな、と思う。
「どーしたのシャルちゃん!そんなお顔しちゃって!」
隣の席に座っているホワイトリリィ様がニヤニヤして顔を覗き込んできた。
「いえ、この白鳥の銀食器が可愛いな、と思っていただけですよ」
「ほんと〜?もしかして〜もしかしなくても〜兄上のこと考えてたりしない〜??」
ホワイトリリィ様の兄上というと、皇太子であらせられる、ルイス・ラ・レイヴン・シルスマリア様のことだろう。
皇太子殿下といえば、私の婚約者でもある。
ホワイトリリィ様は私達の関係性が気になっているのだろうか?
将来結婚するならば、良い関係を築く必要性があるからなのかな。
「こらっ、ホワイトリリィ。シャルロットを困らせるんじゃありませんよ」
こういう時に、ローズマリー様の存在は助かる。
ホワイトリリィ様を
「ちぇっ〜。シャルちゃんの恋の進捗状況、聞きたかったのに〜〜!!!」
「ごめんなさい、ホワイトリリィ様。私には浮いた話などありませんよ」
本当にその通りだ。私に浮いた話なんてない。できない。
皇太子殿下の婚約者だなんて、ただの飾りにしか過ぎないのかもしれない。
皇帝陛下は私を気に入ってくれているけど、皇太子殿下はどうだろう?
私と話したことすら、ろくにない。
「そーいえば、ブリルガット侯爵令嬢がまだ来てないよ〜!何か企んでるのかな〜??」
ブリルガット侯爵令嬢、レルトーニエ。貴族派の筆頭であるブリルガット侯爵家の一人娘だ。
私は彼女に嫌われている。私の家が皇帝派だから当たり前かもしれないが。私も彼女は苦手だ。
そして、彼女には皇太子殿下を慕っているという噂もあったりする。
そんなことを考えていたら、エリーに肩をとんとん、とたたかれた。
「エリー、どうかしたの?」
「お嬢様、今入った情報なのですがブリルガット侯爵令嬢は体調が
その情報にホッ、と安堵した自分がいた。
「そう。分かりました」
「そっか〜!ブリルガット侯爵令嬢は来ないんだね〜!シャルちゃんが
虐められる、とは少し違うけどいつも私は、彼女に目の前で悪口を言われていた。
「口を慎みなさい!ホワイトリリィ!」
「えへへ。でも事実じゃん?」
「事実だとしても、です!」
「ええ〜!でもっ!」
「あ、あの!この紅茶、とても美味しいんです。飲んでみてくださいっ」
二人の喧嘩が始まる前に、精いっぱい話題を変えた。
そんなこんなで時間が流れ、お茶会も終盤に差し掛かった頃に事件は起きた。
「では、そろそろお茶会をお開きにしましょうか」
私がそう言うと、近くの噴水の影からフードを被った女性らしき人がこちらに向かって来た。
「シャルちゃん、どう見ても怪しいよ?」
「ホワイトリリィの言う通りよ、シャルロット」
二人はコソコソしながら、私に言った。
「ですが、誰かも分からないのに怪しがるなんて失礼ですよ。きっと、この学校の生徒ですよ」
「まぁそうだけど〜」
「そうですが……」
きっと何か伝えたいことがあるのだろう。そう思って私は声をかけた。
「ごきげんよう。失礼だけどお名前を教えていただけませんか?」
「………………」
フードを被った人物は黙ったまま私の目の前にやって来た。
「やっぱり怪しいよ!」
「そうよ。誰か!あの者を捕らえなさい!」
ローズマリー様がそう言った途端、フードの人物がナイフを私の前に差し出した。
「お嬢様!皇女殿下!お逃げ下さい!」
逃げようとしたその瞬間、太ももと頬に痛みが走った。
「お嬢様!!」
「シャルちゃん!」
「シャルロット!」
何が起きているのか分からず頬に手を当てた。
「え……?」
その手には血がついていた。
「イ、イヤァァァァァァァァァアア!!!」
右足の太ももからも血が溢れ、その血はボロボロに切られたドレスを赤く染めた。
* * *
あれから一時間が経った。
エリーの話によると、フードを被った人物は私を切ってすぐ、逃げたという。
今も捕まっていないそうだ。
一方、私はいま病院にいる。
右足の太ももの傷が深いらしい。
傷を負った私は“キズもの”として扱われることになる。
「婚約破棄……されちゃう……かな……」
静かな病室でボソッ、っと呟いた。
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