7.逆行

『ホワイトリリィ、準備はできた?』

『バッチリですよ、おねー様!』

『では、やりましょうか』

『うん!』

『我は時をつかさどりし者ローズマリー』

『我は生命をつかさどりし者ホワイトリリィ』

『『我らの名のもとに、時よ戻れ!!!!』』



        * * *



「……さま!」


 誰かの声が聞こえる。

 もしかして、これが走馬灯というやつだろうか。


「……さま、お嬢様!」


 エリーらしき声が聞こえる。


「え…………?」


 目を開けてみると、そこには何回も見たことのあるドートリシュ邸の自室の光景が広がっており、私はベッドに横たわっていた。 

 そして、そのベッドの横には、エリーが立っていた。


 走馬灯にしては声や景色、自分の感覚がハッキリとしすぎている。

 これは、走馬灯なんかじゃない。

 自分の直感がそう叫んでいる。


「エリー!?」

「ええ、はい。私はエリーですよ?」


 なんでエリーが見えるの!?

 だって私は確かに死んだはず……。


「何ボケっとしてるんですか?朝ですよ!」

「朝?私死んだんじゃないの?もしかして、まだ生きてるの!?」


 エリーは不思議そうな顔をした。


「何言ってるんですか?もしかして悪夢でも見たんですか?」

「悪夢じゃないわ!私は確かに、刺客に胸を刺されたわ!」


 そう、私はパーティーで皇女様たちをかばって刺されたはず。


「まぁ、とりあえず髪の毛をかして差し上げますのでこちらにお座りください」


 言われるがまま、私は化粧台に座った。

 すると、化粧台の鏡には信じられないものが映っていた。


「ねぇ、エリー。私っていま何歳だっけ?」


 鏡には幼いころの自分が映っていたのだ。


「へ?先日、十歳になられたばっかりじゃないですか」


 どういうこと?

 十五で死んだはずが、十歳に戻ったってこと……?

 それか、十五歳までの記憶はすべて夢だったの?

 でも、夢にしてはリアルだったし、刺された時には痛みも感じた。

 じゃあ、今と十五歳までの記憶は、どちらとも現実ということ?

 そんなのあり得るわけがない。


「お嬢様?さっきから難しい顔ばかりしていますよ?」

「えっ、ああ。少し考え事をしていたの」


 何がなんだかわからない。

 だが、とりあえず今の状況を受け入れることにした。

 十歳の頃に逆戻りしたと仮定して、なぜこんなことになったのだろう。

 私を可哀そうに思った神様が時間を巻き戻してくれた、とか? 

 もしそうだったとしたら、あんな人生二度と歩みたくない。


「あ、それより!!明日は遂にデビュタントですね!!」

「え、いまデビュタントって言った?」


 デビュタント。それは貴族に生まれたのなら避けては通れない道、社交界デビューのことだ。

 帝国の貴族令嬢や令息は、十歳になると社交界入りが認められる。

 皇太子殿下の婚約者である私は、一番注目されることになる。


「はい。まさか忘れていたんですか!?」

「あはは……」

「今日のお嬢様、なんか変です」

「ちょっと寝ぼけてるのかも」

「らしくないですね」

「ふふ。ところで、今日の予定は?」


 たとえ、どんな事情があったとしても『シャルロット・デ・ドートリシュ』として、完璧でいなくてはならない。

 十五歳の記憶があるなんて言えば、皆に白い目でみられてしまうだろう。


「本日は、朝食の後に家庭教師がお見えになり、マナーと、帝国の歴史についての勉強。そして午後は明日にそなえて、五時間みっちりダンスのレッスンです!」

「教えてくれてありがとう。頑張るわ」

「はいっ!!」


 とにかく、今できることは全力でやってみよう。

 私は完璧でいなくてはならないから。

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