プロローグ


社交界にて


 

「見て!ドートリシュ侯爵令嬢よ」

「ドートリシュ侯爵令嬢?って、皇太子殿下との婚約が破棄されたって噂の……!?」

「ええ、そうよ。その噂は本当らしいわ」

「あらまぁ、本当ですの!?ですが、仕方ありませんわ。あんなことがあったのですから……」


ーあぁ、みんな私のことを話しているのね。

久しぶりの社交界なのに居心地が良くないわ。

前までは誰もが私に寄ってきたのに……。



 “キズもの”の私には誰も近寄らないのね。

 今日の私は壁の花というところかしら。


 ため息をついていると、二人の女性が私の方へ近づいてきた。


「ごきげんよう。ドートリシュ侯爵令嬢」

「ごきげんよー!!ドートリシュ侯爵令嬢!!」


  声をかけてきた二人を相手に反射的に頭を下げる。


「ごきげんよう。ローズマリー皇女殿下、ホワイトリリィ皇女殿下」


 近づいてきた二人の女性の正体は、双子の皇女で、姉のローズマリー殿下と妹のホワイトリリィ殿下だ。


「久しぶりね、シャルロット」

「一年ぶりくらいかな!?元気だったー??」


 落ち着いてて気品の漂うローズマリー様に、元気が良くて朗らかなホワイトリリィ様。私の数少ない“友人”と呼べる存在である。


「はい。お久しぶりでございます。お陰様でだいぶ動けるようになりました」

「それは良かったわ。婚約の件は残念でしたね……」

「そーだよ!兄上、シャルちゃんのこと大好きだったのにー!!」


 ホワイトリリィ様の発言に私は耳を疑った。

なぜなら、皇太子殿下は冷酷な方として有名であるからだ。私もいつも、素っ気ない態度をとられている。


「黙りなさい、ホワイトリリィ」

「あ!そっか!!ごめんなさい姉上」


 ホワイトリリィ様を諫めるローズマリー様からは殺気のようなものすら感じる。ホワイトリリィ様の発言は何かまずかったのだろうか。


「ホワイトリリィ様?先程の発言は……どのような意味ですか?」

「あっ、えっと…忘れて!!」

「少々気になりますが、忘れることにしま…」


「キャァァァァァアアアアッ!!!!!」


 何が起きているの分からず、私達は周囲を見回す。


「助けてぇぇ!!刺客が現れたわ!!!」


「っ!?」


 いきなりのことに頭が追いつかない。

 そして気付いた。刺客はいま、私達の方に向かってきているのだ。


「皇女様!護衛の方はどちらにいらっしゃるのですか!?」

「さっきまでは居たのですが……」

「どっか行っちゃたみたいだね……!!」


 護衛がいない!?ならば私がお守りしなければ!

 そう思って、二人を背にして立つ。焦りや不安で今にも吐きそうになり少し俯いた。


「前を見なさい!!シャルロット!!!」


 ローズマリー様の声で前を向くと、


「誰!?」


 そこにはフードを被った女性らしきシルエットの人が立っていた。刺客だ。

 刺客はゆっくりとこちらに近づいてくる。

その左手にはナイフが握られていた。


「止まりなさい!皇女殿下のお二人には指一本触れさせないわ!!」


 その刹那せつな。


――グサッ。


「えっ?」


 恐る恐る自分の胸を見ると、そこにはナイフが刺さっていた。


「シャルロット!!!!」

「シャルちゃんっ!!!」


 バタッ。私は後ろに倒れた。


「一年ぶりね、シャルロット。あなたには死んでもらうわ。」


 刺客がそう言った瞬間、かすかにフードの中が見えた。

 刺客の正体は貴族派の筆頭、ブリルガット侯爵家のご令嬢、レルトーニエ様だった。

 確か、皇太子殿下を慕っているという噂があった気がする。

 そんな方がなぜ……?


「皇女殿下……お逃げ……ください……」


 だが今はそんなことを考えている暇などない。皇女様たちをお守りしなくては……!


「シャルロット!!死んではダメよ!!」

「シャルちゃん!!!起きてよシャルちゃん!」


 あれ?どうしてだろう、体に力が入らない。


「ローズマリー……さま……ホワイト……リリィ…さま……どうか……ご無事で…………」


 あぁ、死ぬのかしら。でもどうせ私は、皇太子殿下との婚約が破棄された身。生きていても仕方が無いわよね。

 そうだ、来世は平民として暮らしたいわ。素敵な人と恋をして結婚して。苦楽を共にして、静かに過ごすの。


 幸せになりたかったな。



――シャルロット・デ・ドートリシュはその短い人生に幕を下ろした。





…………はずだった。

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