13.5.僕の婚約者

 は、名をルイス・ラ・レイヴン・シルスマリアという。

 シルスマリア帝国の第一皇子兼、皇太子だ。


 一人称は“僕”だが、立場上、人と話す時は一人称を“私”にしている。皇子って面倒臭いな。

 愛称はルイ。親しい者はそう呼んでいる。親しい者と言っても、本当にごく一部だが。

 親しい者の例に、僕の妹たちが挙げられる。第一皇女のローズマリーと、第二皇女のホワイトリリィだ。

 二人は双子なのに、何故か性格は真反対。気品があって大人しいローズマリーに比べて、ホワイトリリィは元気過ぎる。


 そんな二人に、私は弱みを握られている。それは……“僕が婚約者を好いている”ということだ。

 そう。僕には、二歳年下の婚約者がいる。名前は、シャルロット・デ・ドートリシュ。帝国序列四位に君臨する、ドートリシュ侯爵家の令嬢だ。

 僕は彼女に興味……もとい、好意を寄せている。


 初めて彼女を見た時のことを今でも鮮明に思い出せる。

 僕が八歳の頃だった。それまで一度も婚約者とは会ったことがなかった。

 正直、婚約者なんてどうでもいいと考えていた。自分で言うのもどうかと思うが、僕は何でも出来た。

 勉学だって、理解するのに時間はかからない。剣術も、帝国騎士たちの真似をしていたら勝手に出来てしまった。僕の家庭教師は涙目になってたけど。

 次第に、日常を“つまらない”と感じるようになっていた。

 婚約者だって、家柄で選ばれたであろう者だ。他の貴族令嬢のように、傲慢ごうまんでプライドの高い、つまらない人物を想像していた。


『敵国はこの国の西側じゃなくて、東側を狙って攻撃してくると思います』


 彼女は、大人たちの会話にいきなり突っ込んでそう言った。

 僕は思った。


(面白い……!)


 僕や大人たちでさえ、気付くことの出来なかったことを彼女は気付いた。

 この女はどんな人物なんだろう。僕となんだろうか。そんな興味が次々に湧いてきた。


 それから彼女を好きになるまで、さほど時間はかからなかった。


 父上にうながされて婚約者の邸宅へ訪問した時のことだった。

 彼女の部屋をノックしてみたのだが、何も反応が無かったのでそっとドアを開けて覗いてみた。

 そこには真剣な眼差しで机に向かっている彼女の姿があった。

 僕にはその姿がとても神秘的に見えた。

 自分の胸の鼓動が速くなるのが手に取るようにわかった。

 僕はあの瞬間、彼女に惚れてしまったんだ。

 妹たちには何故か気付かれてしまった。なかなかあなどれない妹たちだ。


 彼女だけは絶対にこの手から離さない。そう思っていたのに――。


『殿下!ドートリシュ侯爵令嬢が何者かに襲われてしまったと報告が!!』


 頭が真っ白になった。


 当時の僕は、婚約者にどう接すればいいのか分からず、関係は良好とは言えなかった。僕は彼女を好いていたけど。

 父上は僕の意思なんて知らずに、僕たちの婚約を破棄するよう言ってきた。

 父上は皇帝。父上の言うことを聞かないやつが帝国のどこにいるだろうか。僕は父上に言われるがまま婚約を破棄することにした。

 仕方がないことだと分かっていた。彼女はキズを負ってしまった。国母にすることは難しい。それでも、彼女との婚約の破棄は受け入れ難いことだった。


 その事件から一年が経ち、彼女が社交界に復帰するという噂を耳に挟んだ。

 だが、現実逃避をするかのように、僕はその日のパーティーには出席しなかった。


 気を紛らわせようと執務をしていた最中だった。

 突然、皇宮内が騒がしくなったかと思うと、気づけばベットの上で横になっている自分がいた。

 洗面台の鏡には、幼い姿の自分がいた。侍従に、私は今何歳なのかと聞いてみた。

 すると、十二歳だという答えが返ってきた。

 どうやら僕は、逆行してしまったらしい。それが僕の出した結論だった。


――そして今、僕は逆行の真相を妹たちに告げられている。

 妹たちは、実は魔法が使えて、僕と僕の婚約者を逆行させたらしい。

 僕は聞いた。なぜ逆行させたのか、と。


『正直に言うわ。シャルロットが死んじゃったら嫌だからよ!!何より、兄上が可哀想じゃないの!!だからホワイトリリィと協力して魔法で二人を逆行させたのよ!もう!!』


『はぁぁぁぁぁぁああああ!?』


 僕は、ローズマリーの発言に驚くとともに恥ずかしくなり立ち上がってしまった。

 僕が可哀想……って。それ、今ここで言うことかい?婚約者が真横にいるんだが。


 きっと今の僕の顔はリンゴのように赤いだろう。

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