16.謎の生き物

「それはたしか?」

「はい」


 犬や狐に似てる白色の動物だなんて、聞いたことがない。


「それで、捕まえられたのね?」

「いや、それが……いくら捕まえようとしても、触れることが出来なかったのです。お出迎えすることができなく、申し訳ございません」

「それはいいわ。だけど、触れることが出来なかったってどういうことなの?そんなにその動物は素早く動くの?」


 エリーは運動神経も優れており、侍女の中でも一番の俊足だ。本人いわく、毎日身体を鍛えているので体力には自信があるとのこと。

 そんなエリーを疲れさせるなんて、小さな動物にできるものなのだろうか。


「いいえ。素早く動く訳では無いのです。……むしろその逆です。ちっとも動かないのですが……」

「動かないのに捕まえることが出来なかった、と?」

「おっしゃる通りでございます。いくら触れようとしても触れられ無かったのです」


 目に見えるのに触ることが出来ないなんて、不思議だ。


(また皇女様絡みで変なことが起こっているのかしら?)


「その生き物のいる場所に連れて行ってちょうだい」

「かしこまりました」


 そうして、玄関から真反対にある庭園へと向かった。


「お嬢様、あちらです」


 エリーは庭園にあるロココ調のテーブルセットのテーブルの下を指さした。

 エリーの指す方向に目をやると、


「あらあらまぁまぁ……」


 そこにいたのは、狐のような耳と琥珀色こはくいろの瞳を持った、まるで雪のように白い毛の生えた動物だった。犬で言うと小型犬ほどの大きさだろう。


「見たことの無い動物だわ」

「私も見た事がありません。どこからか迷い込んできたのでしょうか」

「どうだろう……」


 その動物はテーブルセットの下で快適そうに寝転んでいる。


「今日は少し暑いから、きっと、テーブルの下で涼しんでいるのね」

「そうですねぇ」


 今はまだ五月初旬だというのに、ギラギラとした太陽が私達を照りつける。動物も日陰で休みたいのだろう。


「ふぅ……」


 少し、ため息をついて考える。

 逃げているわけではないのに、触ることの出来ない動物。

 特殊な姿をした神秘的な動物。

 こんな動物、一体どうすればいいと言うのだ。


 このまま、庭で休んでいてもらうか?

 だが、もし来客が来た時に、この動物が何かしでかしてしまうかもしれない。


「捕まえるか、追い出すしかないわね。エリー、本当に触れないのか確かめてみてちょうだい」

「はい」


 エリーは少しずつ近づくけれど、その動物はちっとも動かない。

 とうとう触れようとしたエリーだが、しかし、彼女の手は動物の体を通り抜けた。


「!?」


 どうやら、本当に触れられないらしい。


「この通りです。お嬢様」

「そうね。あなたの言っていたことは本当のことのようね。変な動物ね……」


 もはや動物では無いのではなかろうか。


「他の使用人を何人か連れてきてくれる?」

「承知しました」

「あ、もちろん信頼のできる人を連れて来てね」

「はい。もちろんです」


 少しして、エリーを含めた五人の使用人がこの庭に集まった。


「連れて参りました。それと、一応この庭には誰も立ち入らぬよう、声もかけてきました」


 流石エリー。仕事の出来る優秀な侍女だ。


「ありがとう。あなた達に、少しやってもらいたいことがあります。よろしいでしょうか?」


 私たちにできることなら何でも言ってください、と口々に侍女達は言った。


「みんなありがとう。今、皆さんの前には白い毛のした生き物が見えていますね?」

「はい!見えています!」


 若い侍女が元気に返事をしてくれた。


「では、順番に生き物に触れてみてください」


 大抵の使用人は首を横に傾げたが、すぐその理由を悟ることになる。


「お嬢様!この生き物に触れることができません!」

「私もです!お嬢様!」

「本当です!触れられません!」

「どうなっているのですか!!」


 やはり、みんなその生き物に触れることは出来なかった。


「ありがとうございます。用事はこれで以上です。帰っていいですよ。もちろんこのことは他言無用です」

「「はい、お嬢様」」


 ぞろぞろ帰っていく使用人たちの背を見ながらエリーに話しかけた。


「エリー、どうしましょう」

「そう言われましても……。あ、ためしにお嬢様も触れてみますか?」

「そうねぇ。まぁ結果は目に見えてるけれどね」


 苦笑しながらもその生き物に手を伸ばしてみた。


「っ!触れるっ……!?!?」

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