15.帰宅

 馬車の中で私は考えた。

 これから先、何を目標に生きるべきなのか、一度目の生涯では何が私を死に追いやったのか、を。


(私を殺したのはブリルガット侯爵令嬢だったのかしら……)


 真っ先に思い浮かんだのは、自分を殺した刺客の事だった。

 殺される間際に刺客のフードの隙間から見えたのは、確かにブリルガット侯爵令嬢の顔だった。


 貴族派の筆頭であるブリルガット侯爵家と、皇帝派であるドートリシュ家はお互い対立し、いがみ合っている。

 だが、彼女とて、序列八位に君臨する侯爵家のご令嬢だ。それなりの教育を受けているはずなのだ。あんな軽率な行動をとるとは、とても思えない。


「お嬢様、到着致しました」


 一向に考えが纏まらないまま、私は邸宅に帰ってきてしまった。


「ただいま帰りました」

「お帰りなさい、シャルロット」


 邸宅の玄関のドアを開けると、お父様が立っていた。まるで、私を待っていたかのように。


「お父様、どうしてこちらに?ずっと私が帰ってくるのを待っていてくださったのですか……?」

「え、あ、あぁ!その!あれだよ、たまたま通りかかったら馬車の音が聞こえたからね。もしかしたらと思ったんだよ。あはは」


 やっぱりお父様は親バカでは無かったわ。皇女様も変なことを言うのね。


「ところでお父様、お願いがあるのですが」

「シャルロットが、私にお願い……?なんだ、言ってみてくれ」


 お願いというのは、お茶会の開催についてだ。


「私、お茶会を開こうと思っているのです」

「茶会!?お前が!?」


 予想通りの反応だろう。


「はい」


 お父様はとても混乱した様子で口をパクパク開いている。

 それほど、私がお茶会を開くというのは、珍しいことなのであろう。

 実際、五歳のお茶会デビューの時以来、お茶会には参加していなかった。


 貴族令嬢たちのイザコザに巻き込まれて反感を買ってしまっては困るのだ。何より、私は人間を信じることができない。友達なんて皇女様たちだけで充分だと思っていた。


 そんな私が主催すると言い出すのだから驚くのも無理ないのかもしれない。

 それにしても驚きすぎだ。


「本当に言っているのか……?」

「嘘なんてついてません」


 お父様は一つため息をついて、


「分かった。会場はうちの中庭の東屋あずまやでいいな?」


 どうやらお茶会の開催に協力してくれるようで良かった。


「はい。ありがとうございます」

「では私は、これから皇宮で仕事があるので行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 お父様は、皇女宮で何があったのか、と静かに呟きながら家を出ていったけれど、私は聞こえない振りをした。


「エリー!ただいま帰ったのだけれど……」


 いつも、私が帰ってくる時には玄関の前で出迎えてくれているはずのエリーがそこにはいなかった。


「お嬢様〜!!!」


 少しして、エリーが小走りでやってきた。


「お、お帰りなさいませっ、お嬢様……っ」


 エリーの息はとても荒く、はぁはぁという声が聞こえた。

 心なしか、だいぶ疲れているように見える。


「ええ、ただいま。どうかしたの?」

「それが……少し、トラブルが起きてしまいまして……」

「トラブル?」

「はい」


 トラブルとは、いつも冷静に仕事をこなす彼女にしては珍しい。

 エリーの仕事に支障をきたす程のトラブル……。一体何が起こったのだろう。


「何が起こったの?」


 エリーはやっと息を整え、体の前で手を組むと、


「実は、先程庭園の清掃をしていたら……犬のような、狐のような、白色の動物が現れたのです……」

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