第26話 なぜ勇者がアイテム無しに魔物を退治できたのか
平静を取り戻したソフィーを仲間に加え、冒険の続きが始まろうとしている。
「それじゃ、行きましょうか」
「え、でも夜じゃない。夜が明けてからでもいいのでは?」
「それでもいいけれど、どこかに泊まるお金なんてないわよ。夜明けを待つなら野宿ね、野宿」
このパーティでの冒険に慣れていないソフィーは宿屋で寝泊まりできないことが不満だった。しかしいくら泣こうが喚こうが、無いものは無い。ソフィーは寒さで少し赤くなった頬を膨らませてしぶしぶ了承した。
とはいえペルセポネにとって、次の冒険に至っては夜に行動する方が都合がよかった。なぜならば次に待ち構える魔物、イフリートは火山の火口付近で待機しているからだ。爆発を伴うような噴火こそないものの、ドロドロと流れ出る溶岩から発せられる赤い光は火口がすぐそこにあるという目印になる。
ペルセポネの思惑通り勇者一行は暗闇の中、山頂付近で赤みががっているところを見つけた。そこを目掛けて歩を進める。
「ところでイフリートってなんなのよ。炎の魔人だっけ?」
ソフィーが言った。
「半分正解で、半分不正解よ。『炎を操ることができる』魔人ではあるけれど、本体は炎ではなく煙だわ。勘違いしている人間が結構多いみたいなのよね」
「煙?」
短気であり獰猛な性格のイフリートは、その本体が煙であるものの侮れない魔力を誇る。まさに冒険終盤、魔王城の近くを徘徊する魔物としてはうってつけの存在なのだ。
「あれ、私も神父様から炎の魔人と教わっていました~。どうして勘違いする人が多いのでしょうね~?」
アメリアの問いに対するペルセポネの答えを聞いた全員が、一瞬固まった。
「それはね、おそらくだけどイフリートは脳筋だからよ」
「脳筋……?」
脳筋キャラのほとんどは人間側のイメージによって炎属性だと決定づけられる。底知れぬ活力でどこまでも突き進む猪突猛進、いわゆる体育会系なところが色々な意味で「アツい」からそうイメージされるのだろう。もちろん、スマートに本物の炎を操るソフィーのような者もいるのだが。
「それで、その煙はどうやって退治するんですか?」
「うーんと、正式な方法だと壺かランプに閉じ込めるのだけれど……」
ペルセポネが言葉に詰まってまず勇者を見た。その後、勇者は隣にいたモニカを見る。さらにモニカはアメリアへ顔を向け、アメリアから顔を向けられたソフィーから視線がペルセポネに返ってきた。
「ですよねー……」
誰も壺やランプなど持っていなかった。さてどうしたものかとペルセポネが考えていると、アメリアが話始めた。
「実家になら壺があったんですけどね~……さすがに今さら取りに戻るのも時間がかかりすぎますし~……」
「あら、意外……と言っては失礼かしら。何かを貯蔵していたの? それとも骨董品を集めるのが趣味だったり?」
「いえ、神父様から購入したのですが、私はあの壺に救われたんです~」
「……ん? 壺に救われた……?」
「それが神父様との出会いでした~」
アメリアが神職に従事する前のことである。ある日、いつものように生活のため盗みを働いているとすれ違った神父に声をかけられた。初対面だったにも関わらず悩みを抱えていたことや、身近に起こった出来事、そして荒んだ生活を送っていることをを言い当てた。アメリアも初めはその老人を警戒していたものの、自身の事を言い当てるその力に感心し、心を開いていった。互いに信頼関係が築かれていくなか、ある日神父は警告した。アメリアは悪霊に取りつかれており、このまま放っておくと命の危険がある、と。しかし救いの手が無いわけではない。この壺を手元に置いておけば、次第に除霊されていくのだという。
――即決だった。相場を考えるとはるかに割高ではあったが、それで命が助かるのであれば安いものだ。盗品を全てゴールドに変え、購入した。事実、購入した後は調子が良くなったような気がしていた。不安から解放され、明るい未来が待っているような気がしていた。それ以来アメリアは神父の事を尊敬するようになり、神父のもとで働き始めることとなる。
「神父様、とても良い方なんですね……!」
モニカは感銘を受けていた。その隣でソフィーが「コールドリーディング……バーナム効果……」などとつぶやいていたが、他の3人はその意味を理解していないだろうと考えたペルセポネはそのつぶやきを止めなかった。むしろペルセポネは満面の笑みを浮かべて、アメリアに言った。
「今が幸せなら、それでいいと思うわ」
そのような会話をしつつ歩を進めていく勇者一行。やがて火口付近へとたどり着いた。
「どうしましょう、結局撃退方法が思いつかなかったですけど……」
モニカが言った。しかしその言葉に待ったをかけたのがソフィーだった。相手が脳筋であれば、もしかしたら手があるかもしれないという。ここは私に任せてほしいと自信たっぷりにソフィーは言ったが、他の仲間は信頼しきれていなかった。
「封印しておくものが無いじゃないですか」
「封印できなくても、徽章を奪って追っ払うことができればいいんじゃないの?」
得意気にソフィーは言い切った。ペルセポネは自身でさえ撃退方法を思いつかなかっただけに、ソフィーのその言葉に賭けてみることにした。
やがてどこからともなく風が吹き、煙のような薄い灰色の気体が立ち込める。それは初めこそ勇者一行を囲うように現れたが、やがてまとまり老父のような出で立ちを成していった。大きさは人間の数倍もある。正体を知るペルセポネでさえ一瞬たじろぐほどだった。
「よぉ来たなぁ、人間共」
低温で響いたその声は、まるで地鳴りのようだった。姿形だけでなく声でも威圧を感じた。
「お前らの目的はわかっとる。この徽章だろう?」
そう言ってイフリートは摘んだ徽章を勇者らに見せた。
「だが俺も魔王軍の一員。そう簡単には渡さねぇ。徽章が欲しくば、俺を封印してみ――」
「封印も何も無かろう」
イフリートのセリフを遮ったのはソフィーだった。ソフィーは勇者たちの群れから抜け出し、一人でイフリートに対峙した。
「そもそもお前はここに居てはならん存在なのだ」
「あぁん? この小娘は何を言っているんだ」
「近年この国では、お前のような魔物を排除しようとする動きが活発でな」
「お前らから見たら魔物なんてそんなもんだろ? 今さら何を言いだしたかと思えば」
「健康増進法の一部が改正されるのって知ってるか?」
「んなもん知る訳ぁねぇだ――……って、え、なに? 健康増進法?」
「そうだ。近々、平和の祭典が催されるもんでな」
「え、えーと、それが俺に何か?」
「その祭典の開催国が我が国となったのだ」
イフリートは困ったように周りをキョロキョロと見渡す。ペルセポネと合った彼の目からは助けが求められていたが、ペルセポネは無言でゆっくりと顔を背けた。
「恥ずかしながら我が国は、望まぬ形での煙の吸い込み防止策が遅れてしまっていてな。だが平和の祭典がちょうど良い機会になった。今現在も屋内のみならず屋外まで、人間はお前のような魔物を排除しようと活動している。もうお前の居場所はあとわずか。限られているのだ。わかったらさっさと徽章を置いて、この場から立ち去れい!」
「くっ……こんな訳わからんやつらを相手にしてられっか!」
イフリートはソフィーの勢いに負け、徽章とゴールド入りの袋をソフィーの足元に叩きつけ、魔王城の方角へと飛んで行った。それらを拾い上げたソフィーは勇者、モニカ、アメリアから称賛の拍手が送られ、ドヤ顔で「ふんす!」と言わんばかりに鼻息を荒げた。一方でペルセポネは4人に背を向け、ぶつぶつと呟いていた。
「リッチー様にお願いして彼を煙じゃなく水蒸気にしたら、まだ活躍できる場があるのかしら……?」
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