第14話 なぜ勇者は幼子に戻るのか

「よくここまで来たわね。ご飯はちゃんと食べてる? フィッツジェラルド博士には迷惑かけてない?」


 マミーの優しい問いかけに勇者は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を手のひらで覆いながら首を縦に振った。


「大きくなったな。お前が成人する頃には契約期間も満了してウチに戻るから、その時は一緒に酒でも飲もうな……」


 もう一方のマミーの言葉にも同じように首を縦に振る。


「今は魔王軍との契約中だからこんな格好だけれども、この戦いが終われば人間の姿に戻るから安心してね」

「無事に終わって帰ったらお前の好きな物なんでも食わせてやるからな」

「え、えーと、感動の再会? のなか申し訳ないんですけれども、あなたたちはいったい……」


 少し困惑した様子でモニカが聞いた。


「あら、申し遅れて失礼しました。私はこの子の母親のマミーです。そして隣にいるのが……」

「父のダディです」

「ダジャレですか!」


 モニカでさえ鋭くまともなツッコミを入れる中、ペルセポネはそんな茶番を予期していたかのようだった。なぜならば無表情で地下の広い空間の片隅に腰を下ろし、体育座りでそのやりとりを見守っていたからである。


「そういうアナタは……?」

「あ、すいません。私はモニカといいます。旅の途中で勇者様に助けてもらい、お手伝いをさせてもらっています」

「あら、そうだったの。ウチの子と仲良くしてくれてありがとうねぇ」

「ここまで良く来たね。徽章を探しているだろう? ママが持っているよ。ほらママ、お渡ししなさい」

「ええ、これね。どうぞ。あと少しばかりだけど、お給料も出ているから皆で使って」


 ダディに促され、マミーは包帯の下から黄色の徽章と幾分かのゴールドを取り出し、モニカに渡した。それを受け取ったモニカは、徽章を集めたらマミーとダディが封印されてしまうのではないかと心配をした。しかし2人は魔王軍の一員であれど魔物ではなく人間だ。バラバラになった徽章が集まっても封印されることはないから安心してくれと力強くダディが言った。それを聞いていた勇者も平静を取り戻しつつあり、顔を上げて頷いた。


「しかし本当に久しぶりねぇ。いったいいくつになるのかしら? 私たちが魔王城で働き始めた時から数えると……」

「あれ、徽章で封印はされないのですよね? 今の話ですと、前回魔王軍が封印されていた時はご自宅に戻っていなかったのですか?」


 マミーに問いかけるモニカはもう先ほどまでの超展開についていけないモニカでは無かった。

 モニカの質問の通り、たしかに『自宅に戻る』という選択肢もあった。ただ両親は揃って『超』がつくほどの真面目な人間だったようで、魔王の許可なく勝手に抜け出すのはマズいと判断したようだった。その間はただ留守番をしていたという訳ではなく、電気や空調、ボイラー設備などの管理や保守点検を行っていたとダディが言った。


「こういった仕事をビルメンテナンス業と言います」

「パパがこういった仕事に長けてるとは思わなかったから、助かったわよ」

「んもう、褒め上手だなぁママは」

「魔物もビルメンテナンスもこなせるなんて……様々なお仕事をこなせる勇者様のご両親、カッコいいです!」

「モニカちゃんツッコミどころそこ!?」


 無表情だったペルセポネが息を吹き返したようにツッコミを入れる。


「あら、そんな隅っこでどうしたのペルセポネさん。具合でも悪いの?」

「いーえ、別に何ともないのでお気になさらず……」

「え?」


 不思議そうな顔をしてモニカがペルセポネの元へ駆け寄る。


「あら、どうしたのモニカちゃん。私なら本当に体調不良とかじゃないから大丈夫よ。ただちょっと会話の流れについていけなかっただけ」

「あ、いえ、それならいいのですが……」


 モニカは何か違和感を感じていたようだった。しかしすぐにまた、勇者と親子の再会の余韻に浸り始めた。


「ねぇ、お二人さん。わがまま言って申し訳ないのだけれど、今夜一晩だけはこの子と一緒に寝させてもらえないかしら?」


 片手で勇者の頭を抱きながらマミーは言った。ペルセポネとモニカの答えはもちろんOKだ。それならば親子水入らずの時間を邪魔しないよう2人で先にここを抜けて、次の街の宿屋あたりで待っていようかとペルセポネがモニカに提案したが、ダディはここに泊まったらどうかと誘った。砂漠の中だけでなく周辺の街も暑い。それに外はもう真っ暗だろうから、暗闇の中で砂漠を抜けるのは危険だろうと気遣ったのだ。


「あら、さすがパパ。良い案だわ」

「そうだろう? ささ、お二人ともくつろいでいってくれ」

「あ、はいそこまで言うのなら……。それじゃあモニカちゃん、お言葉に甘えて私たちもここに泊まっていきましょうか。でも親子のひと時を邪魔しないようにね」

「はい!」


 ペルセポネにとってこの流れで砂漠の地下空洞で泊まることになったことは想定外であった。一人になれる空間がない以上、ヴァンパイアへ連絡を取るのが不可能になってしまったことに若干の不都合を感じていたかもしれない。


「それでは勇者様、私たちは隅っこの方で寝ているんでご両親との時間を取り戻しながらいい夢を――ってもう寝てるんかい!」


 ペルセポネがおやすみの言葉を発した時、勇者は既に夢の中だった。先ほどまで溢れ出て止まらなかった涙によってぐしゃぐしゃにされた顔はどこへ行ったのかと思うほど、穏やかな表情で眠っていた。


「あらあら、疲れていたのね」

「泣いて、ママに抱きしめてもらって、眠りに落ちて。我が子もまだまだ子供だな!」


 結局、勇者は再会による感動の余韻に浸る前に寝落ちしたため、ペルセポネもアルテミスも床に就いた。

 翌朝――


「おはようございます! ペルセポネさん! 勇者様! お母様お父様!」


 地下の空洞に元気なモニカの声が響き渡る。


「おはよう! 良い朝だな!」

「あらやだパパったら、ここからじゃ外の様子なんて見えないじゃないの」

「それもそうだな! はっはっは」

「モニカちゃんに負けず劣らず朝から元気なご両親ね……」


 勇者の両親やモニカとは反対に、ペルセポネは朝のエンジンのかかりが遅かった。勇者は相変わらずマイペースに朝の準備運動を行っている。各々が出発の準備をし始めたところでモニカが聞いた。


「ところでマミィさんダディさん、次の徽章もまた次の街とか道中にあるんですかね?」

「うーん、どうなんだろう? ママ、知っているかい?」

「私も知らないわ。でもたしか次の街って言ったら……」


 2人が口ごもった。次の街は”スラム街”ダーネル。2人曰く、"スラム街"と冠の付く通り治安が良くない場所で貧困に喘ぐ住民が多いためか、スリや置き引きが横行していて歩くには注意が必要とのことだ。

 それを聞いて身震いする勇者とモニカだったが、ペルセポネにはなぜそこまで緊張が高まるのかがわからず、こそっと呟いた。


「私たちが狙わるような貴重品なんて持っていたかしら……?」


 出発の準備が整った3人。勇者にとってはまた両親との別れの時間だ。


「元気でね。皆さんに迷惑をかけちゃダメよ。この戦いが終わったら戻るからね」

「家は燃えてしまったと聞いているからな。新しい大きな家を建てて3人で暮らそう。家が建ったら、2人とも遊びに来てくれよな」

「はい、その時はぜひ! お父様お母様、お世話になりました!」


 勇者に顔に昨晩のような涙は無かった。むしろ決意を新たにし、希望に満ち溢れたような表情になっていた。

 ここに入ってきたのとは反対側の通路を通ればこの地下空洞から抜けられ、まっすぐ歩くと”スラム街”はすぐそこだとダディが教えてくれた。また近くには教会もあり、今後の冒険に神のご加護が受けられるよう、お祈りしていくのもいいのではないかとマミーが行った。ダディとマミーの最後のアドバイスを受け取ると、ペルセポネが出発を促す。


「ありがとう。ではごきげんよう」


 3人はダディが示した通路を歩き始める。入ってきた通路とほぼ同じ造りで、階段を上っていくと取っ手が見え、周りから光が漏れ出ている。

 ペルセポネが取っ手を掴み上へ持ち上げると、砂漠の砂と明るい日差しが降ってきた。


「眩しい――」


 十数年ぶりの両親との再会とは違い半日ぶりの太陽との再会には感極まることもなく、ダディの案内通りに歩を進めると砂漠を抜け、街へたどり着いた。

 街はみすぼらしく、今にも崩れ落ちそうな赤茶色の土壁の家が何件も並んでいる。その様子からたしかに乏しい生活を送っていることが想像でき、3人は身構えて街中を歩き始める。


「なんだ、お父様の話を聞く限りじゃ怖いイメージがあったんですけど……何も起きませんね?」

「何も起きないというか……」


 そのような会話をしつつも、3人は街の異変に気付いていた。


「住民が一人もいない?」

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