第13話 なぜ勇者が魔物と対峙するきっかけができたのか

「リッチー様」

「ん?」

「この前話した魔王城にいる人間の事なんですけど、それってもしかしてマミーのことですか?」

「正解~! よくわかったね」

「まぁヒントも出してくださいましたし、何より人間であることを隠していると考えると、包帯がグルグル巻きになっているマミー以外考えられないのかなと思いまして」

「その通りだ」

「なぜ人間が我々魔王軍の中に? まさかさらって……」

「いやいや、人聞きの悪い事言わんでくれヴァンプ君。彼らは自分たちからこっち側へ来る決意をしたのだよ」

「彼……『ら』?」

「あれは10数年前、僕たちが封印される前の話だ」



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<魔王軍 入団者募集>


【職種……総合職  雇用形態……正社員  産業……悪徳業のうち一般悪役演者業

 就業場所……魔王城  就業時間……6時30分~15時30分、他 (1年間の変形労働時間制・交代制)

 月給……20万ゴールド~ (手当等含む)  休日……不定期 (シフト制)  年間休日……120日

 学歴・資格……不問 加入保険等……雇用 労災 健康 厚生

 事業内容・PR……イベント開催、悪役演出、その他勇者の進行管理等。ノウハウを活かし幅広い分野で

         活躍しております。業界シェアNo.1! 未経験者大歓迎! アットホームな職場で親切丁寧に

         指導いたします。必要なのはやる気と笑顔だけ! 一緒に夢に向かって頑張りませんか?

 会社説明会……4月21日、午前10時より魔王城にて。同時に面接も行います。ご希望の方は履歴書を持参のうえ、

       ご来場ください】




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 リッチーは大広間の壇上でスタンドマイクの前に立ち、スピーチをしていた。


『えー、本日はお足元の悪い中ご来場いただき、誠にありがとうございます。この度、説明会の進行を致しますリッチーと申します。早速ですが、弊社の社風は……求める魔物は……最後に……。では、この後は面接に移ります。各所に掲示された案内にありましたように、ご希望の方は履歴書をお持ちになって、お待ちください。準備が出来次第、係の者が案内いたします』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 十数年前。定年退職や殉職を遂げた影響で魔王軍の魔物が減り、新入社員の募集が行われていた。その責任者がリッチーであった。

 一通りの会社説明を終えたリッチーは、一息つく間もなくチビスケと共に個人面接を行う。


『ふぅ……相変わらず前に出て演説は大変だな……。でもいつでもできるようにしておかないと』

『いつも通りさすがの説明でしたよ、リッチー様!』

『ありがとう、チビスケ君。ところでこっちはもう面接の準備は出来ているけど、応募してきた方たちはどうかな?』

『はい、もう部屋の前に待機中です!』

『よし。それじゃあ面接を始めようか。じゃ、最初の方を呼んできてくれ』


 リッチーの指示通り、最初の魔物を部屋に招き入れた。

 面接自体はごくごく普通のものだった。まずは応募者が自己紹介をし、それから自身の長所・短所や志望動機を話す。最後に、アピールポイントや入団できた際の目標等を答えて、面接は終了する。結果は合否に関わらず一週間程度で通知されるようだ。


『うーん、今の子は合格かな』

『何が決め手になったのでしょうか?』

『戦闘能力が高そうだし、何より彼は誠実のように感じた』

『なるほど。いくら戦闘能力が高くても勝手に動かれては事を上手く運べませんしね』

『その通りだ。じゃ、次を呼んでくれたまえ』

『かしこまりました』


『お次の方、ど――!?』

『失礼します』


 次に並んでいた者を呼んだチビスケが声をあげずに驚いた。同じように、入室してきたのを見たリッチーも驚いた。

 面接に来たのは――人間だった。長いブロンドの髪をなびかせ、吸い込まれそうな青い瞳で見つめるその女性は『シャーロット・ユーイング』と名乗った。予想外の応募者にどもるリッチー。


『あ、あの、えーと……に、人間で――』

『はい。人間はダメでしたか?』


 リッチーとは対照的に、シャーロットは笑顔で落ち着いた声で答えた。

 そのままシャーロットは志望動機を話し始めた。家が貧しく、人間側の職を探していたが中々見つからず、藁にもすがる思いで応募したのだという。

 リッチーはそれを聞いて考えた。なぜ人間側の職に就けなかったのか。見た目は悪くない。むしろ美しい方だ。受け答えもはっきりとしている。本人の容姿や受け答えからはわからなかったものの、履歴書の職歴欄にその答えはあった。


『えーと、前職は……自転車操業!?』

『リッチー様、自転車操業ってなんですか?』


 チビスケが小声で問いかけ、リッチーが小声で返す。


『う、うーんと、簡単に言えば借金を繰り返しながらかろうじて仕事をすることだね。というかそもそも職業を表す言葉ではないね』


 シャーロットは悲痛な面持ちで話始める。


『私の家は現状、恥ずかしながら食べて行くだけで精一杯です。子供もいるので少しでも楽しい生活をさせてあげたく、思い切って応募しました』

『なるほど、事情はわかりました。ですが私達とアナタでは魔王軍と人間、対立するもの同士です。仮に入団した場合、人間の立場を捨て魔王軍に従事することはできますか?』

『覚悟はできております』

『わかりました……。それでは面接はここまでとします。合否は改めて連絡をいたします』

『ありがとうございました。失礼します』


 シャーロットの退室を見届けたあとすぐに、チビスケは疑った。彼女はスパイか刺客ではないのかと。しかしリッチーはその考えを一蹴した。貧乏であることは嘘で無いように見えたし、なにより仮に入団したところで魔王軍を脅かす力を持っていないと見えたからだ。合否こそその場で決めかねていたが、リッチーの考えはほぼほぼ合格に傾いていたようだった。


『それじゃ、次だ』

『アイアイサー!』


『次の方、どう――』


 順番待ちを呼ぼうとしたチビスケが慌てて扉を閉める。


『どうしたんだね?』

『リッチー様……次も人間です!』

『はぁ? ここは人間の面接会場だったかな……文句を言っても仕方あるまい。入れてくれ』

『は、はい』


 チビスケが改めて次の人間を招き入れる。


『よろしくお願いします!』

『どうぞお掛けください』

『はい、ありがとうございます! 失礼します』


 次に入ってきたのは男性だった。威勢が良く、体格と声の大きさが比例している。名は『シャリフ・ユーイング』というようだ。


『あれ、たしか今さっき面接した人間も同じような名前だった気が……』

『あ、ハイ。私の妻です』

『奥様!? 夫婦揃って応募されたのですか……』

『そうですね!』


 履歴書に目を通すリッチー。これもまた目を疑うような記入があった。長短所を表す欄で、長所は『協調性があること』とごくごく普通のものであったが、短所に『首が回らない』と書かれていた。


『……どっちの意味かな?』

『どっちの意味? いやぁお恥ずかしい話ですが、40歳を超えたあたりから体中のあちこちが痛くてねハハハハハ!』

『ああ、そっちの意味ね……では面接はここまでです。合否は改めて連絡します』

『ありがとうございました。夫婦共々頑張りますので、ぜひよろしくお願いします!』


 リッチーは頭を抱えた。魔王軍の目的は、人間との争いをやめ共存することだ。もしかしたら、シャーロットとシャリフがそのきっかけになってくれるかもしれない。反対に、前例の無い人間の入団は魔王軍の和を乱してしまう可能性もある。

 まさか人間が2人も来るなんて思いもしなかったと、顔を合わせるリッチーとチビスケ。チビスケも最初こそ疑ってかかっていたが、悪い人ではなさそうだと好印象に変わったようだった。


『もし採用されたら悪い人になってもらうんだけどね』

『あっ、たしかに! さすがリッチー様、上手い事言いますね!』

『『アッハハハハハ』』



 このような経緯があり、その2人の人間と魔王軍との契約を交わしたとヴァンパイアに説明した。一方はマミーで、もう一方は別の魔物名があるらしい。


「それでそのまま、2人はこの魔王城で働き始めたんですか?」

「そうだね。厳密に言えば採用を確定させたのが面接から1週間後だったから、それから直接本人達の家に行って採用を伝えてそのまま一緒に来てもらったんだけどね。人間と連絡を取るツールなんて無いし」

「……ん?」

「……ん? どうかしたかね、ヴァンプ君」


 和やかな会話から生じた違和感をヴァンパイアは感じ取っていた。

 ヴァンパイアは以前、『勇者の両親は連れ去られた』とペルセポネから連絡を受けていた。しかしリッチーの過去の話を聞く限りでは、明らかに合意の上で来ている。それではなぜ拉致されたような言い方をしたのか、ヴァンパイアはボソッと呟いた。


「……あっ!!」

「どうしましたリッチー様!」

「繋がった……すべて繋がったぞ……」

「いったい何があったのですか!」


 シャーロットとシャリフを採用した当時、リッチーは同じようなことを人間側の国王に言われていた。『なぜ人間を連れ去って強制労働させるのか』と。もちろんそんなつもりのないリッチーは釈明したが、国王は聞き入れなかった。そこで、人間との争いに発展することを恐れたリッチーは協定を結んだのだという。

 人と魔物の間に結ばれた協定。それは『魔物側が賠償として人間側にゴールドを支払うことによって、この件は完全かつ最終的に解決とする』というものだった。


「……いくらくらいのゴールドを支払ったのですか?」

「今のレートで換算すると、1兆超のゴールドだ」

「高っ!!」

「でもそのゴールド、おそらく当時の国王がちょろまかしているね」

「えっ、そうなんですか?」


 先日、リッチーが城のバルコニーで夜景を眺めていた時だ。リッチーは人間の街にやたら灯りが多いことに違和感を感じていた。十数年という月日では考えられないくらいの発展を遂げていたのだという。そしてそれはおそらく、協定によって渡したゴールドをインフラ整備や経済発展のために投資したのだろうとリッチーは説明した。それはそれで、街が発展したのであれば人間側としては良かったのではないかとヴァンパイアは言ったが、リッチーはそう思っていないようだ。


「僕らとしてはシャーロットとかの働いていた当人やその家族・関係者たちにお金を払うつもりだったんだよ。国王もそれで了承した。だから直接当人達に渡すって提案したんだけどね」

「渡さなかったのですか?」

「渡せなかったんだ」


 当時の国王は『賠償金は一括で受け取り、私が各自に分配する』と言った。その言葉を受け、リッチーは国王に一括してゴールドを渡した。しかしそれが迂闊だった。その言葉をもう少し疑うべきだった、とリッチーは後悔の念に駆られたようだ。

 それを聞いたヴァンパイアは、ある仮説を立てた。シャーロット達にもしっかりと賠償金が渡っていてそのうえで余ったゴールドを使った、または全くの別件で獲得したゴールドを街の発展に使ったのではないか、と。しかしリッチーはそれも否定した。そもそもなぜ賠償金が当人達に渡っていないと断言できるのかという疑問もあるかもしれないが、それは簡単な話である。今になっても『連れ去られた』と魔王軍を恨んでいるのが答えだ。


「国王がちゃんとゴールドが渡していて、人間達に『これでこの件は解決とする協定を結びました』と説明してくれていれば、蒸し返すようなことはしないはずだよ」

「根深い問題ですね……」

「そうだね。でも原因は至って簡単で、誰かがシャーロット達を『連れ去られた』と悪い言い方で拡散させたのがいけなかったね」

「もしかしたら勇者が我々を倒しに来る理由のひとつとして、その問題が含まれているのかもしれませんね」

「たしかに。本当は人間の勘違いと国王の隠蔽なんだけどねーアハハハハハ」

「笑い事でいいんですか!?」

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