第12話 なぜ勇者と対峙する魔物は単体ではないのか

「勇者様、そろそろ行きましょう」


 悲しみに暮れる勇者の方にそっと手を置き、ペルセポネは優しく声をかけた。勇者は軽く深呼吸をし、首を縦に振った。

 3人ははじまりの街を発ちウォーターランドを越えて、片方はまよいの森へ続く分かれ道のもう片方へ進んだ。

 分かれ道を歩きながら、ペルセポネは森と隣を歩くモニカを交互に見つめた。昨晩、幻覚を魅せられてた中で正確にペルセポネを狙ってくるモニカの弓のウデにペルセポネは期待を寄せたのだろう。しかし出会ってから会話の端々で、ペルセポネはモニカから発せられる勇者と同じニオイも感じていた。

 やがて3人は砂漠の手前の街へとたどり着く。


「さて……と、勇者様。ワーナーでフィッツジェラルド博士から聞いたわ。この街を越えたところにある砂漠の遺跡の中に次の徽章を持っている魔物が潜んでいるみたいだけれど……。どうします、この街でも聞き込みをしますか?」


 その問いかけが終わるか終わらないかといううちに勇者は首を横に振った。


「そうですよね……。あなたが必要最低限の事以外は避けて通る怠惰な人間であることを忘れていた私がバカでした……」


 勇者の言動に慣れつつあるペルセポネは負の感情を流せるようになってきていた。街を素通りし、ロール砂漠へと足を踏み入れる。


「ここは……森とは別の迷う要素がありそうですね」


 あたりを見渡しながらモニカが言った。砂漠というだけあって見晴らしが良い。いや、良すぎるのだ。森では同じような木々しか目に入らなかったが、砂漠は逆に目印が無い。太陽の動きで方角を頼るしかないのである。迷いそうになった場合は自分たちの足跡を辿って戻ることはできるかもしれないが、遺跡の見つけ方までは教えてもらっていなかった。


「砂漠にあるとは聞いていたけれど、砂漠のどのあたりかは聞いてなかったわ……」

「遺跡、って言うくらいですから大きいのでしょうか? こんな何もない砂漠に遺跡があれば、逆に目立ちそうですけれども」

「そうね。まずは砂漠を抜けるのを目指しつつ、途中で遺跡が見つからないか進むのが最善……」


 そのような会話をよそに、既に見えなくなる寸前まで先を進む勇者。


「猪突猛進ですね……」

「猪でももう少し考えてから行動しそうだけどね」


 2人は勇者とはぐれないように小走りで後を追った。

 照り付ける日差しにより体力が奪われつつあった3人だが、視界の広さは辺りを見回しながら目標物を探すのに最適な天候だった。やがて3人は、明らかに自然に生成されたものとは思えない朽ち果てた建造物が見えてきた。まるで何もない砂漠の中のシンボルは自分だと言わんばかりにそびえ立つその建造物を見つけるのは、真夜中に灯台を見つけるのと同じくらい簡単だった。3人は駆け足でその建造物に駆け寄る。


「これが博士の言っていた遺跡かしら……大きいわね」


 大きいだけでなく、歴史をも感じさせるその遺跡からは荘厳な雰囲気が漂う。そびえ立つ高さからは階層がいくつかあったことが想像できるが、ほとんどが崩れ落ちてしまっている。野ざらしになっている一部の場所では風が少し吹けば埋もれてしまうのではないかと思うくらい、砂が堆積しているところもあった。


「ひとまず簡単に探索してみますか? これだけ大きいと分かれて探索した方が効率は良さそうですけど、魔王軍の魔物に出会ってしまった場合を考えると固まって動いた方が良いのかもしれませんが。どうしましょう?」

「そうね、私は……後者。固まって探索が良いと思うわ」


 おそらくここで待ち構えているであろうマミーの事を知っているペルセポネは、バラバラに行動して勇者かモニカのどちらかが先にマミーと遭遇するより自分も一緒に遭遇した方が話が早いと考えたのであろう。


「勇者様はどうします? ペルセポネさんと同じ意見ですか?」


 縦に首を振った。


「それじゃあ皆で固まって探索しましょう!」


 ペルセポネは幾分か上機嫌だった。自分の言った通りに勇者が動くのはこれが初めてではなかったが、その後の展開は初めて思い描いた通りに事を進められそうだと感じたのだろう。

 しかしその機嫌の良さは長く続かなかった。めずらしく勇者がサボらず、全員で協力し合いながら探索をしているのだが、一向にマミーが見つかる気配はない。炎天下の中での探索で、3人の体力の限界を迎えていた。モニカが休憩を提案し、勇者とペルセポネがそれを受け入れる。ちょうど日陰になっている場所で、柱を背にして寄りかかるようにして腰を下ろした。


「そういえばマミーってどんな魔物なんでしょうね?」

「私が聞いた話だと、全身を包帯でグルグル巻きにしたミイラ男みたいよ。物理的な攻撃よりも病気や呪いをかけるのに長けているみたいね。弱点は火みたいだから火属性の魔法が使えるとこちら側としては有利に戦えるのだけれど……。剣と弓でゴリ押しするしかないかしら」

「魔物に随分詳しいんですね……」

「え、そんなことないわよ。全部フィッツジェラルド博士からの受け売りだしね」


 アルテミスの鋭いツッコミに一瞬動揺したペルセポネだったが、なんとか誤魔化してその場を取り繕った。


「しかしマミーが見つからなければ始まらないわね。どこかに手がかりを見落としていないかしら」

「うーん、でも見えている部分はくまなく探したような気もしますが」

「……そうよ! それじゃないかしら!」

「え?」


 ペルセポネはいきなり活気を取り戻し、探索に戻った。

 その後すぐに、ペルセポネが向かっていった方角から声が聞こえた。2人を呼ぶ声に対して、何かあったのかと期待が表情に表れているモニカと、疲れ果てて気だるそうな勇者という真逆の反応を示した2人がペルセポネの元へ向かう。


「これよ、ここだったのよ!」


 ペルセポネが意気揚々と地面を指をさす。しかしその先には砂しかない。勇者とモニカが何もないと不思議にペルセポネ指し示す先を見つめていた。そんな2人にペルセポネはさらなる注視を促した。


「えーと……もしかして他よりも積もっている砂の量が少ない?」

「その通り。たしかに私たち、『見えている場所』はくまなく探したわ。それでも見つからないということは……」

「『見えていない場所』……地下ですね!」

「そう! だからこの砂を払うと……やっぱりね!」


 ペルセポネが意気揚々と砂を払うと埋もれていた取っ手が表れた。タイル状の石床は、取っ手の部分だけ持ち上がるようだ。


「ここからは注意が必要ね。罠が張り巡らされているかもしれないし、閉じ込められる危険もある。敵の拠点に潜入するということを忘れずに」


 勇者とモニカは緊張の面持ちで黙って頷いた。

 ペルセポネが取っ手を使い石床を持ち上げるとそこには下の方へ続く階段があった。勇者、モニカ、最後にペルセポネという順で地下へ潜る。

 通路の壁にはところどころに燭台が掛かっており、灯りもある。


「明らかに何かが潜んでいるという証拠ね」


 ロウソクの火による明るさは心もとなかったが、それでも先に進んで行くのには十分だった。地上の朽ち果てた遺跡とは逆に、綺麗に整備されたその通路は罠が仕掛けられているのではないかと3人は不安に駆られる。やがて3人は、何もない広くて薄暗い空間へとたどり着いた。


「ここまで分かれ道や罠が無かったのは良いんですけど、それが不気味にさえ感じますね……」


 そうモニカが言った瞬間、3人の前後でガシャンと大きな音が響く。その広い空間と繋がっている通路ふたつを塞ぐように、鉄格子が降ってきた。


「もしかして閉じ込められました!?」

「そのようね……」


 3人は表情が一気に引き締まり、辺りを見渡す。やがて道を塞いだ鉄格子の一方が、今度は錆びついた音を立てて上にあがっていき、通路を空けた。

 薄暗い奥から何やら人型のようなものが徐々に向かってくる。現れたのは体に何重もの包帯をまとった2体のミイラだった。その後またすぐに鉄格子が降ってきて、閉じ込められる。


「よく来たな勇者よ! 徽章が欲しくば我々を倒してみるが良い!」

「まぁ我々を倒さねばここから出られないんだがな!」

「お前らがマミーか! 2体まとめて……って、お前……『ら』?」

「ら?」


 モニカが勢いよく啖呵を切ろうとしたさなか、様子がおかしいことに気づきノリツッコミの様な話し方になった。そしてそれはペルセポネにも伝播し、顔から緊張感が抜け、目を丸くする。


「ぺ、ペルセポネさん! マミーって2体なんでしたっけ!?」

「知らんがな……」


 しかしこの場にいた中で最も様子がおかしかったのは勇者だった。そのやりとりを見ていた勇者の頬には大粒の涙が伝い、膝から床に崩れ落ちた。


「勇者様!?」

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