第11話 なぜ勇者の懐が豊かにならないのか

 リッチーは自室にスタンドマイクを設置し、早口言葉を唱えていた。


「え、えーと、毎度のことながら何をなさっているのでしょうか、リッチー様……」

「ん? 発声練習。最初に勇者がやってきた時の宣戦布告こそ上手く言えたけど、これから先の最終決戦に向けてさ。クライマックスで噛んでちゃあ格好がつかないからね」

「たしかにそうですが別に噛んでも戦闘には影響は及ぼさないのでは……」

「……キミもつまらない男だね。で、何の用事だい?」


 ヴァンパイアはペルセポネからの報告を伝えた。


「全焼? それは酷いね。原因はわかっているの?」

「いえ、調査中だそうです。ただ原因がわからない分、我々魔王軍に疑惑の目が向けられるのではないのではないでしょうか」


 リッチーとヴァンパイアは考えた。魔王軍の中で街ひとつを一気に燃やせるほどの力を持っているのは、リッチーとイフリートくらいだ。しかしリッチーは城を出ておらず、それはヴァンパイアとチビスケが証明できる。そうなると、犯人はイフリートなのだろうか。


「本人に確認をとってはいませんが、おそらくそれもないかと。奴も馬鹿ではありますが、指示された以外のことはしません」

「……となると」

「ええ、おそらく人間でしょう」

「火属性の魔法使い。それも上級。スペルマスターだね」


 沈黙が流れた。一体何のために街が燃やされたのか。徽章が破壊されたことと繋がっている可能性があるのではないのか。それらが結び付く証拠はないが、その可能性も視野に入れて調査を続けるようリッチーは指示した。


「かしこまりました。引き続きこの件は私とペルセポネが責任を持って調査いたします」

「うん。よろしく頼んだ。我々が犯人でないのに恨まれたらたまったもんじゃないしね」

「それとリッチー様、もうひとつご報告……と言いますか、ペルセポネが何やら変なことを言っておりまして」

「変なこと?」

「はい。なんでもこの魔王城に人間がいるとかなんとか……。彼女も勇者のお守りをしていて少し疲れが溜まったのでしょうか。そんなハズあるわけが……」

「うん。いるね、人間。今は出張中だからいないけど」

「デスヨネー。ハハハ、全くペルセポネも困った……って、えぇ!?」

「あれ、知らなかったっけ? もっと言うとヴァンプ君、君が一番最初に中ボスに任命していたじゃない」


 混乱から頭を抱え悶えるヴァンパイア。彼には全く心当たりがないようだ。しかし心当たりが無いのも当たり前だった。なぜならその人間が、普段は人間だとバレないよう魔物に変装をしているからだ。そして中身は人間とはいえ、完全に魔王軍側の存在だから安心しろ、と伝えた。ただし、その人間がどの魔物に扮しているかは今は秘密のようだ。なぜここでネタばらしをしないとかというと、わからずに悶えるヴァンパイアを見ているのが楽しいらしい。リッチーのSっ気が垣間見えた。


「ところでヴァンプ君、この前少し話していたゴールド獲得イベントの話はどうなったの?」

「ああ、それでしたら現在準備中です。勇者が砂漠を抜けたあたりで実行に移せるかと。前にも確認させてもらいましたが、勇者にとっては大盤振る舞いで良いのですよね?」

「うむ、構わんよ。こういう大きなイベントは景気よくいかないと。少しでも士気を高めてもらうためにもね」


 リッチーはこういったイベントは景気よく行きなさいと指示をした。勇者たちに少しでも士気を高めてもらうために。ただひとつ、注文があった。そのイベントが成功したら次に、獲得したゴールドを使用させるような企画もセットで練ってほしいと。簡単にゴールドが獲得できるだけの、バラマキイベントにだけはならないようにとのことだ。


「なぜですか?」

「経済を良くするためだ」

「さすがリッチー様、この世界の経済をも支配しているのですね……」


 結局は人間のためだ。お金が回ると経済が良くなる。ヴァンパイアは「善処します」と、あたかも政治家が言い逃れするような表現で応えた。同時にリッチーは、お金の取り扱いに細心の注意を払うように警告した。人間が営む店で、ボッタクリが横行しているらしい。

 身近な例として挙げたのは、アイテムの売買である。100ゴールドで買ったものを売る場合、付く値段は半値の50ゴールドがいいところだ。もちろん使用済みでも他の店で手に入れた物でもない。未使用で、買ってすぐ売ったとしても半値にしかならない店がほとんどなのだ。買い値の9~8割ならともかく、5割はさすがにあくどい、とリッチーは力説し、ヴァンパイアがそれに相槌を打った。


「それにもっと腑に落ちないのがさ、同じ商品の高性能版がやたら高くなるんだ」

「……と、おっしゃいますと?」


 例えば体力が100回復するポーションとその倍、200回復するハイポーションがあったとする。ポーションが100ゴールドかかるとしたら、ハイポーションには300ゴールドかかるのだ。

 無論、性能が上がっているから問題ないと思う人間もいるかもしれない。むしろヴァンパイアがその考えだった。しかしリッチーが言いたいことは、こうだった。


「たしかに性能はあがっているよ。でも今の例で言うと、ポーションからハイポーションの効果上乗せ率は100%なのに対して、値段は200%上乗せしているじゃない。それはちょっと厳しすぎでしょ」


 たしかにその通りだとヴァンパイアが頷いた。安い方を大量買いしたほうがコスパがいいのである。

 しかしなぜそのような仕組みになってしまったのか、ヴァンパイアは質問した。リッチー曰く、売る側が客の足元を見ているのだという。


「なぜですか?」

「いくつか理由があるんだけどね」


 リッチーは結論から言った。『効率』を求める冒険者に対して、高く売りつけているらしい。冒険が進むのと比例して上がる体力を回復させるのに、低性能版をチマチマ使うのは非常に面倒である。また、モノ自体が嵩張るのも厄介だ。高性能ならば持ち歩く量は少なくて済む。しかし低性能をいくつも使うのであれば、大量に持ち歩く必要がある。

 そして「入手のしにくさ」もリッチーは挙げた。高性能版が出れば、おのずとそれが店頭に並ぶ。低性能版は淘汰されてしまうのだ。もし低性能版を手に入れようとした場合、いくつもの街をまわらなければならない可能性がある。


「割とアコギな商売やっているんですね、人間って……」


 ヴァンパイアが呆れたように言った。仕組みが分かってしまえばそういった販売戦略にハマらずに済むのかもしれないが、冒険初心者にとっては避けて通れない道のようだ。


「それにしてもリッチー様、いくらなんでも詳しすぎではないですか?」

「実は僕も経験者だからね」

「アナタも勇者だったんかーい」

「いやいや、冒険はしてないよ。ただ昔、非常にコスパが良い回復薬があると聞いてね。変装して街に買いにいったことがあるんだ」

「リッチー様が直々にですか?」


 リッチーはかつて、この国のメトロポリスである『センドライン』へとその回復薬を求め出向いた。種類は3つあり、そのどれもが評判通りに安くて回復量が多かった。これはコスパ最高の商品だと、魔王軍の皆に買って行こうとしたようだった。


「買って……『行こうとした』? ということは、買わなかったのですか?」

「ははっ、まぁね……」


 急に声のトーンが下がるリッチー。何があったのかとヴァンパイアは問い詰めた。


「その回復薬、全部自動販売機で売られていたんだよね。しかもボタンを押したら完成品が出てくるのではなく、その場で作られる、ってタイプの」

「それが何か問題でも……?」

「自販機だからまとめ買いも出来ないしその場で作られるしで、死ぬほど時間がかかったんだ。だから途中で面倒になっちゃって、結局ハイポーションで済ませちゃった」

「結局リッチー様も人間の販売戦略にハマってるじゃないですか!」

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