第10話 なぜ勇者は初めて仲間を迎え入れたのか

 ペルセポネは片方ずつの手で、目がうつろになった勇者とモニカ2人の後ろ襟を掴んで引きずっていた。


「妖術が軽かったからか奇怪な行動を起こさないのは良かったけれど、これじゃ使い物にならないから一旦引き返すしかないわね……」


 ペルセポネは2人を引きずりウェルズ街まで戻った。そしてその街の医者に2人を診てもらい、幸いにも症状は軽いようだった。医者曰く、軽い混乱に陥っているが薬草を煎じたものを飲み一晩休めば治るとのことだ。また、医者の計らいで一晩ベッドを使わせてもらえることになった。ただし、万が一悪化した時のためにペルセポネが付き添っていることを条件にあげた。ペルセポネはその条件を呑み、2人に付き添うことを選択した。


「ありがとうございます。助かります」


 ペルセポネと医者が協力し、2人を診療室からベッドへのある病室へと運んだ。


「こんなに面倒な旅になるとは思わなかった……」


 疲労の色が見え始めたペルセポネ。医者が病室を離れてすぐ、両手で顔を覆いながら溜息と愚痴をこぼした。ふらふらと出窓の前に立ち窓台に両腕を組むようにして置き、外を眺めながらヴァンパイアへ連絡を取った。


「ヴァンプ君、遅くにごめんね。定時連絡よ」

≪ああ。首尾の方はどうだ?≫

「上々……とは言い難いのだけれど、ひとまず森でアカマナフさんから徽章はもらったわ」

≪『もらった』って、まるで戦わずして手に入れたような表現じゃないか≫

「茶番を演じていればそうな……ヴァンプ君ごめん、ちょっと待ってもらってもいいかしら」


 街の異変に気付いた。夜だというのに、妙に騒がしい。多くの男たちが声をかけあいながら同じ方角へ走って行くのをペルセポネは目撃した。


≪おーい! 男共は集まれ!≫

≪急げ急げェ!≫

≪女・子供は待機してろ!≫


「あ、あの! 何かあったのですか?」


 窓を開け、誘導している一人の男性に声をかけた。


「なんだ、聞いてねぇのかネェちゃん。今、ワーナーで大規模な火災が起きてるっていうんで俺らは消火活動に向かうんだよ! もし魔物の仕業だったら危ねーから、ネェちゃんはこの街から出るなよ!」

「え、えぇ。ありがとう。気を付けて」


 インカム越しに、ヴァンパイアも異変を察知したようだった。ペルセポネは町民にこの街から出るなと言われたが、もし魔物が関わっているとなるとそうもいかない。ヴァンパイアに今の出来事を説明し、指示を仰いだ。


≪そうだな……我が輩より勇者の判断に任せたらどうだ?≫

「そうね、でも今はできないの。森でアカマナフさんの妖術にかかって正気を失ったからさっき治療を受けたのよ。それで一晩は安静にしなければならないって。今は熟睡してるわ……」

≪そうか。それならまた明日、勇者が目覚めたら聞くしかないな≫


 ヴァンパイアやリッチーは他の魔物に街を燃やせという指示は出していない。また、勝手にそのような行動を起こすようなものもいないので、魔物のセンは薄いというのがヴァンパイアの考えだった。

 いずれにせよウェルズ街で現在、男性以外は待機命令が出ているためペルセポネがワーナーに向かっても近寄ることを許してもらえないであろうことから、また明日出直すことをペルセポネは決心した。


「ただヴァンプ君の方でも原因の調査をお願いしてもいいかしら。単純に人間の火の不始末が原因ならいいのだけれど、万が一魔王軍が絡んでいるようであれば今後の展開にも影響を及ぼしそうだわ」

≪同意だ。我が輩の方でも調査する。セポ姉も明日、ワーナーに行けたら聞き込み調査を行ってくれ≫

「ええ、わかったわ」

≪気をつけてな≫

「ありがとう。じゃあ、またね」


 ペルセポネは不安を覚えながらも一晩を過ごした。

 翌朝――


「おはよう。具合はいかが?」


 先に目覚めたのはモニカだった。妖術の影響か、アカマナフと対峙していた時の事を覚えていないようだった。しかしペルセポネにとってそれは好都合だったようで、あることないことを昨晩の説明をした。


「な、なるほど……。何はともあれ、助かりました。ありがとうございました」

「ところでモニカちゃん、森を出たら教えてくれると言っていたのだけれど、どうして危険な森なんかに入ったのかしら?」

「お恥ずかしい話なのですが……」


 モニカが森に入った経緯を話し始めた。どうやら彼女の両親は離婚をするらしい。その際どちらに着いていくのか、またはこれから一人で生きていくのかの三択で迷っていたようだ。両親のどちらかに原因があれば悪くない方についていけばいいのだが、どうやら父・母両方ともモニカは許せないようだった。母は不倫をし、父は歓楽街でお金を使い果たす。そんな両親を見ていた彼女は、ほぼほぼ『一人で生きていく』の考えに傾いていたという。


「そこで、この弓矢で狩りができるか――一人でも食べて行けるかウデ試し的な気持ちで森に入ったのです」

「この子もある意味人生に迷った挙句、森に入ったって感じね……」


 アカマナフの言葉を思い出していたのだろう。ペルセポネは何とも言えぬ表情をしている。


「でもダメじゃないの、森に長居しちゃ。危険と誰かから教わらなかったの?」

「聞いていました。本当は獣一匹でも狩ったら戻ろうと思ってたんです」

「じゃあなんで。獣が見つからなかったの?」

「いえ、獣は見つかって実際に射止められたのですが……途中で帰り道がわからなくなっちゃって、迷ってました。だからお二人に出会った時、着いていけば出られるかなって」

「結局そっちの『迷い』かよ!」


 迷子の恥ずかしさと、そのペルセポネの突っ込みの意味を理解できなかったことを隠そうとしたのだろう。エヘヘと照れ笑いするモニカ。その姿を見て、ペルセポネは追及する気も失せたようだった。

 しかしそんな照れ笑いも束の間。突然シリアスな表情を見せ、モニカは言い放った。


「私、魔王が憎いです」

「そうよね。なんの罪も無い人々を襲おうと――」

「こんないたいけな少女を、あんな危険な森に誘うなんて」

「……自分から行ったんじゃなかったっけ? しかも自分で『いたいけ』とか言っちゃう?」

「私の両親が仲違いしたのも絶対に魔王の魔力によるものです。そんな大悪党、成敗してやります!」

「どこにそんなイチ家族のプライベートに介入してくる魔王がいるのかしら」

「私も魔王討伐の冒険にご一緒させていただけませんか! 皆さんの力になりたいです!」

「私は良いのだけれど、勇者様の判断になるから……」


 モニカの真顔ながら支離滅裂な動機に困惑しつつ、ペルセポネはモニカの身体へと視線を移した。胸、腰、尻のあたりは特に、舐めまわすように見た。出ているところが出ていない。華奢で、上から下まで一直線の身体だった。


「多分ダメね」

「今なにかすっごい不快感がしたのですけど」


 ペルセポネは勇者の仲間……もとい、お守り役が一人増えることは歓迎だった。あとは勇者の判断がどう出るか、だ。身体での誘惑が難しい以上、モニカが仲間として受け入れてもらうためにはやはりヨイショが必要だとペルセポネは伝えた。

 そのような話をしていると、勇者がゆっくりと起き上がった。不思議そうな顔をして自分の身体と部屋の中を見渡している。


「おはよう、勇者様。昨晩は凄かったわね。セイレーンより強いはずのアカマナフを、セイレーン以上に一瞬でやっつけちゃったのだから。ねえ、モニカちゃん。勇者様、凄かったわよね?」


 モニカはペルセポネからのパスに気づいたようだった。


「はい! シャッ! ドドドド! キンキンキンキン! って感じでした! 私、そんな凄い勇者様のパーティに加わりたいです!」

「語彙……」


 モニカの下手すぎるヨイショに強張った表情を見せるペルセポネ。軽く俯く勇者の顔を、恐る恐る覗き込んだ。

 その直後に勢いよく顔を上げる勇者。肩を落とし目を細め、口をあんぐり開けている。


「フフ……そうね。アナタ、また何かやっちゃったのよ」

「そんな勇者様の近くで、ぜひ!」


 勇者は得意顔になり、モニカに向かって親指を立てた。勇者のチョロさに呆れた表情を見せるペルセポネ。


「ところで2人とも、聞いてほしいことがあるの。アナタ達が昨日眠っている間に大変なことが起こったのよ」

「大変なこと……?」


 和んでいたその場の雰囲気と緩んでいた勇者の顔が引き締まる。ペルセポネは昨晩の出来事を説明した。様子を見に行くかという問いに対して勇者は即答――即頷きだった。3人は急いで出立の準備をし、ワーナーへと戻った。


「これは……」

「酷いですね……」


 火災は収まっていた。しかし街は焦土と化していた。木々は焼け焦げ、わずかに残った家もただ炭を組み立てただけような見た目になっている。ショックで動けないでいる町民たちの姿が現場の悲惨さを物語っていた。

 他の街からも駆け付けたであろう多くの男達が崩れ落ちた家屋の処理や、残骸の片づけをしている。勇者はおそらく自身の家があったであろう目の前で、呆然と立ち尽くしていた。


「そりゃあそうよね……自分が育った家、街がこんな状態になってしまったもの……」

「もともと家があったかすらもわからないような状態で……きゃあ!!」

「どうしたのモニカちゃん!?」


 モニカは小さな悲鳴をあげ、数歩後ずさりをした。小刻みに震えながら指を指す先にあったものは……小さな骨だった。


「まさか、人骨……!?」

「ネズミとか獣のものだったらいいんですけど、万が一勇者様のご両親とかの骨だったら、もう……」


 口に手をあて、今にも泣き出しそうなモニカをどう励まそうかペルセポネが行き詰まっていたところ、一人の男性がこちらを向いて手を振っているのに気づいた。


「フィッツジェラルド博士!」

「やっぱりそうだったか! あの子と一緒に旅に出た……」

「ペルセポネです。そしてこちらは途中で仲間になったモニカちゃん。博士、いったいなぜこんな大規模な火災が起きてしまったのでしょうか」

「わからん。一部の場所から徐々に燃え広がったのならまだしも、気づいたら街全体が燃えていたのだ。もしかしたら魔王軍の仕業かもしれんな」

「魔王軍……」


 ペルセポネは深刻な顔をして考える。


「もしこれが誰かの故意による火災なのであれば、決して許せることではない」

「そうですね。心中お察しいたします」

「ところでどうだ、あの子との冒険は旅は順調か?」


 博士が表情と声のトーンを明るく変えて聞いてきた。


「えぇ……まぁ……順調と言えば順調ですが、なんというか……」


 ペルセポネは少し目をそらし、半笑いで答えた。


「何も話さないから大変だろう?」

「博士もご存知だったのですか?」

「もちろんだ。なんといっても、あの子はワシが育てたんだからな」


 衝撃のカミングアウトに驚愕するペルセポネ。しかし博士は親ではなく、あくまでも<育ての親>ということらしい。


「それじゃあご両親は……?」

「少なくともこの火災には巻き込まれておらんはずだよ」

「よかったです! あれ、でもそれならば勇者様のご両親はどちらに……?」


 不安な顔をしていたモニカの表情が少し明るくなった。しかしそのようなモニカとは対照に、博士はまた表情を曇らせて話始める。


「あの子の家はな、とても貧乏な家庭だった」

「ど、道理で……」


 今度はペルセポネがひきつったような表情になった。ペルセポネは今、屋内に入るたびにあちこちを調べ回る勇者の姿を思い出しているに違いない。


「どういうことだ?」

「あ、いえごめんなさいこちらの話です」


 勇者の幼少期――それはとても貧しい生活を送っていた。ただし貧乏とはいえ、貧乏なりに生活を楽しんでいたという。食材が買えなければ狩りへ行き、狩猟道具が無ければ知恵と工夫で作り出した。その日暮らしのような生活だったが一家には笑顔が絶えず、フィッツジェラルド博士の目には微笑ましい光景として映ったという。


「ただし、あの日が来るまでは……な」

「あの日?」


 十数年前……まだ魔王軍が封印される前の話である。勇者の両親は魔王軍の魔物に連れていかれたのだと博士が話し始めた。

 最もツイていなかったのは、連れていかれた瞬間を勇者が目撃してしまったのだという。勇者はまだ幼少期だ。まだまだ両親に甘えたい年ごろであるにも関わらず、目の前で化け物に両親を連れていかれたショックは計り知れない。そしてそれが原因で、声を発することができなくなってしまったのだという。勇者の両親にももちろん連絡がつかず、生存確認ができていない。


「――で、あの子を私が引き取って、育てたという訳だ」

「大変な過去を持っていたのですね」


 意外な勇者のバックグラウンドに言葉が出てこないペルセポネ。博士は続けてペルセポネにお願いをした。優しく接してくれないか――と。勇者には親の愛情が不足している。もちろんペルセポネにそれを注ぐ役目を担ってくれとは言えないが、親のような存在でいると幸甚なのである。


「ええ、わかりました。この冒険を通して、力だけでなく人間的にも強くなった勇者様の姿を見せられるよう、頑張ります」

「ありがとう。期待しているぞ。ところで今はどれくらい旅が進んでいるのかな?」

「あ、えーと、"まよいの森"アンクワンくらいまで……」

「なんだ、まだ全然進んでないじゃないか。魔王城までの道のりはまだまだ険しいぞ」

「ちょっといろいろありましてね……」


 困った表情をするペルセポネを見兼ねたのか、博士はアドバイスを送った。次の街を超えたロール砂漠というところに、徽章を持った魔王軍の魔物が潜んでいると。また、砂漠にある遺跡の中にはお宝が眠っていると言われているようだ。情報提供にペルセポネは感謝し、博士の元を離れた。

 勇者のところまで戻ろうとしたペルセポネとモニカだったが、ペルセポネは立ち止まって言った。


「ごめん、モニカちゃん。ちょっと私この火災のことで調べたいことがあるから、先に勇者様のところへ戻って見守っていてくれないかしら」

「わかりました!」


 ひとりになったペルセポネはインカムを使う。


「ヴァンプ君、今いいかしら?」

≪おう。火災について何かわかったか?≫

「いいえ、火災についてはまだ調査中よ。それよりも聞きたいことがあるのだけれど、魔王城の中に人間なんていたかしら? 人質にしろ奴隷にしろ、どんな扱いを受けているかはわからないけれど」

≪人間? いるわけないだろ≫

「デスヨネー」

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