第9話 なぜ勇者はチートなのか
「リッチー様、どうしたんですか夜にこんなところで」
「んー、ちょっとこの世界を眺めていたんだよ」
リッチーは城のバルコニーで遠くを眺めていた。羽織るローブが夜風になびいている。ヴァンパイアがリッチーの隣へ行き、天を仰ぐ。
「月が綺麗ですね……」
「ハァ? ヴァンプ君、いきなり何を言ってるのかね君は。僕にそんな気は無いよ」
「え、私何か変な事でも言いましたか?」
「それはペルセポネ君にでも言ってあげなさい」
「よくわからないのですが……」
「しかし月もそうだが、街の灯りも綺麗なもんだね」
「そうですね。我々が封印された10年前よりも灯りが増えているような気がします」
「やっぱりヴァンプ君もそう思うかい?」
「え? はい、それはまぁ……」
街の灯りが増えた。なんの変哲もない出来事のように思えるが、リッチーにとってそれは『危険な香りがする』らしい。前回封印されてから今回また復活するまでに10年。その歳月の割には、灯りが増えすぎているのではないかという。あまりにも急速すぎるのではないかというところにリッチーは違和感を覚えたようだった。
ヴァンパイアは以前、自分達魔王軍が封印されたことによって人間達が増え、繁栄していったのではないかと仮説を立てた。しかしリッチーはその仮説の一部を否定した。たしかに灯りは増えたが、それは民家の灯りではなく工業の施設による灯りだろうという推測だ。灯りをよく見ると、民家ではありえないほど高い位置で灯っているところもあれば、灯りが集中しすぎているところもある。そしてなにより、大きな施設でなければそもそもこの魔王城まで灯りが届かないだろうとリッチーは言った。
「しかしそれの何に危険な香りがするのですか? 街が栄えるのは良い事ではないでしょうか」
「うん、そうなんだけどね。何かが引っかかるんだ……」
ヴァンパイアにその理由はわからなかった。『灯りごときで』というのがヴァンパイアの正直な気持ちだったのだろう。ヴァンパイアは特に気にする素振りもなく、リッチーも理由をヴァンパイアに考えさせることもなかった。
「ところでリッチー様、今回の我々の復活後の目的はまた世界征服、ということで良かったんですよね?」
「うん、そうだね。表向きは」
「表向き?」
「あれ、言ったこと無かったっけ。人間にとって我々は世界征服を目論む集団だと思われているけど、我々にとっては世界平和が目的だよ。勇者にヨイショさせているのも、そのためさ」
「表向きは世界征服、本当の目的は世界平和って、真逆じゃないですか……」
魔王軍、少なくとも魔王・リッチーは人間達と剣や魔法を交えたいわけではない。むしろ平和に共存していきたいという方針だ。ではなぜ人間は魔王軍を目の敵にするのか。それは魔物達が人間より強いからである。例えばヴァンパイアやペルセポネは単体で空を飛べるが、人間が空を飛ぶには何か道具に頼らなければならない。魔物は魔力によって炎や水を操ることができるが、人間でそれができるのはごく一部の魔法使いだけである。人間は自分達より強いものを恐れ、支配されないように戦うのだ。
「もちろん共存できたとして、恐怖政治を行うつもりなんて全くないんだけどね。その証拠……になるかわからないけど、今までの歴史で我々魔王軍は一度も人間を倒したことはないよ」
「一度セイレーンが勇者を倒したと聞きましたが」
「そのための『黄泉がえり』、ループシステムだ」
「なん……だと……?」
スキル『黄泉がえり』によるループは一見、人間側に有利な効果のように思える。しかし実際のところはWin-Winなのだとリッチーは言う。スキルが発動するのはあくまで『特定の人間』が倒された時だ。逆に言えば、その『特定の人間』を倒してしまえば魔王軍にとって都合の悪かったこともループにより回避できる、という目論見があるとのことだ。
「今回のその『特定の人間』っていうのは勇者のことだね」
「我々の都合でループさせたいからって特定の人間を倒すのも残虐ではないですか!」
「あっはっはー、たしかにその通りかもねぇ。でも倒してしまうのは本当に不慮の事故の時のみだ」
「たしかにペルセポネからの連絡も不慮の事故のような状況説明だった気がします……」
「だろう?」
「ただふたつほど納得できないことがあります」
「お?」
ヴァンパイアの疑問。ひとつ目は力量差を把握していてもなお、封印のために立ち上がる人間の心理だ。人間が魔物との力量差を理解しているのであれば、攻撃を仕掛けづらいと考えるのが普通ではないかとヴァンパイアは言った。それなのになぜ人間は抗うのか。よっぽどの勇気を持っているということだろうか。それとも、単純に無謀なだけであるのか。いずれにせよ、魔王軍に歯向かえる理由がわからなかった。
「その理由は承認欲求だ」
「承認欲求……?」
予想を超える回答だったのか、ヴァンパイアは硬直した。
人間は承認欲求の塊だ。自分を見てほしい、自分の考えを聞いてほしい、誰かの役に立つ存在であろうとしたい。冒険する俺カッケー、モンスターを倒す俺カッケー、人類を救うために立ち上がる俺カッケー。そういった想いが強かったのが今回の勇者だ。親からの愛情不足や、褒められた経験が少ない人などが承認欲求が強くなる傾向にあるみたいなのだとリッチーは説明した。また、パソコンやインカムなど文明の利器が発達しているにも関わらず、兵器を使わずに剣や魔法で戦うのは、見栄えをきにしているからだとも言う。
「……ナルシストか構ってちゃんじゃないですかそれ!」
「はは、そうとも言えるね。で、もうひとつの納得いかないこととは?」
「はい。我々が人間の思惑を知ってもなお、茶番を演じるということです」
「んー、それはさっきの承認欲求の話に近いんだけど、このテの話題は主人公が無双する方がウケがいいんだ」
「ウケ狙いかい!」
いわゆる『俺TUEEEE』というのが今の人間界の流行であることをリッチーは知っていた。チートレベルの能力を持つ主人公がバッタバッタと敵を倒していくのが爽快なのだろうとヴァンパイアに説明した。
もっとも、一昔前はそうでもなかった。敵を倒すとさらに新しく強い敵が現れて、その敵を倒すために特訓をする。そして新しい敵を倒したらさらに強い敵が……の繰り返しがウケていた。いわゆる『強さのインフレ』というものだ。その中で主人公は必ずどこかで挫折を味わって、それを乗り越えるために努力する。その努力が結果に繋がり報われることが最大のハッピーエンドだった。しかし今は挫折を味わったり、特訓のようなことをする方が珍しい。言うなれば最初から強いことを選ぶ、ゆとり世代といったところだろうか。そんな時代の変化に合わせて、茶番を演じるようにしたようだ。
「俺TUEEEEが人間にウケるのはわかりましたが、なぜ我々が人間をウケさせなきゃならないのですか?」
「もしかしたら勘違いをしているかもしれないけど、笑いを取るのが目的ではないよ。最大の目的は間違いに気づいてもらうためだ」
「間違い……ですか?」
「あぁ。今までの話を総合してよく考えてごらん?」
根本的な原因は人間側の思い込みだ。魔王軍による支配を恐れるがために、人間が支配をしようとしている。しかし魔王軍側は支配する気はまったくない。それに気づいてほしいというのがリッチー、および先代の魔王の願いだ。リッチーは人間界の学問で『歴史』というものがあるのを知っている。その名の通り過去の歴史を学ぶものだ。かつて一度だけ、人間に変装して講義を受けたことがあるらしい。過去の魔王軍との関係の歴史を学ぶことで、対立する気がないことに気づいてほしいのだとリッチーは言う。直接言葉で伝えられれば早いのだが、魔物からの言い分など聞く耳をもつはずもない。対話による解決はリッチーも諦めているようだった。
「歴史……ですか。学んだところで我々の本心が気づけるんですかね?」
「良いところに目をつけたね。そこで茶番劇を演じることによって、注目を集めるんだ」
歴史で最も人気が高いところは、面白いと思うシーンやそれに関わった人物だ。例えば天下統一を成し遂げた人物。政権の反対勢力を取り締まった組。つまり、みんな大好き『俺TUEEEE』が注目されるということ。『勇者がチートレベルで魔王を倒した』という歴史を学ぶようになれば、そこで誰かが魔王軍の本来の意図を汲み取ってくれるのではないかとリッチーは期待しているのだという。
「なるほど……でも正直なところ、我々の意図を汲み取る可能性って薄くないですか?」
「そうかもね。ただ人間も馬鹿ではない。さすがに同じことの繰り返し、魔王を討伐してればなんで毎回、って思う時がくるハズだよ」
「ある意味、ループシステムに通ずるものがありますね」
「そうだねぇ。地球に始まり時間や通貨、流行から人の噂まで。この世のほとんどが回っていると言ってもいいかもねぇ」
「それならば剣を振ればそれはもう回転斬りしているようなもんですね!」
「うん、その理論はちょっとよくわからないねヴァンプ君」
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