第17話 なぜ勇者の周りにモンスターが生まれるのか
「ただいま帰りましたぁ~」
「おや、おかえりサキュバス君」
「これ、戦利品よぉ」
牛乳がなみなみ入ったバケツを両手に持ち、ふらふらと飛びながらリッチーの部屋に入ってきた。
ヴァンパイアがインキュバスも一緒では無いのかと聞いたが、まだ勇者たちと対峙していることをサキュバスは伝えた。そこで、インキュバスが戻ってくるまで持ってきた牛乳でも飲みながら待とうと提案したが、それをリッチーが静止した。
「あっ、ヴァンプ君ストーップ!!」
「なんでですか、リッチー様。こんなに美味しそうなのに」
「これ、そのまま飲むとお腹壊すよ。殺菌処理してないだろう?」
「な、なるほど……」
お腹を壊す原因は雑菌だけではないけれど、殺菌処理の必要性を訴えたリッチー。低温殺菌、高温殺菌、超高温殺菌……加熱具合によってタンパク質が変化し、それと比例するようにのどごしも変化するようだ。
「へぇ。やたらと牛乳に詳しいんですね、リッチー様」
「そりゃあ牛乳と言えばカルシウム、カルシウムと言えば骨、そして骨と言えば僕だろう? 体の99%が骨なんだからさぁ! あっはっは」
どういった突っ込みを入れればいいのか戸惑ったのか、無言になるヴァンパイアとサキュバス。そこは笑うところだとリッチーは不満そうだ。
「ところでサキュバスよ、勇者たちは順調そうだったか?」
「そうねぇ。ペルセポネちゃんが苦労してたみたいだけど、仲良くやれているみたいだったし、ここまで辿りつけるんじゃないかしらぁ」
「メインの道自体はほぼほぼ一本道だからね。あとは倒されないかってだけでしょ、不安な点は」
メインの道は一本道、その言葉にヴァンパイアは疑問が浮かんだ。この世界は環状型である。あまり見ない形状だが、どうしてそうなったのかを知っているのか、リッチーに聞いた。
「そうだね。この国は『ラウンドアバウト』という形式を採用しています」
「「ラウンドアバウト?」」
ヴァンパイアとサキュバスが声を揃えて聞き返した。
いつも通りリッチーが解説を始める。『ラウンドアバウト』とは本来、道路交通で使用する交差点の一種とのことだ。しかしそれがあまりにも使い勝手が良いため、国の形として採用された経緯があったらしい。
「使い勝手が良い……とは、具体的にどんなところが? 一本道だから迷わないとかですか?」
「そうだね、それもある。でも一番の理由は、事故が極端に減るんだ」
「……は? 事故?」
リッチーは想像を促した。例えば目の前、十字に交差する道の前で立ち止まったとする。自分はそのまま真っすぐ、正面に続く道を通りたい。その際に自分は何を注意するのか。ヴァンパイアは左右の道から馬車や駆けてくるモンスターなど、何かやってこないかに気を付けると答えた。
「そう。それが答えだ。その考え方をこの国でも応用している」
「……どういうことですか?」
「なるほどぉ」
サキュバスはポンと握り拳を反対の手のひらの上にのせた。理解したようだった。
つまり一本道であれば、敵との遭遇は自身の前後だけをケアしていれば良い。しかし十字の交差点があったらどうか。前後に加えて左右からの遭遇にも備えなければならなくなるということであると言ったサキュバスに、リッチーはヒトシ君人形を与えた。
「ラウンドアバウト形式だと交錯点を減少させられる。つまりすれ違うポイントが少なくなるんだ」
「なるほど……遭遇率を下げられるのですね」
もちろん環路に進入、または脱出するための道も繋がっている。ただし進入する際にはルールが設けられており、それが勇者の助けとなっている。そのルールとは『進入するものは環道を通行するものの妨げになってはならない』ということだ。あくまでも環道が優先であり、場所によっては進入地点に『ゆずれ』という標識もある。
またそれに加えて、十字の交差点が無いということは道に迷いにくくなり、そのことも冒険するうえで大きな意味を持つとリッチーは言った。進んだ先が順路に沿わない道だったり、行き止まりになってそこで極端に強いモンスターが出てきてしまったら余計に時間がかかってしまう。そういった意味での『事故』も防げるとのことだ。
「またひとつ賢くなったわぁ」
「さすが、リッチー様はこの世界を掌握しているだけありますね!」
「あっはっは、そうだろう? 特に今回の勇者は戦闘に関してはあまり乗り気でないみたいだし、ちょうど良かったんじゃないか。ただこのラウンドアバウトのルールで、ひとつだけ面倒なことになる問題があってね」
「面倒なことになる問題?」
環道は一方通行である。つまり、通り過ぎてしまったところに戻りたい場合はまた一周してこなければならない。
「大問題じゃねぇかそれ」
「ちなみに火事の件では逆戻りしたみたいだけど、あれ衛兵さんに見つかっていたらおそらくアウトだったね」
緊急時くらいは許してやれよ、といった表情をしていたヴァンパイアとサキュバスだったが、ひとまずラウンドアバウト形式の国の造りは理解したようだった。
「ところでリッチー様、先ほど『今回の勇者』とおっしゃいましたが、前回の勇者はどのような人間だったのでしょうか」
「ああ、そういえばヴァンプ君は初めての幹部の仕事だから前回の勇者の事はあまり知らないのか。そうだね、あまり思い出したくないかな……」
「えっ」
「嫌な事件だったわねぇ」
「えっえっ」
急に暗くなるリッチーとサキュバス。2人は過去の出来事を振り返った。
十数年前。勇者として魔王軍に立ちはだかったのは当時3つか4つくらいの女の子だったという。歩くことすらたどたどしかったにも関わらず、いきなり火属性の最上級魔法をぶっ放し、リッチーは腰を抜かしたそうだ。
「その女の子……額に稲妻型のキズとかありませんでした?」
「無かったと思うけど……いったい何の話だい?」
「いや、申し訳ありません何でもないです」
この一件で魔王軍は仲間を一体失った。いわゆる『殉職』というやつだ。その魔物が当時幹部を務めていたため、その穴を埋めるべくヴァンパイアが新たに幹部へと昇格したそうだ。
「そうだったのですか……。私はその先輩の分まで頑張らねばいけませんね。どういった魔物だったのでしょう?」
「ケンタウロスだね」
ケンタウロス――半人半獣の魔物だ。フォルムは馬であるが、馬の首から上が人間の上半身をしている。人間並みの知能を持ち、かつ馬並みの力があった。逸材だっただけに、惜しい仲間を亡くしたと嘆くリッチー。
「なるほど……。馬の力なんて、単位になっているくらいですもんね」
「あらぁでもリッチー様、たしかにケンタウロス君は亡くなってしまったけれどぉ、片割れが残ったじゃあないですかぁ」
「あぁ、でも彼はちょっと……ね」
「片割れ?」
「うーんと、まぁ双子の兄弟……みたいな?」
「何か引っかかる言い方ですね」
「ちょっと彼は魔王軍の仕事をこなすまでに至らなかったからねぇ」
「どういった魔物なんですか。気になるじゃないですか」
「スロウタンケだ。人間と馬が融合する際にケンタウロスと同時にできた、副産物のようなものだ」
「スロウタンケって、もしかして……というかなんとなく想像できるような……」
ヴァンパイアの想像は当たっていた。ケンタウロスとは正反対で、馬の首から上と人間の下半身が合わさったものだとリッチーが説明すると、ヴァンパイアはやっぱりかと額に手をあてて俯いた。スロウタンケは知能があるわけでも馬力があるわけでもなかったため、扱いに困ったようだ。
そのスロウタンケは今、どうしているのかとヴァンパイアが聞いた。リッチーから返ってきた言葉は「放流した」だ。まるで釣られた魚のようだが、さすがに魔王城にいても意味が無かったのだ。それならば城の中で縛られて生きるより、外で自由な生活を送らせてやりたいとリッチーは考えたようだった。
「彼なら生態系を破壊する心配もなさそうだったしね」
「なるほど……ということは野良モンスターって、スロウタンケのように生まれてくるんですかね」
「いや、これはレアケースかな。最近は人間がそのままモンスターになることが多いらしいよ」
「人間が!? そのまま!?」
「あらぁ、それは私も初耳ですねぇ」
リッチーは2人が知らなかったことに若干の驚きを見せた。なぜならば人間がモンスターになるという問題は人間界では社会問題になっていたからだ。こればかりは人間のことなので、リッチーでもその要因はわからないという。ただし、決して人間とモンスターに因果関係は無く、あくまでも人間だけでの問題だということははっきりしているとのことだ。
「なんでも人間の夫婦に子供が産まれるとそうなるらしいよ。自分の子の可愛さからかわからないけど、他人に自己中心的で理不尽な要求やクレームを入れるんだってね。特に学校の先生にそういったクレームが入ることが多くて、対応に苦労しているんだって」
「人間ってのも結構怖いもんなんだなぁ、サキュバス」
「そうねぇ」
「そうだね。君たちも自分の子が産まれたら、モンスターにならないように気を付けるんだよ」
「やだぁ、リッチー様。既に私たちはモンスターじゃないですかぁ」
「おっ、そうだったな。親も何も関係なかったな。あっはっは」
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