第18話 なぜ勇者にはクセの強い者ばかりが仲間になるのか
「ただの水なんて浴びせてよォ、テメェら何がしてェんだァ?」
「祈りを捧げた水が聖水でないのなら何をぶっかければいいんですか、シスターさん!」
「安心してください! 今聖水を用意しますよ~!」
そう言ったシスターは修道服の裾を腰の位置までまくり上げ、自分の下着に手をかける。その姿を見たモニカは慌てふためいたが、シスターは淡々と下着を下げていく。
「まーた香ばしくなってきた……」
ペルセポネの不安は的中することとなる。
「脱いだところで何になるんですか!」
モニカの顔が赤みがかってくる。勇者も見ていないかのように顔を両手で覆うが、指と指の間が少し空いており、その隙間から覗いていることはペルセポネにバレていた。
「勇者ならジロジロ見るんじゃありません!」
ペルセポネのまるでお母さんのような叱責に勇者は辟易したのか、今度は完全に顔を覆ったようだ。
「えーと、シスターさん? 下着なんて脱いで、どうするの?」
「はい、これからお小水を出します~」
「お小水……って、排泄物のことよね!? なんでこんな時に!?」
シスター曰く、聖水イコールお小水とのことらしい。神父が持っていた文献にそう書いてあったそうだ。
「この戦いが終わったらその文献の出版社と著者名を教えてもらえる? あとその神父とやらのところにも案内してもらおうかしら」
さすがにここで出すのは恥ずかしいと、シスターは小走りで礼拝堂を出て行った。そしてペルセポネの監視を振り切り、勇者もシスターの後を追う。
「あっ、コラ勇者!」
「なんだァあいつら、正気か?」
「覚悟しなさい、インキュバス! あんたなんか、シスターさんが速攻で退治してしまうんだから!」
「モニカちゃん、どうしてこの展開で強気に出られるのかしら」
モニカとインキュバスがいがみ合っているところにシスターだけが戻ってきた。若干黄色味がかった液体が入った紙コップを片手に。
「お待たせいたしました~」
「シスターさん、まさか本当に……」
「はい、出来立てほやほやのお小水です~」
「ちょ、本気なのかァ、コイツ!?」
このインキュバスの動揺はおそらく演技ではなく本気の動揺だ。
「はい、それじゃあ行きますよ、そ~~~」
「わかったわかった! 俺が悪かったァ! ここから出て行くから! 徽章もやるからやめろォ! 俺にそんな趣味はねェ!!」
そう言い放つとインキュバスは乱暴に緑色の徽章とゴールドアルテミスへ投げつけ、慌てて礼拝堂を後にした。
少し残念そうな表情をするシスターにペルセポネは怪訝な目を向けたが、何はともあれ穏便にサキュバス・インキュバスを退治できたことにホッと胸をなでおろした。
インキュバスが立ち去ってから少しすると、倒れていた人間たちが続々と起き始めた。何が起きたかわからず一時は騒然としており、中には「アンモニア臭い?」と不思議に思う者もいた。
「神父様~! 神父様~!」
シスターが一人の男性に呼びかけ、身体をゆすっている。その呼びかけに反応したのか、他の人間と同じようにゆっくりと起き上った。
「おや、私はいったい……」
「よかった~! 神父様~!」
やがて眠っていた人間は全員起き、勇者一行と教会の関係者以外は全員スラム街へ帰路に着く。
シスターが神父と呼ぶその男性に、今までの出来事を説明した。その男性から教会を代表して謝意が伝えられたが、ペルセポネはシスターのおかげで徽章を手に入れられたのでお互い様だと、気遣いを見せた。
「ところでシスターさん、このお方は?」
「はい、こちらは神父のシンプソンです~」
「なるほど、この方がアブノーマルな文献をお持ちの」
「何の話ですかな?」
少しばかり変な間が空いたが、その文献のおかげで徽章を手に入れることができたのもたしかだ。ペルセポネの胸中が表情に表れていた。
「君たちはこれから次の街へ向かうのですか?」
「ええ。徽章を集めて魔王を封印するのが冒険の目的なので」
「……助けてもらったにも関わらず厚かましいお願いをして大変申し訳ないのですが、この子も一緒に連れて行っては頂けないでしょうか」
「え? シスターさんをですか?」
神父はシスターの過去話を始めた。シスターはスラム街で生まれ育った人間だった。小さい頃は、今の姿からは想像できないほど心が荒んでいたという。身元がわからず一人彷徨い歩いていた彼女は、よく盗みを働いていた。金品。食料、生きるために必要なものはやり方こそ間違っているものの、すべて彼女が揃えた。そこで偶然であったこの教会の神父が、救いの手を差し伸べたのだという。しかしシスターは外の世界を知らない。そのため教会でしか得られない知識のみしか持ち合わせていないため、外の世界で色々なことを学んできて欲しいというのが神父の願いだった。
「教会でしか得られない知識……とは神父さんの趣味ではないかしら?」
「ですで外の世界を一緒に歩いてもらい、一人前のシスターになってもらいたいのです」
ペルセポネはその事情に理解を示した。しかしここで勇者がいないことに気付く。仲間にするかどうかは勇者が最終的に判断しなければならない。答えが出せないでいると、モニカが神父に質問をした。
「しんぷすぉんは一緒に来ないのですか?」
「名前と敬称がごっちゃになっているわよ、モニカちゃん」
神父の答えはNOだった。さすがに神父とだけあって、教会を離れる訳にはいかないとのことだ。
ひとつペルセポネは気になったようだ。この冒険は危険なものになるかもしれないが、それでもアメリアを連れていって大丈夫なのか、と。神父の答えは「心配には及ばない」だった。むしろアメリアは、ペルセポネやモニカらに癒しをもたらすことができるのだと神父は言う。
「癒し!? そういうとヒーリング系の魔法かしら。体力回復にしろ状態異常回復にしろ、どっちでもこの後の冒険に大きな助けになるのはたしかね!」
「ポーションや薬草だけじゃ賄えない時がくるかもしれないですしね!」
「あ、あのー……えーと……盛り上がってるからまあいっか」
何か言いたげではあったが、ペルセポネとモニカの盛り上がりを見て話し続けるのをやめる神父。
「ところで勇者様は、どこへ行ったのでしょうか」
どこかへ行った勇者は未だに戻ってこない。痺れを切らしたモニカが探しにいこうとした瞬間、それを察知したかのように礼拝堂の入り口に現れた。膝に手を付き、うつむいて、肩で息をしている。とても話が出来るような状態では――いや、もともと言葉は発しないのだが、その疲れ切った様子にさすがのペルセポネも勇者を気遣った。
「どうしたの勇者様、そんなに息を切らして――」
しかし顔をあげた勇者は得意満面だった。右手を前に突き出し、後ろに隠し持っていたものをドヤ顔でペルセポネたちに見せた。
「これは……!」
紙コップいっぱいに入った黄色い水だった。ほのかに湯気が立ち、アンモニア臭が漂ってくる。
「そのまま躓いて自分にかかってくれないかしら」
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