第19話 なぜ勇者のステータスオープンをしないのか
「帰ったぜェ」
「あら、おかえりぃ」
「お、お帰りインキュバス」
サキュバスと同じようにふらふらと飛びながらインキュバスはリッチーの部屋へ入ってきた。
「ご苦労だったね、インキュバス君。勇者たちとの戦いはどうだった?」
「ションベンぶっかけられそうになったぜェ。まァ予想通りの展開だけどなァ」
「ん? ションベンぶっかけられそうになって、それが予想通り……?」
ヴァンパイアにはその会話が理解できなかったようで、ひとり悶々としている。だが何かを察したのか気を遣ったのか、ヴァンパイアはあまり深く聞いたら可哀想かもと一通りの報告を終えて自室に戻ろうとするインキュバスとサキュバスに何も声を掛けず見送った。
「で、どこまで話してましたっけ。たしか3~4歳くらいの幼女が徽章を集めて……」
「そう、そこで前回は我々が封印された、というところまで話したね」
「なんで今回はその女の子が主人公ではないんでしょうね」
「え?」
「いやだって、それほどまでに強大な魔法を使えるのであれば我々の再封印など容易いのでは?」
「うん、その子も徽章探しの冒険に出ているかもよ?」
「なんですと? ペルセポネが付いて一緒に回っているアイツが今回の勇者なんじゃ……」
「視野が狭いねヴァンプ君。あの勇者はたまたま最初に魔王城にやってきて、たまたまペルセポネ君に同行をさせただけだよ。それ以上でもそれ以下でもないさ」
他にも勇者たりうる者が冒険していることを匂わせるリッチー。確実なのは、あくまでもあの勇者にしかフォーカスしてないことであるとヴァンパイアに説明した。しかしリッチーはそもそも『勇者』という表現が好きではないようだ。仮に『勇者』と呼ばれる人間が魔物の封印に成功しても、その人間一人の力で成し遂げることはほぼない。仲間の力はもちろん、武器や防具を使うということはそれらの鍛冶屋の力も借りていることになる。
たとえば能力を数値化するとして素の攻撃力と防御力は10、武器と防具を身にまとったら100になる。そこで、その状態でラスボスを倒したところでそれは自分の力だと言い切れるのか? 言い切ったら傲慢だ。この例であれば、本来称賛されるべきは武器鍛冶・防具鍛冶だ。しかし人間は最終的に誰がトドメの一撃を与えたかということばかりに焦点をあててしまうのだとリッチーは言った。
「そしたら魔王城にやってきた勇者に限って言えば、称賛されるべきはペルセポネですね」
「はは、そうだね。彼女が影の主人公だ。今さら感が半端ないけど」
「たしかに。ところで今『数値化すると』って言いましたが、ステータスとかレベルとかって数値化しないんですか?」
数値化――いわゆる『ステータスオープン』というやつだ。現状、この国でステータスオープンが出来るのはリッチーのみである。しかしリッチーが魔力を付与すれば、誰でもできるのだという。
ただ、リッチーはそれをしていない。なぜかと聞いたヴァンパイアに対して、数値化することが難しい三つの理由を挙げた。まずひとつめに「数値化しづらい」とのことだ。それは前にリッチーが話したことの延長線上にある。以前、リッチーがヴァンパイにした「経験値イコール自身と勇気」の話のことのようである。
「重い鎧と剣を身にまとって戦闘することが筋肉の増加に繋がり、ステータスアップの効果が得られる……みたいな話でしたっけ?」
「その通り。ではその『自信と勇気』や『筋肉の増加量』ってのは数値化できると思う?」
「……難しいですね。特に前者なんかは」
リッチーは目に見えないものを数値化することほど難しいものは無いのだと言った。こればかりはヴァンパイアも反論の余地なく、ただただ頷く。
そして2つ目。リッチーは『数字には説得力がある』と言い、名言のように聞こえたその言葉にヴァンパイアは目を輝かせた。
たとえば冒険に出る際、母親が『初期アイテムをたくさん持って行ってはいけません!』というより、『初期アイテムは300ゴールドで買える範囲までです!』と言った方が荷物の管理がしやすくなる。また、注意喚起の看板などでは『この森では年間に多くの勇者が魔物にやられています』と表示するよりも『年間で100人もの勇者がやられています』と表示した方が、注意の度合いが段違いなのだとリッチーは言った。
「たしかに……。あれ、でも今の例えを聞く限りでは、良い効果になっているのでは?」
「説得力がありすぎる、っていうのが正しかったかもね。時と場合によっては、ネガティヴなイメージになってしまう」
「と、言いますと?」
「レベルとかステータスを数値化したとして、自分より敵の方がレベルが高かったら戦うの躊躇しちゃうでしょ?」
「それを承知で特攻する人間もいるのでは?」とヴァンパイアが突っ込んだが、そんなバカはこの世界で生き残れないとリッチーは一刀両断した。
「どれくらいレベルあg……筋トレすればこの敵を倒せるかな、これくらいじゃやられちゃうかな、ってわからない方が見てる側としては楽しいじゃない」
「楽しいか楽しくないかの問題ですか!」
「そうそう、戦っている本人達は必死だろうけどね」
「ドSですかアナタ……それで、最後の理由とは?」
最後の理由。それはヴァンパイアにとって最も難解なものだった。
「乱数という概念がある」
「また絶妙に聞いたことがあるような無いような」
1、2、3……と続いて次の数字は、と聞かれたら4と答えたくなる。しかし実際は4以外の数字だったり、そもそも根本的に2、7、4……など、最初からバラバラだったりもする。つまり規則性が無い、次に何が出るかわからない数字。それが乱数だとリッチーは言った。
それが冒険に対して何の関係があるのかわからないと言ったヴァンパイアに、リッチーは指示をした。この部屋の端から端まで、ちょうど100メートルくらいの距離を全力で走ってみよ、と。なぜいきなりそのような事を言い出したのかわからずも、素直にその指示を受け入れたヴァンパイアがリッチーの前を横切った。リッチーのローブがヴァンパイアの走る方向に靡く。リッチーの体内時計でタイムは9秒58を示していたようだ。
「ヴァンプ君、君も走力は人間並みだったんだね」
「あ、あのーそれがなんの説明に?」
若干息を切らしながらヴァンパイアは聞いたが、リッチーは逆にヴァンパイアに聞き返した。続けてもう一度、同じ距離を【全く同じタイムで】走れといったら、それができるのか?
「無理ですね」
「そういうことだ」
「うん? えーと……素早さは一定ではないということですか?」
「ご名答。もちろん、素早さだけではないよ」
リッチーは数値化したとして、体力が100、防御力が10の敵との戦闘で例えてみた。攻撃する側の攻撃力が30だとしたら、敵の防御力と差し引いて20のダメージを与えられる。体力が100ならばその攻撃を5回与えれば倒せると多くの人間は考えるはずだ。しかし乱数があると攻撃力がブレる。攻撃を6回与えなければ倒せない時もあれば、逆に4回で済む場合もある。そのためもしステータスが数値化されていたとしたら、なんで○回目の攻撃で倒せねぇんだよ、となる可能性が大なのだ。そこで逐一、乱数の説明をするのも面倒であり非効率であることが、「ステータスオープン」をしない理由のひとつということだ。
「だから2つ目の理由とはやや相反するけど、数字を過信しすぎるのも良くないんだ」
「乱数って複雑で難しいんですね」
「そんなことないよ。『あー昨日徹也したせいで寝不足だから今日かったりーなー調子でねーなー』くらいの感覚で捉えてくれれば」
「どこぞの中学生ですかそれは」
そしてこの乱数に関して、リッチーはもうひとつの懸念事項があった。一部の頭の良い人間が乱数を解析してしまうのだという。規則性の無い数字の並びを明らかにするのだ。そうなれば、ランダムに並んだ数字でも次に何がくるかわかってしまう。
その解析が出来てしまったら優位に冒険を進めることができるということは、ヴァンパイアもすぐに理解できた。ただしこの解析が『バグ』や『チート』と呼ばれ困っているのだとリッチーは頭を抱えた。
「バグやチートでは無いんですか?」
「さっきの攻撃力30の例で言うと、乱数によって攻撃力が27~33の範囲で変化するとする。ここでバグやらチートやらだと33を超えて50なり100なりを出してくるんだ。でも乱数調整は27~33の数字を狙って出すってこと。バグやチートは範囲を超えた数字を出すことだね」
ヴァンパイアは理解した。あくまでも仕様の範囲内で狙った数字を出すのが乱数調整。仕様の範囲外、ありえない数字を出すのがバグやチートと呼ばれるものであるということを。
バグやチートでないため一見フェアのように思えるが、実は賛否両論が分かれているとリッチーは言った。乱数調整が出来る人間とできない人間で、その後の展開が大きく変わってしまうものもあるからだ。
「乱数調整ってそんなに難しいんですか?」
「ん~どうだろう。仕組みを理解してしまえば難しくはない。ただ、攻撃力33にするには『何時何分に起床して、その何分何秒後にポーションを飲み、何百歩歩いたところで敵と遭遇すると33で与えられる』って感じで、条件がひじょ~~~に細かいんだ。その条件とちょっとでもズレたことをしてしまったら狙ってた乱数調整は失敗になるから、根気と集中力が必要な作業だね」
「なんというか、そこまでして? って感じですね、乱数調整とは……」
ヴァンパイアの言う通りだった。乱数調整はいわゆる『ガチ勢』と呼ばれる人間達が行うものだとリッチーは言う。リッチーの考えとしては、ガチ勢もエンジョイ勢も平等にしたいというものだった。そこで、乱数調整を回避するにはそもそも数値化しない、ステータスを見せないという結論に至った経緯があったのだとリッチーは言った。
「いろいろ深い理由があったのですね……。正直あまりついていけませんでした」
「僕の熱弁はいったい」
ヴァンパイアの脳はオーバーヒート寸前だったのだろう。一度に聞いたことない単語をいくつも言われると、さすがに理解が追い付かない。ヴァンパイアはそんな話を変えるために、よりわかりやすくて楽しい話を要求した。
「じゃあ逆に、こっそり僕がステータスオープンをして見えた数値の結果を教えようか」
「ほぅ」
「今ペルセポネ君が同行している勇者が1」
「ほぅほぅ」
「セイレーン君は30。アカマナフ君は50。マミィとダディはたしか5だったかな」
「そうか、マミィとダディはもともと人間ですもんね」
「そうだね。それでサキュバス君とインキュバス君は150と200。ヴァンプ君が400で、ペルセポネ君は500だね」
「なるほど、たしかに強いものほど数値が大きくなるのですね」
「ちなみに僕のは聞きたい? ぶったまげるよ?」
「え、ええ、差し支えなければ……」
ヴァンパイアが息を呑んだ。
「私の戦闘力は53万です」
「それ言いたかっただけだろオイ」
「もちろんフルパワーで勇者と戦う気はありませんからご心配なく……」
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