第20話 なぜ勇者の懐は一瞬にして寂しくなるのか

 教会を後にした勇者一行は次の街へ向かっていた。教会で新しく仲間に加わったその子の名前はアメリア。勇者の目の前で下着を脱ごうとしたのが引き金となったのか、礼拝堂に戻ってきて仲間にするかどうかの質問をされた際は即決だった。


「さて……と。教会のしんぷすぉんが言うには、次はこの世界で一番大きな街なのよね?」

「名前と敬称がごっちゃになっていますよ、ペルセポネさん」

「次の街はセンドラインです~。商業が盛んな街で、大抵のアイテムはここで揃えられますね。娯楽施設なんかもたくさんあります~」

「スラム街の隣がメトロポリスというのは皮肉な気もするけれども……それは楽しみね」

「あれ、センドラインへは行ったことないんですか? ペルセポネさん」


 モニカが不思議そうな顔をして聞いた。センドラインは「行ったこと無い人を探す方が難しい」と言われるほどのメトロポリスである。ペルセポネは今まで忙しかったと誤魔化しつつ、話題を逸らすためにショッピングを楽しみたいと期待を膨らませているような話をした。


「……買い物したり遊んだりするほどゴールドがあるんですか?」

「あっ」


 ダイトシティへの期待と妄想が膨らみかけた中、モニカの一言で3人は現状を思い出し、意気消沈する。「どこかからお金が降ってこないかしら」とペルセポネは現実離れした発言をしたが、それはすぐさま別の形で実現することとなる。


「勇者はっけーん!」


 遠くからペルセポネにとって聞きなれた声がした。その声の持ち主が誰であるのか思い出すのは容易だった。なぜならばこの旅、勇者に同行する前までは魔王城で常に聞いていたからだ。


「チビスケちゃん!」


 しかしチビスケの姿を見たペルセポネは戸惑いの表情を浮かべた。デフォルトの姿で登場ならまだしも今までとは違う色をしたチビスケの登場はもちろん想定外であり、ある種の懐かしさに浸りかけていた気持ちが一気に現実に引き戻されたように感じているのだろう。

 そんなペルセポネの心情を理解するはずもなく、金色のチビスケは勇者に向かっていった一体目を皮切りに、雨後の筍のごとく同色のチビスケが勇者一行の前に現れる。


「な、なんですか? コレ……」


 あまりの突然の出来事にペルセポネも含めた勇者一行は唖然としており、そんな中一番最初に口を開いたのはアメリアだった。これは神の思し召し、ここまで冒険を頑張ってきた勇者らへのご褒美なのではないだろうか、と。たしかに目の前に現れた金色の敵は、ゴールド大量獲得チャンスの期待を膨らませる。


「シスターの言う事だから神の思し召しというのも納得できる……のかしら?」


 ペルセポネが僅かな疑問を感じていると金のチビスケ達が一斉に勇者・モニカ・アメリアを囲い込み、攻撃を始める。ただし彼らの膝元までしかない骨格であるチビスケは、攻撃と言っても手にしている骨で足を叩く程度だ。彼らにとって、さすがの勇者にとってもそれは攻撃ではなくマッサージのような感覚でしかないのではと思われるほど、お粗末な攻撃である。攻撃用、叩くために手にしている骨は上腕骨だろうか。


「ちょっと、チビスケちゃん!」


 ペルセポネが勇者たちから少し離れたところで一体のチビスケルトンを呼び寄せ、問いかけた。


「お久しゅうございます、ペルセポネ様」

「ごきげんよう、チビスケちゃん。これはいったい何が起こっているのかしら?」

「はい、ヴァンパイア様からご用命を承りました。勇者たちに大量のゴールドを配布してこい、とのことです」

「それは助かるわ。タイミングもばっちりじゃない。ヴァンプ君もなかなかやるわね」


 ペルセポネから笑みがこぼれた。冒険を始めてから純粋な気持ちで笑顔になったのは初めてではなかっただろうか。


「ペルセポネさーん! これ、どうしましょう!」

「あ、呼ばれちゃった。それじゃあ私は戻るね」

「はい! お達者で!」

「ありがとう。損な役回りをさせちゃってごめんね。ヴァンプ君にはあとで、骨を回収して組み立てるように言っておくから」

「よろしくお願いします!」


 チビスケルトンがビシッと敬礼のポーズを見せると同時にペルセポネは背を向け、勇者たちの元へ戻っていった。


「これはどうみても骨だから……小突く程度で倒せるのではないかしら?」


 そういうとペルセポネはコツンとつま先を当てると、チビスケルトンの骨格は崩れ落ちていった。そして骨が崩れ落ちるのと同時に、幾ばくかのゴールドが出現した。その骨だけの体でゴールドをどこに抱えていたのだろうという疑問が勇者たちにはあったようだが、あまりにも簡単にゴールドが手に入るのでそのような細かいことは気にしていなかった。4人は夢中で小突いていく。


「これでラストです!」


 大量に湧いたチビスケルトンを一掃し、辺り一面ゴールドで溢れかえった中にいた4人は高揚感に包まれていた。


「このゴールドは皆で均等に分けましょう。それでいいですね? 勇者様」


 ペルセポネの問いに勇者は満面の笑みでウンウンと2回、頷いた。そこらじゅうに散らばったゴールドをかき集め、4人はホクホク顔でセンドラインへとたどり着く。


「ここがセンドライン……大きな建物がたくさん!」


 様々な種類の建築物が所狭しと並ぶこの街は活気に満ちていた。商店を営む人々の声が盛んに飛び交っている。何があるのかとひとつひとつチェックするだけで目が回りそうなほどモノで溢れかえっているこの街は、メトロポリスと呼ばれるにふさわしい街だった。4人が街中を進むと、やがて大きな噴水がある広場へと出た。


「ここは集合場所に良さそうね。皆やりたいことがあるでしょうし、これから個別行動にして夕方またここ集合にしませんか? 勇者様」


 ペルセポネの提案を快く勇者は受け入れた。続いてモニカとアメリアの2人も声を弾ませて賛成した。


「モニカちゃんとアメリアちゃんは、これからどうするのかしら?」

「私は弓矢を新調しに行きます!」


 モニカが背負っている弓矢は誰が見ても年季の入っているもので、新調することには納得がいく。ここならば見た目だけでなく性能も良い弓矢が売っていそうだ。


「アメリアちゃんは?」

「教会へ送金の手続きに行こうかと~」

「送金?」

「ええ。お世話になった教会に少しでも恩返しができればと思っております~」

「なんてデキた子なのかしら……」


 ペルセポネとモニカが尊敬の眼差しを向ける中、勇者だけは「信じられない、せっかく自分で手に入れたお金なのに」と言いたげな表情をしていた。


「そういうペルセポネさんはどうするんですか?」

「そうね、ゴールドを手に入れた時は何に使おうか悩んでいたのだけれど、よくよく考えてみたら今は欲しい物とか特に無かったの。だからこの後は特に何も……そうだ、勇者様に着いて行っていいかしら? 私のゴールドは勇者様に預けるわ。ここぞという時に使ってちょうだい」


 想定外の発言に勇者は少し驚いた表情を見せたが、その後すぐ握りこぶしに親指だけ立て、自分の背中を指し示した。


「これは……着いて行ってもいいってことよね? それじゃあ時間も惜しいだろうし、一時解散としましょう。夕暮れ時にまた、ここで落ち合いましょうね」


 ペルセポネの合図とともに各自、街の中に溶け込み始める。ペルセポネは勇者の後を着いて行った。何の会話も無いまま勇者の歩くスピードが速くなり、ペルセポネは着いて行くのに必死だった。やがて辿りついたのは、ネオンの看板や案内を煌びやかに着飾った店だった。


「『ぱーらー・いせかい』……?」


 店の外観や店名に気を取られているペルセポネであったが、勇者は気にせずに早足で店内へと駆け込む。


「あ、勇者様待って! いったい何の店なのよここは……って何ココ、うるさっ!!」


 この類の店に足を踏み入れたことが無かったペルセポネにとって、そこはまさに異世界に感じただろう。人間が1人1人、大音量で音楽が流れる機械と向かい合わせで座っている。ペルセポネは騒音に耐えられず、いつかの耳栓を取り出して装着した。それでも音は完全に遮断されなかったが、幾分かマシになり店内の状況を冷静に伺うことができた。勇者は受付カウンターへ行っており、店員と何やら話をしているのが見えた。受付カウンターの上部には、こんな看板が掲げられている。


≪1,000ゴールド=50メダル≫


「なるほど……。ゴールドをメダルに替えて、そのメダルを使って機械で遊ぶのね?」


 勇者が少し周りを見渡し、空き台を発見すると早足で向い、着席した。

 それを見たペルセポネも勇者の元へ向かい後ろに立つと、気を利かせた店員が見物用のイスを用意してくれた。軽く会釈をしそのイスに座り、勇者の遊戯を見学する。


「メダルを入れてレバーを叩くと色んな図柄が描かれたところがくるくる回って……3つあるボタンを押すとそれぞれの位置の図柄が止まるのね。あ、図柄が3つ並ぶとメダルが出てくるんだ……それで!?」


 ペルセポネが理解に苦しむ様子を察したのか、勇者が受付カウンターの隣にあった景品を指さす。大小様々な景品が展示されていたが、勇者が指さしたのはその中で最も大きく輝いていて、突出して目立つ剣だった。


≪ぼくのかんがえたさいきょうのえくすかりばー……10,000メダル≫


「わかったわ! この機械でメダルを増やしてあの剣と交換するのね?」


 店内の騒音によるものか、相対する台に対しての集中によるものなのかわからなかったが、既に勇者にはペルセポネの言葉が耳に入っていない。その後勇者が何度も何度も同じ事を繰り返していると、やがて派手な図柄が3つ揃った。


「あら、なにこの図柄。さっきまで全然止まらなかったのに凄いじゃない! メダルも沢山出てくるわ!」


 メダルの放出と共に流れる愉快な音楽によって、それまでは半ば訝しげに遊戯を眺めていたペルセポネも次第に目を輝かせていき、熱中しかけていた。

 目的のものを手に入れるのに順調そうな様子を見たペルセポネは安心し、一度店外へ出た。もはや天変地異が起こっても台の前を離れなさそうなほど集中していた勇者は、後ろで眺めていたペルセポネの離席に気づくはずもなかった。人通りの少ない路地裏へと身を隠し、耳栓を外してペルセポネはヴァンパイアに連絡を取り始める。


「もしもし、ヴァンプ君。聞こえる?」

≪セポ姉か! 聞こえるぞ。久しぶりだな≫


 心なしかヴァンパイアの声がいつもより弾んでいるように聞こえる。


≪今、どこにいるのだ?≫

「『ぱーらー・いせかい』よ」

≪『ぱーらー・いせかい』? どこだそこは≫

「あら、ごめんなさい。センドラインよ。『ぱーらー』は街中にあるアミューズメント施設? の名前ね。センドラインに着いた途端、一目散に向かっていったわ」

≪アミューズメント? 遊ぶ金でも手に入ったのか?≫

「何言ってるのよヴァンプ君。あの金のチビスケちゃん大量発生はヴァンプ君が企画したんでしょ? タイミングばっちりで助かったわ」

≪なるほど、そういうことか。でも調子に乗ってあまり使いすぎるなよ≫

「そうね、気を付けるわ。でも結構面白いのよ。いろいろな種類の台があって、かっこいい図柄とかかわいい図柄がくるくる回っているの。同じ図柄が揃うと、メダルがじゃらじゃら貰えるのよ」

≪ほう。それは興味深いな≫


 そこからのペルセポネの話が長かった。初めて見たアミューズメント施設が新鮮だったのか、ヴァンパイアへアツく説明をした。コミカルに描かれた可愛い魔法少女がカボチャと戯れる台。やんちゃしてそうな老け顔の青年達が全力でスポーツ対決する台。数字がくるくる回っているだけの神々しい台……など、施設内にあった様々な台を楽しそうに語った。勇者が遊んでいたのは動物が騒いでいる台だったそうだ。


「動物の図柄が3つ揃うと愉快な音楽が流れてくるのよ。『ヤッホー、ヤッホー、サバンナ……』とかだったかしら?」

≪……セポ姉! セポ姉! このまま話し続けると何かいろいろと引っかかる気がするぞ。それで、この先も順調に行けそうなのか?≫

「あら、ごめんなさい。そうね、このままいけば、ね」

≪わかった。引き続き、よろしく頼むぞ≫


 ヴァンパイアは話せば話すほど本題から反れそうになるペルセポネの近況報告に一抹の不安を感じながら、通信を切った。一方でペルセポネは他にも興味がそそられるものがないものかと、『ぱーらー・いせかい』には戻らず街中を探索していた。

 時が経ち、約束の夕暮れ時に噴水広場へと戻ったペルセポネは先に戻っていた3人が遠目に見えた。


「あら、私が最後ね。遅くなったから皆に謝らなくっちゃ……ってあれ、なんだか様子がおかしい?」


 モニカとアメリアが座っている勇者の両側に立ち、何やら勇者をいたわっているように見えた。

 勇者はぐったりとうなだれている。あたかもボクシングで強敵に敗れたかのように燃え尽き、真っ白な灰になっていた。


「勇者様!?」

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