第21話 なぜ勇者はわざとらしい罠にもひっかかるのか

「わんわん! わんわん!」


 魔王城の中に元気な犬の鳴き声が響き、3つ首の犬が駆けずり回っていた。


「あれ、リッチー様、犬でも飼い始め……ってケルベロスじゃないですか!」

「ん? ああ。番犬用にね。とっても可愛くて賢いんだ」


 頭が3つある以外は普通の犬であり、リッチーの言う通りたしかに可愛い容姿をしている。

 逆に言えばその可愛さから番犬としての仕事が務まるのかが不安なところではあるが、殺伐とした城内の雰囲気を和らげるには十分な存在だろう。


「しかし番犬用とは言え、たしかに可愛い犬で――」

「わ・ん・ちゃ・ん」


 リッチーが真顔でヴァンパイアの顔を覗き込み、凄みを利かせて言った。


「し、失礼しました。たしかに可愛いわんちゃんですね。今度エサをあげさせてもら――」

「ご・は・ん」


 顔を近づけ、さらに凄みを利かせて言った。


「ラスボスから愛犬家にジョブチェンジでもしたんですか?」

「それもいいかもねぇ」


 ケタケタと笑うその姿からは、新しく向かい入れたその子に溺愛している様子が伺える。


「ところでペルセポネ君から連絡は入っているのかい?」

「は。先ほど丁度入りまして、ただいま勇者一行はセンドラインにいるようです」


 和やかな雰囲気から一転、ピリッと引き締まった空気に変わった。それを察知したのか、駆けずり回っていた犬もおとなしくなる。


「おお、だいぶ魔王城に近づいてきたね。それにあそこは何でも揃っていて、いい街なんだよ」

「そのようですね。ペルセポネからの報告によると、勇者はアミューズメント施設に夢中のようです」

「アミューズメント? もしかして『ぱーらー・いせかい』のことかい?」

「ご存知なんですか?」


 リッチーは頭に手をあて、「あちゃー」と言って落胆した。あの場所がどのような場所なのか知っていたのだ。人間の手持ちの金を喰い尽くす、悪魔のような場所であるということを。ましてやあの勇者が赴くとなると、無一文になるのは火を見るよりも明らかだ。

 勇者が『ぱーらー』へ行ったのはゴールド大量獲得イベントの前なのか後なのか、リッチーはヴァンパイアに聞いた。後者だとヴァンパイアが答えると、その企画は水泡に帰したとリッチーは肩を落とす。良い企画ではあったが、十中八九勇者が獲得したゴールドのほとんどが一瞬にして他人の手に渡っただろうと言う。


「なんですと!?」


 アミューズメントに熱中した勇者を責める訳ではない。あのタイミングで金のチビスケを放ったヴァンパイアを咎める訳でもない。ただ、ラスボスになる前から必死で調達したゴールドが一瞬にして溶けてしまったことに落胆の色を隠せなかった。


「やっぱりお金って大事だね」

「……そうですね?」


 リッチーの珍しい様子を見ただけにヴァンパイアは気の利いた言葉のひとつでもかけてあげられれば良かったのかもしれないが、『ぱーらー』のことを知らない彼にとっては相槌をうつほかなかった。

 重くなった空気を嫌ったのか、話題をそらすようにヴァンパイアが切り出す。


「ところで勇者はなぜそのような場所に向かったのでしょうね。ペルセポネからの報告を聞いた感じですと、勇者は真っ先に『ぱーらー』へ向かったとのことなのでどのような場所か知ってたと思うのですが」

「んー、条件反射じゃない?」

「条件反射?」


 たしかに『ぱーらー』は大金を失う可能性がある場所である。しかしそれは逆に、少額でレアアイテムを手に入れることができる可能性を秘めている場所でもあるのだ。そこで勇者はおそらく、何度か少額でアイテムを手に入れたのではないかとリッチーは推察した。


「え、えーと、それが条件反射と何の関係が?」

「バカヤロウ! エサに目が眩んだトーシロを釣るためのバイニンの常套手段じゃねぇか!」

「……作品変わってない?」


 つまり店側は客の初来店から3~4回ほどオイシイ経験をさせ、ビギナーズラックをあたかも自分の実力であるかのように勘違いさせるのだ。一度それを経験した客は「ここに来ればまた同じようにオイシイ思いができる」という錯覚に陥る。そうなってしまえばもう店側の勝ちだ。あとは適度に客の資金を回収し、トータルで凹ませれば良いのである。

 そしてこの「ここに来ればまた」というところに条件反射がある。来店する・美味しい思いをさせる、の2つのプロセスを何回か繰り返し条件付けを行うことによって、「センドラインに来たら『ぱーらー』に向かう」という条件反射が完成するのだ。


「ちなみに『勇者』という属性には多くの条件反射が備えられている。厳密に言えば『無条件反射』に当てはまる場合もあるけどね」


 条件反射は自信の訓練や経験などによって後天的に得られる反射行動のことである。今回の『ぱーらー』の件もそうだ。反対に、経験などは関係なく先天的に持っている反射行動を『無条件反射』と呼ぶ。よくある例を挙げると、熱いものに手を触れたとき自然と手を引っ込めたり、急に目の前に物が飛んで来たら目を瞑ったり避けようとすることである。道中、不自然に置かれている宝箱でさえ開けてしまうことや、ダンジョンで意味もなく見つけたスイッチを押してしまうのも『勇者』であるがゆえの無条件反射なのだとリッチーは言う。


「『ミミック』の生みの親って天才だよねぇ。だって勇者の無条件反射を利用して襲うんだもの。不意の一撃を喰らわせるにはこれ以上ないアイディアだよ」


 またケタケタと笑い、本来の陽気な姿に戻ってきたリッチーを見てヴァンパイアは安堵した。


「ところで話は変わるのだけれどヴァンプ君、ペルセポネ君が抜け出す段取りは聞いているのかね?」

「抜け出すと……おっしゃいますと?」

「ほら、勇者のパーティからだよ。仲良くやっているようだけど、いつかは『ドッキリ大成功~』しなきゃならないからね」

「ドッキリって、リッチー様……。でもおっしゃる通りですね。今度連絡があった時にでも何か考えているのか聞いてみます」

「うん、よろしく」

「あ、それこそ勇者の『条件反射』を利用するのはどうですか?」

「お? というと?」

「ほら、敵に触れると戦闘態勢に入るのって勇者の『条件反射』じゃないですか? 仲間だと思ってたペルセポネが触れた途端、戦闘態勢に入ってしまったことで『実は敵だったのか!』と判明するような」

「なるほど、よく考えたねぇ! ヴァンプ君」

「いやぁ、それほどでも……」


 頭を掻きながら照れるヴァンパイア。その横で尻尾を振りながらおとなしくお座りをしていた犬が、まるで会話が終わったことを理解したようなタイミングで吠えだした。その鳴き声を聞いたリッチーの表情がまた、愛犬家モードへと移行する。


「おっと、ごめんねぇ構ってあげられなくて」

「しかし本当に可愛いですね、ケルベロスちゃん。知性もありそうですし、番犬にはもってこいなんじゃないですか?」

「そうだねぇ。知性もそうだし、忠誠心もありそうだ」

「いやぁ、私もケルベロスちゃんのようないn……わんちゃん、飼いたいですよ」

「……ヴァンプ君、もしかしたら君さっきから勘違いしているかもしれないけど、この子は『ケルベロス』って名前では無いよ?」

「え!?」

「『ケルベロス』とは犬種のことだよ」

「それは失礼いたしました……。では改めて、このわんちゃんのお名前は……?」

「パブロフ」

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