第16話 なぜ勇者の仲間は暴走するのか

「いったい何か起きているのかしら……」


 ペルセポネが困った顔をして呟く。


「何も起きてないじゃないですか」

「いや、そうだけどそうじゃなくてね、モニカちゃん」


 2人がコントのようなやりとりをしている中、勇者は相変わらず誰もいない家の中を漁っている。

 ペルセポネは考えていた。誰もいないと情報が手に入らない。このまま街を抜けてもいいのか考えていると、モニカがもう少し探してみようと声をかけてきた。モニカのその言葉に同意したペルセポネ。2人は外を歩き、1人は家の中を探索していた。


「うーん……やはり何も無いし誰もいない。ここは本当に素通りしてしまっていいのではないかしら」


 ここでモニカが砂漠の地下にいた時のことを思い出していた。


「あれ、たしか地下で勇者様のお母様が、少し離れたところに教会があるとも言っていませんでしたっけ?」

「教会……そういえばそうだったわね。ここに何も無い以上、手掛かりは教会しかなさそうね」


 2人は他人の家を物色している勇者を呼び、一旦街を出て教会へ向かった。

 その後3人の目の前に現れた建物は縦長に広がっており、天に向かっている部分は円錐状、正面から見えるところには十字架がかたどられている、「いかにも」といった感じの教会だった。

 3人が入口から入ろうとしたところ、そこに修道服を装ったひとりの女性が立っていたことに気付く。


「こんにちは。礼拝ですか~?」


 修道服を着た女性が笑顔で穏やかに話しかけてきた。


「いえ、ちょっと聞きたいことがあって……。あなたはここのシスターさん?」

「はい。ここ、カレイス教会のシスターを務めております。どのようなご用件でしょうか~」

「ここの近くにあるスラム街の住民が見当たらなかったので、何かご存知でないかと思って」


 シスターは住人の居場所をしっていた。なぜならばこの教会の中だったからだ。

 ペルセポネが礼拝かと聞いた。シスターから返ってきた答えは「儀式」だったが、この返答にペルセポネは違和感を覚えたようだ。礼拝にしろ儀式にしろ、なぜ教会の関係者がそれに参加していないのか。その理由を問いただした。


「未成年者には参加させられないとのことなので~。ですのでこれから来る方達の中に、未成年者がいないかの確認を任されたのですよ~」

「何かキナ臭い気がするんだけど……。その儀式は毎日行われているのかしら?」

「ええと、礼拝なら毎日行われているんですが今日は他の街から呼んだ聖職者さんが行う、特別な儀式らしくて~」


 ゆっくりとした口調で表情を崩さずにそのシスターは話した。ペルセポネは不信感を露わにしていた。


「少し……いいかしら? 勇者様、モニカちゃん、ちょっと!」


 シスターから少し離れてペルセポネは2人を呼んだ。


「この教会、何か臭うと思わない?」

「たしかに、ちょっと家畜の臭いがしますね」

「いや、そうだけどそうじゃなくてね、モニカちゃん。この教会の中で何か怪しい事が行われているんじゃないかしら」

「そうですか? 見た目は普通の教会ですけれども」

「あのシスターとの会話に違和感を感じなかったの? 勇者様、どうしましょう。この教会の中に入ってみますか?」


 勇者は少し考えた後、眉間にシワを寄せて首を縦に振った。


「決まりね。じゃあ行くわよ」


 勇者による決断が下され、3人は再度シスターと対面する。


「シスターさん、私たちその儀式を見学したいのだけど、中に入ってもいいかしら?」

「え? 成人済みでしたら誰でも入れますが、後ろの2人はどう見ても未せ――」

「いいから中に入らせてもらうわ!」

「あ、ちょっと~!」


 シスターの制止を振り切り強引に扉を開くペルセポネ。白色の壁が琥珀色の柱によって支えられ、天井から吊るされたシャンデリアと壁に設置されたキャンドルスタンドから発するろうそくの光によって照らされた内部は、儚くも厳かな雰囲気を醸し出している。3人は赤い絨毯が敷かれたやや長い廊下を小走りで通り、少し離れて同じようにシスターが3人を追ってくる。

 やがて3人は大きな扉にたどり着いた。


「ここね!」


 シスターに追いつかれる前にペルセポネは勢いよく扉を開けた。扉の先は礼拝堂だった。


「こ……これは……」


 3人の目の前に飛び込んできたのは大勢の人間だった。もれなく全員がイスにもたれかかるか、机にうつ伏してうなだれている。誰が見てもその光景が正常でないことは明白だ。


「いったい何が起きているの!?」

「ペルセポネさん! この方たち、反応はありませんが息はまだあります!」

「ありがとうモニカちゃん! もしこれが外敵による仕業だったらこの人たちの命が危ないから、モニカちゃんはそのまま守ってあげて!」

「はい、わかりました!」


 勇者はその場の状況が呑み込めずただただキョロキョロ周りを見渡している。するとどこからか声が聞こえてきた。


「アァ? こいつらどこから紛れ込んだ。未成年は入れるなっつっただろ。使えねーなァ、あのシスター」

「どこからどう見てもどんくさそうだったじゃないのぉ。あんなのが見張りを全う出来るとおもっていたのならぁ、アナタ女を見る目ないわぁ」

「上か!」


 ペルセポネとその言葉に反応した2人は即座に上を見渡した。ペルセポネと同じように、人間の容姿をした男女が天井付近を漂っている。

 やがて後を追ってきたシスターも息を切らしながら礼拝堂までたどり着いた。


「だ……ダメじゃないですか神聖な場所で走りまわっては……って、これは!?」

「おいおい、ちゃんと見張っとけって言っただろうがァ、シスターさんよォ」

「あなた達の仕業ですか! も、もしかしてあなた達は……サキュバスとインキュバス~!?」


 カラフルなステンドグラスを背景に、真っ黒な羽を広げて優雅に浮いている2体の魔物がいた。勇者らの急な乱入にも関わらず、2体はそれが想定内だったかのように表情を変えずに勇者らを見下していた。本来この教会に来るはずだった聖職者の姿に変え、潜んだようである。


「今さら気づいたのぉ? でも儀式はまだ終わってないからぁ、もうちょっと気づくのが遅かったらよかったんだけどねぇ」

「知っているんですか? シスターさん!」

「ええ、一応これでも私は聖職者ですから。神様や悪魔の事でしたら、知識には自信があります~!」

「じゃあなんで見抜けなかったの……」


 モニカとシスターのやりとりに的を射たツッコミを放つペルセポネ。


「しかしなんというか、2体ともキワドイ恰好ですね……。特にサキュバスの方なんてボン・キュッ・ボンな体型で、なんてうらやま……けしからんのですか! 撃ち落としちゃって良いですよね? ペルセポネさん!」

「え? えーと、そうね?」


 モニカが興奮気味に背負っていた弓矢をサキュバスに向けた。


「そう早まらないのぉ、そこの小さいお嬢さん。そんな物じゃ、私達に敵わないわよぉ?」

「小さい……? そんなモノじゃ敵わない……?」


 サキュバスの言葉を受け、自分の胸を見つめるモニカ。そして視点をサキュバスの胸へと移し、また自分の胸へと戻す。


「ぶっ殺してやらぁ!」

「急にどうしたのモニカちゃん!?」


 モニカが矢を放つ。しかしその矢を隣にいたインキュバスがいとも容易く片手でキャッチした。


「だからァ、そんな物じゃ俺たちは倒せないって言ったろォ?」

「くっ……どうすればいいんですか! シスターさん、悪魔の事に詳しいなら倒す方法も知っているんじゃないですか!?」

「ええ、知っていますよ~」

「じゃあそれを先に言ってくださいよ!」

「いやぁ、あなた達のやりとりが楽しそうだったので~」

「どこをどう見たらそうなるんですか! 早く教えてください!」

「えーっと、必要なのは聖水と牛乳です~」

「ぎゅ、牛乳? 聖水は教会だからあるんでしょうけど、牛乳なんてあるんですか!?」

「今は無いですけど、外で牛さんを飼っているので絞りにいけばすぐ手に入りますよ~!」

「ペルセポネさん! 私の代わりにこの人間たちを守っていてください! 私は勇者様とシスターで牛乳を手に入れてきます!」


 モニカは勇者とシスターを連れて急ぎ足で礼拝堂を出ていった。中にはペルセポネとサキュバス、インキュバスが取り残される。


「……で、ペルセポネ。なんなんだァ? アレは」

「久しぶりね、インキュバス君。サキュバスちゃん。見たらわかるでしょ。私の仲間よ。もちろん、演技だけだけどね」

「あんなのがリッチー様を倒しにくるのぉ?」

「そうよ! 苦労してるのよ、私!」

「ちょ、それマジウケるなァ」


 ペルセポネはここにいる人間達を気にかけた。何か危害を加えていないか、身を案じた。しかしリッチーの意向がサキュバスとインキュバスにも伝わっていたようで、寝ているだけだという。ただサキュバス・インキュバスがここにいる間は『イイ夢の中』から抜け出すことはないため、どちらにせよ自分たちを追い出さなければならないとサキュバスは言った。


「まァ協力してやらんことも無いぞォ、ペルセポネ。同じ魔王軍幹部の仲だからなァ」

「……切にお願いするわ。牛乳と聖水が用意できたら、大人しく魔王城に帰ってね」

「ウフフ、でもインキュ君はただの水なんかじゃ退治できないわよぉ」

「ただの水? 弱点は聖水でしょ?」

「あァ? 聖水といやァ――」

「お待たせしました! ペルセポネさん!!」


 3人があわただしく戻ってきた。モニカは両手で牛乳が入ったバケツを抱えている。


「これをぶっかければ良いんですか? シスターさん!」

「ぶっかけって、アナタ……」

「いえ、ただ男性の近くに置いておくだけで良いと文献には書いてありました~」

「え? それだけで良いんですか?」


 先ほどまでの勢いはどこへやら。モニカはそっと、眠っている男性のそばにバケツを置いた。それが目に入ったサキュバスは急に挙動不審になり、辺りをキョロキョロと見回す。


「じゃ、私はこれで失礼しますぅ」


 そう言うとサキュバスはバケツを抱え、飛び去っていった。


「えっと……なんでこれでサキュバスが退治できたのか解説してもらうことってできますか? シスターさん」


 モニカのこの質問は当然の反応だ。シスターがその質問に答えた。


「ちょっと間抜けな悪魔ですね……。精液と牛乳だなんて、臭いで違いがわかりそうな気もしますが……」

「モニカちゃん、さっきからさらっと凄い事言ってない?」

「何はともあれ、サキュバスはこれで大丈夫ですね! 残るはインキュバス、聖水は……あれか!」


 礼拝堂の一番奥、祭壇の上にある聖杯が目に入った。モニカは一直線に聖杯目がけて走り出し、それを手に取る。


「牛乳と同じように置いておくだけで効果があるのならインキュバスも既に退治できているはず! そうでないということは、聖水こそぶっかければいいんですね!?」

「ぶっかけるって表現好きね、モニカちゃん」


 モニカは水の入った聖杯をインキュバスめがけて突き上げ、水は見事にインキュバスに命中した。しかしインキュバスに変化は見られない。床に滴り落ちる水の音だけが虚しく響いた。


「なんだァ? ただの水なんてかけやがってェ。何がしてェんだァ?」

「た、ただの水? シスターさん、聖杯に入ってたのって聖水じゃないんですか!?」

「いえ、そのインキュバスの言う通り、聖杯に入っていたのはただの祈りを捧げただけの水です~」

「……それを聖水と言うのではないんですかっ!?」

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