第2話 なぜ勇者に初期装備が与えられるのか

 大広間には多くのモンスターが集結していた。アンデット、鳥獣、悪魔、獣戦士など様々な種族のモンスターたちで溢れかえる広間の壇上にあがるヴァンパイア。演台に両手を置き、声を張り上げた。


≪えー戦闘員の諸君、急に集まってもらってすまない。皆もうすうす気づいているとは思うが、近いうちに勇者がこの城に攻め込んでくる。だが我々もそれを指をくわえて見ている訳にはいかない。この国の各マップ、ダンジョンに散らばって勇者たちを倒……邪魔することが我々の使命なのだ。そしてこれから我が輩に呼ばれた魔王軍幹部は、各地のシンボルや最深部に待ち構える中ボスとしてリーダーの役割を命ずる。その者たちは各自徽章のかけらを持っていくのを忘れるな。それでは発表する。まずはウェルズ街担当、セイレーン! 次に、"まよいの森”アンクワン担当……≫


 次々と中ボスに任命されたモンスターの名前と担当場所が告げられていく。ここで名前が呼ばれなかった魔物も、部隊の仲間として中ボスをサポートする責務がある。長く厳しい戦いになるかもしれないが、魔王軍の一員としての誇りを持って臨め、とヴァンパイアは指示を出した。


「それでは各々準備が出来次第、担当場所まで進め!!」

「ヴァンプさん」

「どうした?」


 モンスター達が大広間から出て行く最中、残っていたセイレーンがヴァンパイアに問いかけた。


「私、どうやってウェルズ街まで行けば良い? アッシー君用意してくれる?」

「ワイバーンに乗っていけばいいだろ! 我が輩がリッチー様に使用許可を得てくるから!!」

「なるほど」

「あのーヴァンパイア君」

「なんだ?」


 同じく残っていたイフリートが立て続けに問いかけてきた。


「僕、ダンズビー火山担当なんだけど勇者へのドロップ用のゴールド、マグマの熱で溶けないかね?」

「なら耐火性の高い宝箱に入れておけば良いと思います!」

「オッケーイ!」


「おい、ヴァンパイア」

「あ!?」


 そして、アカマナフ。


「まよいの森を迷わずに森の最深部まで入るにはどうすればいい」

「アナタは飛べるでしょう! 迷いそうになったら森全体が見渡せる高さまで飛べばいいのです!!」

「チッ」


「ハァ……全くどいつもこいつも……」


 深い溜息をついたヴァンパイア。前途多難な始まりに嫌気がさしたのだろう。落ち込みかけていた中、ある魔物が優しい声をかけてきた。


「中間管理職も大変そうね、ヴァンプ君」

「セポ姉!」


 隣に立っていたのはセポ姉ことペルセポネ。一見すると人間の様な容姿で、その美貌とスタイルは人間達と比べるとかなりの上位レベルであろう。そんなペルセポネも魔王軍幹部のうちの1体だ。

 ヴァンパイアが魔王軍に入団した当初、指導役としてついたのが彼女だった。仕事はもちろん、住み込みで働くヴァンパイアの生活面まで優しくサポートしてくれたペルセポネのことを姉のように慕い、またペルセポネも真面目で勤勉な態度を見せるヴァンパイアに信頼を寄せていた。傍から見ると先輩・後輩の関係ではあるが、本人たちの中にそのような意識は無いようだ。


「困ったものだよ、全く。いきなり勇者の冒険が始まったと言っても、もう少し準備というか自分で考えて動ける部分はあると思うんだがな。だいたい自分の特性からして、配属される場所なんて見当が付くんだから」

「そうね、マミーなんて全身が乾燥しているから火山なんかに行ったら一瞬で燃え尽きそうだし、逆に炎を自在に操れるイフリートさんのが水気の多い港町に行っても、すぐ鎮火されちゃいそうだしね」


 ふふ、とペルセポネが悪戯っぽく笑う。


「ヴァンプ君は現場に行かないの? 現場の状況を見ながらじゃないと勇者の動向を見守れないでしょ」

「そのことなんだがな……。セポ姉は勇者の冒険のラストが、我々が倒されるというシナリオであることは知っているのだよな?」

「ええ、もちろん」

「実はセポ姉、君に勇者を見張る役目を頼みたいと思っていたのだ」

「え、私!? さっき、“天空の城”ハイタワー担当として私呼ばれなかったっけ?」


 ヴァンパイアはこの城で指揮を執らねばならない。仮に現場に出向いたら、逆に指揮を執るものがいなくなってしまう。〝天空の城"まではペルセポネに現場を任せ、そこに着いた時に寝返りボスとして立ちはだかる、というのがヴァンパイアの考えたシナリオだった。


「要は内通者になれってことよね。でも私、こんな役目は初めてだから何をしたら良いのか……」


 ペルセポネが困惑するのも当たり前だ。内通者という役割を全うすることの難易度が高いのは明白。さらにペルセポネにとって、その役割は初めてということも不安に追い打ちがかかる。

 頭を抱えるペルセポネにヴァンパイアはフォローを入れた。難しく考える必要は無い。勇者について行き、その時その時の状況を報告をしてくれれば良いのだ、と。また、リッチーが『黄泉がえり』のスキルを与えているため、最悪のケースでもやり直すことができることも伝えた。幸いにもペルセポネはまだ人間側に顔が割れていない。それに何より、魔王軍の中で容姿が最も人間に近かったことが、ヴァンパイアの中で決め手になったようだ。


「どうやって勇者を追えばいいのかしら。私、尾行や張り込みは得意ではないわよ」


 ヴァンパイアは少し驚いた表情を見せた。ペルセポネが勘違いをしていたからだ。ヴァンパイアはペルセポネに「探偵になってくれ」と言っているのではない。「内通者になってくれ」と言っているのだ。隠れて追うのではなく、堂々と着いていけばいいのである。つまり、仲間になったかのように装えばいいのだ。


「厳密に言えば、勇者がセポ姉のことを仲間にしたと思いこませればいい。理由は……そうだな。『魔王の奴隷にされていたんですけど、ちょうど橋を渡ったタイミングで勇者様が爆破してくださったおかげで、逃げることができました!』みたいな感じでどうだ?」

「勇者の手柄のようにするのね……」


 ペルセポネの表情に走っていた緊張感が息切れしたかのように緩む。続けてヴァンパイアはもう一つ、条件を出した。


「あ、あと乳は露出していけ。セポ姉の巨乳は武器になる」

「はぁ!? 何で上半身真っ裸にならなきゃいけないワケ!?」

「別にトップレスになってくれという訳ではない。ギリギリのラインを攻めるのだ。勇者……もとい、人間の男はこういうのが大好きのようなのだ。だからより、仲間になりやすいと思ってな」

「私とて羞恥心くらいはあるわよ!」

「……やってくれないだろうか?」


 手を合わせ、何度も頭をさげるヴァンパイアにペルセポネは折れた。


「……仕方ないわね。どうせ他にアテはないんでしょ? いいわ、やってあげる」


 深い溜息をついたペルセポネ。声色だけならば呆れたような言い方であった。しかしどちらかといえば困っているヴァンパイアを救いたいという気持ちの方が勝ったのだろう。同じ魔王軍として長年、苦楽を共にした間柄の2人には言葉に表さなくとも通ずるものがあるようだ。仕方なく了承するペルセポネにヴァンパイアは謝意を表した。


「それで、肝心の通信手段はどうするのかしら? 近況報告をするのでしょう?」

「案ずるな。リッチー様からこれを預かっている」

「こ、これは……?」


 ヴァンパイアが取り出したのは超小型のインカムだった。


「随分と人間の技術を取り入れている城だこと」

「さっきリッチー様の部屋を訪れたとき我が輩もそう思った」


 魔王城から離れた所でも通信できるのかという心配があったが、そこは【魔王】リッチーの魔力で何とかなるようだ。都合の良い設定にペルセポネは呆れた顔を見せ、またヴァンパイアも同じ心境だったようだ。

 ペルセポネは戸惑いが完全に消えたわけではなかったが、心を新たにし前を向いた。進捗報告をこまめに行うことで、有事の際は互いに助け合うことを約束した。


「あ、すまん待ってくれ。ひとつ忘れていたことがある」


 観音開きの大きなアーチ型の窓を開け、今にも飛び立とうとしているペルセポネをヴァンパイアが引き留めた。リッチーからお遣いも頼まれていたようで、それも一緒にペルセポネに頼み込んだ。勇者と合流する前に、届け物があるようだ。あからさまに面倒くさそうな表情をするペルセポネだったが、リッチー様からの命令だとヴァンパイアが言うと不承不承ながらに了承した。


「それで、何をどこに持っていくのかしら?」

「これをワーナーにいるフィッツジェラルド博士という人物に渡してほしい。『リッチー様から』と言えば話が通るようになっているようだ」


 そう言うとヴァンパイアは大小2つの袋を渡した。まず始めにペルセポネが受け取った小さい方の袋からはじゃらじゃらじゃらと、何か細かい金属がぶつかり合う音が聞こえる。その情報だけで中身がこの世界の通貨であるゴールドであるとペルセポネは理解したのだろう。封を開けて確認をしなかった。そしてもう一方の大きな袋を手にすると、それを手にしながら飛ぶのは不可能ではないかと思うほど重く、驚愕した。


「何よこれ!? こっちのやたら重い方の袋は何が入っているのかしら?」

「剣と鎧だ。2袋あわせて『初心者セット』ということで、博士経由で勇者の手に渡るようだ」

「『初心者セット』!? 何よそれ、これから敵になる勇者になんでそんな物を恵んであげなきゃいけないのかしら!?」

「『慈悲』らしい」

「『慈悲』?」


 リッチー曰くフィッツジェラルド博士とは、魔王軍に一定の理解を示している人間とのことだ。魔王軍側、人間側双方の事情を理解し、中立の立場をとっている。もちろん人間側にはそのことは公にできないが、隠れてパイプ役を担っている。封印が解かれてリッチーが最初に連絡を取ったのも博士だった。そこで今の人間界の現状を聞き、慈悲の心を抱いたようだ。

 勇者は世界を救うために立ち上がった人間だ。そんな勇敢な人間に対して、同胞であるはずの人間は何も恵まない。初期装備無しで見送られ、魔王軍の攻略情報は全て現地調達。挙句の果てには購入するアイテム全てが自腹と、冒険を始めるにあたって何の手助けも無いと博士が話した。それを聞いたリッチーはよっぽど人間の方が悪魔的だと憤慨した経緯があった。


「勇者も大変なのね……」

「我が輩も思わず少し同情したぞ。じゃ、頼んだぞセポ姉!」

「ええ、行ってくるわ!」


 ペルセポネは勇者を探しに、城を出た。重い袋を肩にかけ、今にも墜落しそうなくらい、ふらふらと飛びながら。

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